後始末《3》
「――つー訳で、あのクソジジィと話を付けて来たんだが……信用し過ぎるのはやめた方がいいだろうな。とんでもねぇジジィだ、アイツは」
「……なるほど。あの男は、そんなことを考えていたのか。道理で全く動きを見せないと……」
国王は難しそうな表情を浮かべ、うむむと唸る。
「ま、事の顛末はそんな感じだ。――そっちはどうなった?」
「アルゴスと関係が深く、工作に関与していた者達は軒並み捕らえ、そうでない者もこちらの派閥に吸収した。ヤツらの派閥はほぼ壊滅だな。だが……すまぬ。ジェイマが関与していた、という証拠は、やはり見つかっておらん」
「あぁ……元々アイツ、計画自体は知っていたみたいだけど、全く手出しはしてなかったみたいだしな」
「どうもそうらしい。捕らえた者達の証言でも、大体全てアルゴスの指示で動いていたようだし、そのアルゴス自身は見捨てられたのが余程ショックだったのかペラペラ喋るのだが……あの男が裏側を話す程、ジェイマの関与が薄くなっていってな」
「へぇ? ペラペラ喋ってるのに?」
俺は、怪訝な声色でそう聞く。
確かに、あのクソジジィの悪辣さを知った今ならば、何かしら『尻尾切り』が出来るように対策を施していたのだろうとは思うが……。
「うむ。まず、アルゴスの容疑である『魔物の誘引』『王城襲撃』の二つが、奴自身の立案であったことは間違いない」
「あぁ」
「故に、そこに如何程ジェイマの関与があるのかを調査していたのだが……尋問中、度々アルゴスが『軍務大臣ジェイマに指示され』『軍務大臣ジェイマに任され』などと言うのだが、その証言を基に調べれば調べるだけ、アルゴスが単独で立てた計画だったという証拠が出て来てな。ジェイマの影がどんどん薄くなっていくのだ」
「うわぁ……」
やっぱり、完全に尻尾切りされてやがる。
しかも、悪い部分を全て押し付けて、被害担当艦染みた扱われ方してんじゃねーか。
若干哀れに……は別にならないが、やっぱりあのジジィ、とんでもねぇ性悪野郎だ。
……ヤツにとっても大きな利益があるとわかったからこそ、国内の悪意からネルを守る、という約束もある程度信用しているのだが……アイツ、寿命でとっととくたばってくれないだろうか。
まあ、実際のところ、あの取引自体は非常に有用であることが、頭痛の種なのだが。
国王の庇護、教会の庇護、そしてあのジジィの庇護の三つがあれば、どこかのアホもネルに対しおいそれと手を出そうとしないだろうことは間違いない。
とんだ悪魔と契約を交わした気分だ。
「やはり、アルゴスが属した派閥の長、という監督責任での攻め口で正解だったな。本当に、いいタイミングで貴殿が来てくれたと思う。以前のゴタゴタで国内の膿は大分吐き出したと思っていたのだが……まあ、これで貴族連中もしばらくは大人しくすることだろう。助力に感謝する」
「ネルのためだし、当然さ。むしろ、俺としては厄介ごとを持ち込んで申し訳ない思いなんだが……」
「元々国内にあった厄介ごとが、貴殿がやって来たことで顕在化しただけだ。持ち込んだ、というのは少し違うだろう」
そう言ってくれるとありがたいがね。
と、先程執事が淹れてくれた茶を飲みながら、ふと思い出して俺は、アイテムボックスを開く。
「……おっと、そうだ。国王、忘れない内にこれをやる」
「む……? ネックレス、か?」
手渡したソレをまじまじと見詰めながら、不思議そうな声音でそう言う国王。
「ソイツは、『ダンジョン帰還装置』だ。魔力を流し込むと内部の魔術回路が起動して、俺の根城まで一瞬でワープする。一回こっきりだから、なんか緊急時にでも使ってくれ。一応五つ渡しとくから、イリルとかアンタが大切だと思う人に渡しておくといい」
ちなみに、レイローのおっさんと女騎士カロッタ、ネルの大切な友人である宮廷魔術師ちゃんにもすでに同じものを渡してある。
カロッタだけは、俺が魔王であるとはまだ気付かれていないはずなので、話をボカして「俺の家に空間転移出来る魔道具」とだけ説明して渡したがな。
宮廷魔術師ちゃんなんかは、レイラと同じく研究肌の人間のようなので、無言で瞳を爛々と輝かせながらネックレスを凝視していて、ちょっと怖かった。
研究職の人って、皆あんな感じなのだろうか。
「……空間転移の魔術の品か。貴殿は本当に、さらりととんでもないものを出すな……」
「俺、魔王なのでね」
冗談めかしてそう言った俺に、国王は苦笑を浮かべてから言葉を続ける。
「うむ、ありがたく頂戴する。何か、お返し出来るものが――」
「いいよ、やめてくれ。俺の方が世話になったからそのお返しのつもりで渡したんだ。これ以上何か貰ったら、借りの多さで破産しちまう」
「しかし、こんな凄まじい効果を持つ魔道具を貰ってしまったら、むしろ私の方が貰い過ぎだろう。エリクサーもいくつか貰ってしまっているのだぞ?」
うーん、つっても、所詮はどちらも使い捨ての消耗品で、掛けたDPも底が知れているし……あ。
「……じゃあ、前にも帰り際にくれたワイン、あれ、くれないか。美味くてすぐ飲んじまったんだ」
レフィとな。
アイツのぐでんぐでんの姿は、それはもう可愛かった。
「む、そんなものでよいのか? それならば、いくらでも用意するが」
「そんなものっつっても、ワインって実際のところ結構高いだろ? しかも、あのワインすごい美味かったし。俺にとっては、そのネックレスよりもあのワインの方が価値が高いと思ってるぐらいだぞ」
「ふむ……わかった。貴殿がそう言うならば、後程用意させておこう。帰り際に、持って行ってくれ」
「あぁ、ありがとよ。ありがたく貰っていく」
よしよし、久しぶりに酒盛りでも楽しもうじゃないか。
ウチに幼女達がいるのを考慮して、いつもならばベロンベロンになるまで飲むことは避けるようにしているのだが、たまにはいいだろう。
クックック、泥酔して可愛いレフィやリュー、ネルの姿が楽しみだ。
レイラの酔った姿とかも、ちょっと見てみたいかもしれん。レアモノだろう。
今後の楽しみを想像して小さく笑みを溢し、それから俺は「さて」と座っていたソファから立ち上がった。
「もう少し話をしたいところでもあるが、ネルが多分、馬車を捕まえて待ってると思うんでな。これでお暇させてもらうよ」
「ふむ、今日ダンジョンに帰る訳ではないと聞いているが、行き先を聞いても?」
「あぁ。ネルの母親に挨拶しに、アイツの生まれ故郷まで行って来る」
そう言うと国王は目を丸くし、すぐにくつくつと笑い声を漏らす。
「クック、そうか。母親に挨拶か。それは大変だな」
「正直、今緊張で心臓がバクバクだよ」
「魔王の貴殿にも、そこまで緊張する時があるとは、新たな発見だな」
「自分でもそう思う」
楽しそうに笑う国王に、俺は肩を竦め、そして部屋を後にした。