後始末《1》
――舞踏会が終わりを迎えた、その深夜。
教会本部にて、ドタドタと荒く駆ける幾つもの足音に、鎧の擦れる音。
一塊となって進む者達――聖騎士達の先頭に立つのは、女騎士団長カロッタ=デマイヤー。
周囲が寝静まり、彼ら以外の物音が全くしない教会本部の中、彼女は後ろに部下の聖騎士達を引き連れながら駆け足で進んで行き、そして一つの部屋の前まで来ると、躊躇せず扉を蹴り開いた。
「なっ、何事だ!?」
中にいたのは、法衣を着込んだ、腹の出た男。
寝ていたところだったらしく、ベッドから起きだした格好で固まっている。
「き、貴様、カロッタ!! 誰の断りを得て勝手に私の部屋に――」
「夜分失礼するぞ、枢機卿アフドゥル=ドールモール=レイン。貴様を、国家反逆罪で逮捕する」
「ッ、国家反逆罪だと!?」
状況が理解出来ないらしく、聖騎士二人に呆然としたまま両肩をガッチリと拘束される、枢機卿アフドゥル。
「ま、待て、何かの間違いだ!! おいやめろ、部屋を荒らすな!!」
物証を得るため、部屋の中を荒らし始めた聖騎士達に怒鳴ってから、アフドゥルはこの部隊を率いている者、カロッタを睨みつけ、口角泡を飛ばして喚き立てる。
「こんなことをしてタダで済むと思っているのか!? 他の方々が黙っていないぞ!!」
「フン、状況の読めぬ老害め。私が、独自に判断してこんなことをしているとでも思っているのか?」
「何……!?」
嘲笑するように片頬を釣り上げたカロッタは、一枚の羊皮紙を取り出すと、それを広げてアフドゥルに見せつける。
「よく見ろ。これが何なのか、な」
「――ッ!! 連名の破門状だと……!?」
愕然とした表情を浮かべる、アフドゥル。
その羊皮紙は、他の枢機卿達の署名が連なる、アフドゥルを破門するという内容が書かれた書状だった。
「そうだ。貴様はもう聖職者でも何でもない。故に、教会はもう貴様を守らない」
「ば、馬鹿な……!」
「終わりだよ、元枢機卿殿。――連れて行け」
『ハッ!』
と、顔面蒼白のアフドゥルを部下達が連れて行くのを見送っていると、彼女の部下の中で副団長を任せている男が部屋の外から現れ、カロッタに敬礼する。
「カロッタ団長、枢機卿エルガーの身柄も拘束したと報告が入りました」
「よろしい。配下の聖騎士どもに動きは?」
「いえ、ありません。大人しくこちらの言うことに従っております」
「ふむ……少しは抵抗があるかと思ったのだがな」
予想が外れた、という表情を浮かべるカロッタに、コクリと頷いて副団長は言葉を続ける。
「確かに、その可能性は考えられましたが……一つ言わせていただくとすれば、部下は上司を選べない、ということでしょう」
彼の言葉に、くっくと笑うカロッタ。
「そうか。私も、お前達に愛想を尽かされぬよう、有能な上司として尽力せねばな」
「フフ、カロッタ団長が力を尽くすとなれば、王都の貴族どもは二度と安眠出来ませぬな」
「軍の連中もですね」
「周辺の魔物なんか、尻尾を巻いて逃げ出すんじゃないですか?」
「裏街の連中は、確実に顔面蒼白になりやすね」
二人の会話を聞いていた周囲の別の聖騎士達が、笑いながらこぞってそう言う。
「お前達、そこまで仕事を増やされたいならば、最初からそう言えばよかろう。遠慮なく酷使してやる」
不敵な表情を浮かべるカロッタに、聖騎士達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行き、各々の仕事をこれ見よがしにやり始める。
その彼らの様子に苦笑を浮かべてから、しかしすぐに真面目な表情に戻ったカロッタは、副団長へと言葉を続けた。
「さて、まだまだやることはたくさんある。我々も仕事に戻るぞ。でないと、ここまでお膳立てしてくれたあの男に顔向け出来ん」
「あの男、と言いますと……あぁ、例の仮面ですね。いったい、何者なのでしょうか。突然名を聞き始めましたが……」
「さあな……。だがまあ、奴は我々には味方で、大した実力のある男で、そしてネルが心から信頼しているらしい恋人だ。特に最後のが重要だな。それだけわかれば、十分だろう」
「……全く、相変わらず団長はネルに甘いですね。まあ、気持ちはよくわかりますが」
「そりゃあ、むさ苦しいお前達と違って、唯一の妹分だからな。可愛がりもするさ」
「おぉ、酷いことを仰るお方だ」
肩を竦めるカロッタに、わざとらしい様子でショックを受けた表情を浮かべる副団長。
