勇者の従者、正義の魔王降臨《3》
『――では、計画は順調ですね?』
『えぇ、簡単に食い付きました。我々が手引きすると言ったら、非常に喜んでおりました』
『それは重畳。しかし、全く……彼らは勝算があると思っているのでしょうか? お陰で手間が省けて、こちらとしては助かるのですが』
『どうも、自分達が犠牲になって、この国の現状の危うさを伝える、などと考えているようですな』
『フフ、結構なことですね。是非とも彼らには頑張っていただいて、楽をさせていただきましょう。では、王城の襲撃計画はそのように。細かいところの話をしましょう――』
それからも、王城襲撃のための段取りが録音からは流れ続ける。
よくあるスパイ映画とかだと、こういう計画は暗号だったりコードネームだったりで話し合っていたと思うのだが、そういうのも無しである。
まさか、安全なはずの自室にいて情報を抜き取られるとは考えていなかったのだろう。お陰で裏を取るのもどんな計画を立てているのかも筒抜け、対策も楽勝だったぜ。
むしろ、DPで交換した録音のための魔道具を屋敷の中に多数仕込む時の方が、大変だったくらいだ。
クックック、この、唐突に持ち出した謎のアイテムで追い詰めて行く理不尽さよ。
貴様ら人間は、使用する道具の水準すら魔王に劣っているのだよ。
「さて、こりゃどう聞いてもテメェの声だが……何か申し開きはあるか?」
そう言って俺は、椅子にしているクソ貴族の顔を覗き込む。
「き、貴様っ、どうやってこれを……!」
「どうやってっつーと、そりゃ、お前の家に忍び込んで、だ。ペラペラ喋ってくれて助かったぜ」
「馬鹿なっ、そんなことが出来る訳がない!!」
「あぁ、そう言えば警報器みたいなヤツはいっぱい仕込んであったな、お前ん家。すまん、全部壊しちまった」
あの程度で安心していたとは、お笑い種だ。
魔力眼に掛かれば、どこに何が仕掛けられているのか一目瞭然だったので、解除も余裕である。
と、クソ貴族はさらに喚き立てる。
「クッ……こ、こんなものが認められるか!! 貴様がしているのは違法……そうだ、違法な捜査だ!! 私を嵌めるために、貴様が何かしらの手段で偽ったのだろう!!」
「おう、往生際が悪いな。けど、一つアドバイスしてやろう。どっちの言葉に信憑性があるのか、回りを見てみるといい」
その俺の言葉に、ハッとした表情を浮かべたクソ貴族は、周囲に顔を向ける。
俺達――いや、喚くクソ貴族の様子を見ているのは、冷ややかな表情の貴族達。
まあ、腹芸は得意そうだから、内心で何を思っているのかはわからないがな。
本当はこのクソ貴族の派閥だったのに、形勢が悪くなったから見限っているヤツも多くいるだろう。
そんな中、冷や汗ダラダラで顔色を悪くしている貴族どもは……このクソ貴族とズブズブの関係のヤツらだろう。コイツを監視する中で、何人か見た顔がある。
関与が薄いただの蝙蝠どもなら、暗黙の了解で深く追求しないのが貴族社会だそうだが……明らかな黒ならば流石に罰せられるって話だからな。
バカどもめ、ネルを害して俺の敵に回ったこと、死んであの世で後悔することだ。
「ふむ……事の次第は明らかになったようだな。――連れて行け」
それらしい表情を浮かべて言った国王の言葉を受け、壁際で待機していた近衛兵達はキビキビした動作で即座にこちらまで来ると、俺に一礼してから、クソ貴族の両肩を掴んで拘束する。
俺がその背中から退くと、無理やり立たされたクソ貴族はギリィと歯を食い縛り、喚き立てながら引き摺られるようにして近衛兵達に連れて行かれ――が、途中、誰かの姿を貴族達の中から見つけたらしく、ガバッとそちらに縋り付くような目を向ける。
「ッ、ジェ、ジェイマ様……!」
クソ貴族の視線の先にいるのは、ピンと背筋の張った、初老の貴族の男。
――軍務大臣、ジェイマ=レドリオス。
最後の希望を求めるようなその視線に……だが、ここまで何も言葉を発することなく静観に徹していた軍務大臣ジェイマは、何を思っているのかわからない表情で一言呟いた。
「……連れて行きなさい」
その言葉に、ショックを受けたような表情を浮かべたクソ貴族は、そのまま呆然とした様子で、近衛兵に連れられ会場から外へと消えて行った。
「おや、軍務大臣殿。随分と冷たいことを仰る。どうも彼は、アンタの部下として動いていたようだが……お話し願おうか?」
沈黙が場を支配する中で、俺は軍務大臣にズイと近寄り、挑発するような笑みを浮かべてそう話し掛ける。
「ふむ、お初にお目にかかる、仮面殿。さて、何を言っているのかわからぬが……そうは言ってもこの様子では、私の言葉に説得力は無いだろうな」
一応惚けはするものの、しかし反論も弁解もすることなく、ただ静かにそう言う老貴族。
軍務大臣という、国の要職に就いている者の関与が疑われている現状に、先程までよりも強いどよめきが起こる。
「……潔いな、ジェイマ。何も弁解はせぬと?」
どよめきの中、口を開いたのは、国王。
軍務大臣の真意を確かめようと、先程までの演技とは違った鋭い眼差しを老貴族に向けている。
「全く、陛下もお人が悪い。恐ろしい部下をお持ちのようだ。もう私が何を言おうとも、意味のないところまで話を進めていらっしゃるのだろう?」
「……そうだな。ぬしが、アルゴスの真の上司である、ということはすでにわかっている。部下の不始末の責任、しかと取ってもらうぞ」
嘘だ。
実際のところ、断定までは至ることが出来なかったのだ。
アルゴス=ラドリオの方は割とあっさり色々裏が取れて余裕が出来たので、コイツの方は二十四時間体制で俺の目を付け、国王の部下も多く監視に付いていたのだが……それでどうにかこうにか黒、と裏付けられるかもしれない、という程度である。
流石、軍務大臣まで上り詰めた男、ということか。
クソ貴族よりも周囲に対する警戒の度合いが強く、実際にクソ貴族と会っていた時もただ友人と出会ったという感じで、核心を得られるような言葉、こちらが黒と断定出来るようなことは全く話すことがなかったのだ。
恐らく、自分が見張られていることにどこかで気付いていたのだろう。
悔しいが、クソ貴族と違いこっちは確かな証拠を何一つ得ることが出来なかったが故に、確実に処罰が可能な方法として、部下の不始末という態を取ったぐらいなのだ。
「ふむ、仕方あるまい。それでは陛下、仮面殿、失礼させていただく」
そうして軍務大臣は、何も抵抗することなく、近衛兵達に大人しく連れられて行った。
素直にこの場を去って行くその後ろ姿に……だが俺は、むしろ怪訝さを覚えていた。
……何だ? 何を考えていやがる?
