勇者の従者、正義の魔王降臨《1》
――正装に着替え終わり、ネル達と離れた後。
一人俺は、王城の敷地内に入り込もうとコソコソしている侵入者達の真っ只中に飛び込んでいた。
「オラァッ!!」
隠れて様子を窺っていたところへいきなり俺が現れたため、そこにいた者達全員がギョッとした顔を浮かべるが、そんなことは全く気にせず俺は、一番近くにいたヤツの頭蓋をガシッと掴み上げ、別のヤツに向かって叩き付けた。
「カフッ――」
「なっ、何だ貴様は!?」
動揺する侵入者達の一人の腹部を蹴り飛ばし、また別の一人を昇龍拳染みたアッパーでカチ上げ、吹き飛ばす。
「クッ、この!」
ようやく動き出した侵入者の数人が、腰から剣を抜いてこちらに振り被るが、ステータスのあまりの格差により見てから回避余裕状態なので、身を捻って全ての攻撃を躱しながら、殴って蹴って敵の剣を体術のみで圧し折り、武器を壊され再び唖然としているところに攻撃を加えて無力化する。
「貴様ッ、何をしているかわかって――」
「うるせぇ!!こちとらテメェらの相手をしている暇はねぇんじゃボケぇ!!」
「グハァッ――!?」
最後に残った集団の小隊長らしい男の言葉を途中で遮り、顔面へ串刺しキックをお見舞いして壁に頭をめり込ませる。
――侵入者の集団は、数分もせずに壊滅していた。
「……仮面、荒れているな」
苦笑気味の声に振り返ると――そこにいたのは、部隊を率いた一人の女性。
カロッタ=デマイヤー。
ネルの上司で、前に俺が王都へ来た時も、色々手筈を整えていた聖騎士の女団長だ。
「……ウチの嫁さんが、会場でナンパされてんだよ。早くそっちに行って、人の嫁に手を出そうとするアホ共から嫁さんを守らんと」
「まるで見ているように言うのだな。嫁というと……ネルのことだったな。不思議なのだが、いつの間にそんな仲になっていたんだ?」
「色々あったんだ」
「……色々か」
クク、とおかしそうに笑う女騎士団長。
「それより、こっちに来たということは、そっちも終わったらしいな」
「あぁ。貴殿が示した場所に、罠とも知らず間抜けにも集まっていた。全て捕らえたよ」
「じゃあ、残りは城内のヤツらだな。さっさと終わらせて、ネルのところに行こう」
「賛成だ。あの子の敵に回る者には容赦はせん」
そう言って俺と女騎士団長は、顔を見合わせ、お互いに獰猛な笑みを浮かべた。
――現在俺は、教会の者達と行動を共にしている。
教会内部でネルを嵌めようとしているヤツは、そこまで多くはなかった。
調査を続けた結果わかったのは、教会内部における『敵』は、俺が盗み聞きした枢機卿と、ソイツのお友達の別の枢機卿。そして、その部下達である、カロッタ達とは別の聖騎士団だということ。
教会全体としては、依然としてネルの味方であることがわかり、安堵したものだ。
ただ、どこまでの範囲にそのクソ枢機卿どもの手が伸びているかわからなかったため、味方としてアテにはしていなかったのだが……そんな折に現れたのが、この女騎士団長だった。
国王と教会に対する対処で話し合っていた際に、ある程度上の立場におり、信用出来る者の名として彼女の名前が上がったのだが、その時は仕事で彼女が王都にいないと聞いて、教会に渡りを付けるのは諦めていた。
しかし、それから少し経った頃、タイミング良く彼女が仕事を終わらせて王都に帰って来て連絡が取れるようになったため、協力をお願いしたのだ。
教会の老害どもに勝手なことはさせん、と二つ返事で協力を確約してくれた彼女は、実際物凄く有能で、教会内部における敵味方をはっきりさせ、そして味方側の掌握を瞬く間に済ませてしまった。
彼女のお陰で、教会の動きは気にせずに済むようになり、今日この日においても、聖騎士団を率いて俺に協力してくれている。