一通り軽口を叩き合い、それからニヤリと笑みを浮かべてから、彼らもまた各々の仕事へと戻って行った。
* * *
舞踏会が終わってから、数日。
クソ貴族アルゴスは牢にぶち込まれ、軍務大臣ジェイマは権限を停止、身動きを封じるために屋敷に拘禁している。
ここまでは思い通りに進んだものの、しかしジェイマの真意が未だ掴めていなかったため、国王と話し合った結果、わざとジェイマのいる屋敷の警備に穴を開けて隙を作っていたのだが……それでも軍務大臣は、何も動きを見せることはなかった。
ここ数日で、国王の手下と女騎士カロッタを中心とした聖騎士達の働きにより、アルゴスと関係の深かった者達は次々と捕らえていったため、向こうが座して待てば派閥の壊滅は確実。
故に、罠だとわかっていても何かしら動かざるを得ないだろうと思っていたのだが……こちらの思惑は、完全に外された形だ。
何を企んでいるのか、やはりもう、本人に直接聞くしかないだろう。
――と、考えた俺は、現在軍務大臣ジェイマが拘禁されている屋敷まで来ている。
屋敷の周囲は、国王配下の兵士達が姿を隠すこともなく堂々と固めており、興味深々で様子を窺っている野次馬達を追い返している。
ただ、固めているのが周囲だけで、敷地の内側には入り込んでいないようのは、すでに一通りの捜査がされた後だというのもあるが、軍務大臣ジェイマがいまだ一角の権力者であるためだ。
追って沙汰は下されるはずで、役職の剥奪は確実だそうだが……しかし、今はまだ剥奪されていない。
この老人はシンパが多く、下手に処罰しようものなら再びクーデターが起きる可能性があるらしく、その芽を潰すためには確実な証拠固めが必要になる。
早々に事態を解決するためにも、今は敷地内までは立ち入らず、周囲を固めるだけに留めている訳だ。
まあ、とは言ってもその辺りの事情は俺には知らんことなので、普通に侵入するけどな!
つまりバレなきゃいいんだろう、バレなきゃ。
絶対にやり過ぎないでくれ、とは釘を刺されたが、国王からも一応許可を得ているので、その辺りは問題ない。うん。
そうして、隠密スキルを発動して屋敷内部に侵入した俺は、不安そうな表情で仕事をしているメイドさんや執事達の間を抜け、ジェイマのいる執務室に向かう。
屋敷の構造は、イービルアイを用いて事前に調査を終えているので、迷うこともない。
ちなみに、仮面は装着済みだ。
すでに顔バレしているため、もうあんまり意味がない気がしなくもないが、しかしこの仮面はかなり気に入っているから、隙あらば装着したいと思います。
広い屋敷の中を進み、やがて目的の部屋に辿り着いた俺は、隠密スキルを解きながらギィと扉を開き、執務室の中へと入って行く。
「――来ると思っていたぞ、仮面殿。しばし待たれよ。すぐ終わる」
執務室にいるのは、執務机に座った老人が、一人。
何かの書類を読んでいたらしいソイツは、顔を上げることもせず、驚いた様子も見せず、ただ静かにそう言った。
「……どうも。邪魔するぞ」
執務室に設置されていたソファに勝手に座ると、老貴族は少しして書類の確認を終えたらしく、顔を上げてこちらを向く。
その表情は穏やかなもので、自身の派閥が崩壊し掛けているという現状に対する焦り、突然現れた俺に対する警戒などは、一切感じられない。
事実、魔王の超聴覚で聞き取れる心音も、穏やかなものだ。
「お待たせした。それで、一応聞いておこうか。今日は、何用かな?」
好々爺然とした様子で話す老貴族に、俺は意図して高圧的な態度で口を開いた。
「……おう、アンタの部下どもが日ごと減って行っているのに、随分悠長にしているようなんでな。大丈夫なのかと心配しに来てやったんだ」
「ほう、そうか。それは、そちらの配慮に感謝せねばな」
口元に微笑みを携え、飄々とした口調で話す老貴族。
……全く、老獪という言葉がピッタリ来るヤツだな。
「――単刀直入に聞こう。アンタ、何を考えていやがる?」
口では敵いそうにないと判断した俺は、その真意を見極めるため、老人の眼を見据え、問い掛ける。
「ふむ……私の考え、か。いいだろう、私が今、何故悠長にしているのか是非ともお教えしよう。もう、私が動く必要がなくなったから、何もしていない」
「何……?」
怪訝に眉を顰める俺に、ジェイマは――。
「私はね、後のことは陛下、そして君に任せることにしたのだよ。――魔王ユキ君」
――何気ない口調で、そう言ったのだった。