アルゴスの方は、わかりやすかった。自分の権力を追い求めるサマが、情報収集していた時からありありと感じることが出来たからだ。
対して、コイツの方は。
何を考えているのか、ここまでの情報収集でも、その真意が今一つわかっていない。
いや、生粋の軍国主義者であることはわかっているため、現在の国の運営に不満があったことは確かなのだろうが……そんなヤツが、こうまであっさりと身を引くものか?
何か、現状をひっくり返す手札でも、持っている……?
「…………」
そこまで考え――しかし俺は、無言で小さく首を振った。
そうは言っても、これでヤツらの派閥が大ダメージを受けるだろうことは、確実。
……もう、まどろっこしいことをする必要もないんだ。
ならば後で、直接お話でもさせてもらいに行けばいいだろう。
答えないならば……まあ、答えさせるまでだ。
国王もまた、怪訝そうに軍務大臣が去って行った方向を眺めていたが、しかしとりあえず事態を収拾することにしたのだろう。
パンパンと手を叩き、いまだどよめきの止まらない貴族達に向かって口を開いた。
「さて、諸君。色々と想定外のことがあったが……今宵の舞踏会は、まだ始まったばかりだ。この程度では中止にせぬ故、この後も是非楽しんで行ってくれ」
いやぁ、この程度って言うけど、結構大事だったと思うけどね。
……まあ、国王としても想定内の事態だった訳だし、何があっても泰然自若としているというパフォーマンスなのだろうが。
貴族達は、些か戸惑い気味だったが……国王が促し会場内にいた楽団が音楽を奏で始めたことで、少しずつ通常の宴の様子へと戻って行く。
舞踏会らしく男女のペアで踊り始める者達や、ワイングラスを手に数人で集まって今起こった出来事を話し始める者達。後者の割合の方が高いか。
「仮面殿、少し、いいだろうか?」
「救国の英雄と謳われる貴殿に、是非お話を――」
そんな中、幾人かの貴族達が俺の方にやって来たが、しかし俺は彼らに断りを入れると、すぐに一人の少女――ネルの下まで向かった。
「お疲れ、おにーさん」
近くに来た俺に、微笑みを浮かべるネル。
「あぁ、疲れたよ、ホントに。これだから貴族社会ってのは嫌になるぜ」
貴族転生じゃなくて、魔王転生で良かったと心底思うよ。
「まあ、おにーさんの性格ならそう思うだろうね……僕も同感だけど」
そう言って苦笑を浮かべるネルに、肩を竦めてみせる。
「さて……それじゃあ、ネル」
「うん?」
俺はニヤリと口端を吊り上げ、彼女の手を取る。
「踊ろうか」
「……うん」
ちょっとだけ頬を赤らめ、そしてニコリと笑い、勇者の少女は頷いた。
「クックック、刮目せよ、ネル。俺のここまでの特訓の成果、見せてやるぜ!」
「フフ、そうだね。おにーさん頑張ってたもんね。是非とも見せてもらおうかな」
そうして俺とネルは、身体を寄せ、音楽に合わせ。
間近で見詰め合いながら、くるくると回り出す。
「そういやネル、お前、随分と人気者だったじゃねぇか。全く、魔王の嫁をナンパするとか、ヤツらいい度胸してやがるぜ」
「いやぁ、どうかな。勇者の称号に惹かれただけだと思うけどね。まあ実際、ダンスの断りを入れるのはちょっと面倒だったけど……」
「俺、よく知らんのだけど、貴族相手にそういうのって失礼だったりしないのか? 一応、立場としては向こうの方が上なんだろ?」
「うん、あんまりよくはないかな。貴族の人って、プライド高いし。でも……」
「でも?」
「……お、おにーさん以外とは、その……踊りたくなかったし」
何だこの可愛い生き物。
……勇者、あざとい! あざといわー。
魔王にここまで甚大なダメージを与えるとは……大したもんですよ、全く。
「……やっぱり、アレだな。勇者にはきっと、魔王に対して特効攻撃が出来るんだな。お前の攻撃でダメージ大だ」
「そ、そうかな? おにーさんにそんな攻撃が出来るようになったなら……僕もちょっとは成長したってことかな」
そう言って、笑い合いながら俺とネルは、踊り続けた。
「あー! ネル様ずるいですー!」
「……ん、ネルずるい」
――ちなみにその後、エンとイリルに散々ダンスをせがまれたことは、語るまでもないだろう。