彼らの行ってくれている協力とは――王都の重要施設複数個所に同時出現した、賊どもの排除。
そして、その賊どもを捕縛する予定の兵士達の検挙だ。
つまりは、マッチポンプの阻止である。
賊どもが金で雇われ、騒ぎを起こし、そして『敵』の息の掛かった部隊がそれを捕まえる。
まあ、賊と言っても、どうもこの賊どもは、この国の兵士らしいがな。
前回の王都危機にて王子の味方をしていた部隊が大半らしく、そのため国王が実権を取り戻してからは、一応お咎めなしではあったものの周囲から冷遇されていたようで、不満が溜まっていたらしい。
そこに目を付けられたのだろう。内容は知らんが、何かしらの密約が俺達が王都へ来る前に交わされていたようで、こうして実行犯として動いている訳だ。
ただ……どうも彼ら自身は、自分達がマッチポンプの駒にされているとはわかっていないようなので、恐らく敵側の策が進行していった場合、口封じに全員始末されるんじゃないだろうか。
頼る相手を間違えたな。
こんな行動を起こす敵側の思惑は、今代勇者――ネルが王城で開かれている舞踏会に参加して、のほほんとしている内に、裏で全てを終わらせる、というところにある。
勇者は騒ぎを鎮圧出来なかったが、自分達は国の危険を嗅ぎ付けて鎮圧した。そういう筋書きだ。
不安が蔓延しているらしい今のこの国において、必要とされているのは確かな実力者である。ネルに対し非難の声が国民から出ているのも、その実力を国民が知らず、不安視されているからだ。
そんな頼りない勇者は、やはり今回の危機でも頼りにならず城で飲み食いしていたが、しかし自分達はちゃんと部隊を回し、危険人物を検挙したと。そういう相手を強く責められる口実が欲しいのだろう。
これが成功していれば、確かにネルの立場は現在よりもさらに弱くなり、敵の思惑通りに事が進んでしまう事態になっていたことだろう。
――成功していれば、だが。
「それにしても仮面、お前は恐ろしい男だな」
「あ? 何がだ?」
次なる目標へ向かう道すがら、そう話し掛けて来る女騎士団長。
「その実力もさることながら、まるで全てを見通しているかのような情報収集力だ。動いているのは、お前一人なのだろう?」
「あー……まあそうだな」
全てを見通しているかのような、と言ったが、実際全部見てたから知ってるんだけどな。
イービルアイとイービルイヤー、そして俺自身が忍び込んで。
ここ最近、ネルに礼儀作法を教え込まれ、王女ちゃんとエンにおままごとをせがまれながらも裏で動いていた際に、間抜けにも俺に見られているとは気付かず計画の準備をしてくれていたので、陰で笑いながら情報収集していた訳だ。
いやぁ、ホント、ペラペラと目の前で計画語ってくれちゃって。魔王の隠密術を舐めちゃあかんで。
とは言っても、流石に俺一人じゃ王都の街中までとなると手が足りないし、王城の近衛兵、つまり国王の手駒は王城の警備と国王の護衛でいっぱいいっぱいであるため、どうしたものかと悩んでいたのだが、カロッタが味方になってくれてその辺りは本当に助かった。
「仮にも勇者の従者を名乗ってるからな。それぐらいは出来るようにならないと」
「勇者の従者、ね。実体がどうあれ、ということか」
「さてな」
ニヤリと笑みを浮かべてそう言うカロッタに、俺は肩を竦めた。
「――おっと。近衛兵が入り込んだヤツらに気付いて戦い始めたぞ。その少し後ろで、敵の子飼いのヤツらが救援に入るタイミングを窺ってやがる。気付かなかった、という態で一緒くたにやっちまうぞ」
「あぁ、わかった。――聞いたな、お前達。近衛兵以外は全て敵だ。蹴散らせ!」
『応!!』
カロッタの指揮する聖騎士団の者達――ネルの同僚達は、傍にいて熱気を感じられる程気合の入った様子で、武器を掲げた。
* * *
「――いた!」
見えて来た先にいたのは、騙され兵士達――もとい、賊どもと、奇襲を掛けられた近衛兵達。
まあ、奇襲を掛けられたと言っても、近衛兵達の方は国王からそれとなく情報が流れていたため、いつもより警戒が厳しくなっており、どちらかと言うと完全な奇襲を仕掛けたはずの賊どもの方が防備の固さに困惑している様子だ。
多分、俺達が援護せずとも、その内別の近衛兵が駆けつけて鎮圧されるのではないだろうか。
「女騎士団長さんよ、近衛兵の方の援護は任せたぞ!」
「了解した! そちらは!?」
「俺は、気付かれてないと思っている、間抜けなバカどもに、灸を据えて来る――!」
言うが早いか、俺は近衛兵達が争っている場所から少し後方に向かい、彼らの死角になっている何もない空間に、まず飛び膝蹴りをぶちかます。
そして次に、同じく何もない空間をがっしと掴み、それをグルングルンと振り回すように腕を回す。
恐らく傍から見れば俺は、一人で飛んだり跳ねたりしている危ないヤツに見えているだろうが――魔力眼を持っている俺に見えている光景は、別だ。
「フハハハハ、バカどもめ! テメェらの姿なんぞ見え見えなんだよ!」
「ッコイツ、見えてッ――!!」
魔王の高笑いをしながら俺は、掴んだ何もない空間――男の足から手を放し、敵の集団に向かって放り投げる。
俺の攻撃を受け、もしくは避けようとして大きく動いたからだろう。魔法が解けたらしく、こちらに向かって武器を抜き放った兵士達が、四方に突然現れる。
倒したのは……む、三分の一程か。
今ので半分は落とすつもりだったんだがな。
「貴方は……勇者の従者さん、ですね?」
そう声を掛けて来るのは、この集団のトップらしい、ヘルムで顔を隠した怪しいヤツ。
声からして、中年の男だろう。
まあ、顔を隠していると言っても、コイツが誰かは、すでに事前の情報収集で知っている。
スタンピード騒ぎの犯人、アルゴス=ラドリオの部下だ。
「おぉ、よく知ってるな。そうだ、俺は勇者の忠実な手下だ。だから、正義のまお――じゃなくて正義の味方として、悪いヤツらを懲らしめに来た訳だ」
「正義ですと? ならば、王城が攻撃されている様子を見て救援に駆け付けて来た我々を攻撃するのは、お門違いというものでは?」
「よく言うぜ! 賊どもが襲い始めてからも、ここでずっとタイミングを見計らってたくせによォ!」
「誤解だ、何を根拠に言っているのです。これ以上我々と敵対するつもりなら、貴方もこの反乱者達の一味とブグふッ――!?」
なんか喋り始めたが、有罪なのは確定しているので、俺は無視してソイツの顔面を殴り飛ばし、そして他のヤツらへの攻撃を開始した。
「なっ、貴様!」
「卑怯な、それが勇者の仲間のすることか!?」
「卑怯、いい言葉だ。ありがとう」
俺が攻撃を始めたのを見て、流石に鍛えているらしく、瞬時に反応し迎撃を始める敵集団だったが……弱い弱い。魔境の森のゴブリンよりも弱い。
ちなみに、殺してしまうと色々不味いので、対幼女用お遊び術から進化した、対敵用不殺術を用いて気絶させるだけに留めている。
対幼女用安全術と対幼女用お遊び術で鍛えられた俺は、微妙な力加減も思いのままだからな。
敵の意識のみを刈り取る威力の攻撃というのも、お手の物だ。卵の殻に絶妙な衝撃を与え、綺麗に割るなんてことも今では余裕である。
フッ、ダンジョンでは、卵を割る時は俺の出番なのよ……。
卵割りの魔王と呼んでくれたまえ。
「――よし、終わり。女騎士団長さんの方は……あぁ、あっちも終わってんな」
ふむ……外の後始末は任せてしまおうか。
彼女なら、きっと上手く収めてくれるだろう。
周囲の兵士どもを一掃し終えた俺は、重要人物である敵部隊長の鎧の縁を掴むと、ガリガリと引き摺りながらネル達のいる城内へと向かっていった。