舞踏会《3》
アルゴス=ラドリオは、内心で焦りを覚えていた。
「ですから、ネル殿には今後ご活躍していただくとしても、勇者の肩書自体は別の者に――」
「おかしなことを言いますな、ラドリオ男爵。勇者とは評判で決まるものではなく、実力で決まるもの。幾ら民草が不安視しているとしても、ただそれで勇者を代替わりさせるなど、本末転倒というものでしょう」
アルゴスの言葉に口を挟んだのは、国王の駒の一つ、辺境の街領主レイロー。
「しかし、実際に国民の皆様が不安に思っているということは、率直に言わせていただければ彼女の実力が勇者として適していない、ということの表れではないのですか」
「ふむ。もしや貴殿は、センギュリアの街で起きたスタンピード騒ぎを知らぬのですかな?」
「は? いえ、その報告は私も聞いておりますが……」
「ならば、その際魔物達の襲撃を、ネル殿が一切の被害を出さず単騎で撃退した、という報告も聞いているはずですが」
「……えぇ、存じております」
一瞬だけピクリ、と眉を動かしながらも、至ってにこやかに言葉を返す。
「それだけの実力を持っているのにもかかわらず、彼女が一時消息不明になったということは、そんな強大な相手と戦っていたからこそ。そこから生還した者を、称賛しこそすれ、実力が不十分だと言うとは、貴殿は勇者を神か何かだと思っておるのだろうか?」
目の前の男の、こちらを小馬鹿にするような冷ややかな視線と、周囲から小さく聞こえる失笑の声に、思わず苛立ちが募る。
その時、「確かにおにーさんやレフィ達は、僕の常識がほとんど通用しない強大な相手だったけどね……」と、苦笑と共に呟かれた声は、誰の耳にも届くことはなかった。
「……では、ネル殿。ネル殿自身は、現状をどう思われているのですか? こう言いたくはありませんが、今の情勢の不安定さは、ネル殿にも責任の一部がありましょう。貴女はそのことについてどうお思いで?」
「え? あー……私がまだまだ修行不足、ということは確かでしょう。そのせいで連絡が遅れ、皆様に不安を与えてしまったことは、申し訳なく思っています」
ネル自身から自責の言葉が出たことに、アルゴスは内心で笑みを浮かべるが――。
「――ですが、それでも私は、勇者です。このまま流れに身を任せて勇者を辞めるなんて無責任なこと、出来る訳がない。この国を守るため、私は勇者になりました。ならば私は、私に出来ることを精一杯するまで。今までも、そしてこれからも。他の誰かは、関係ありません」
「……随分と無責任なことを仰いますね。他の者達が何をどう言おうと、自分には関係が無いと?」
「えぇ、そうです」
彼女はゆっくりと、だが力強く頷く。
「勇者をやる、というのは、私の意思――決意です。ただ私が、そうしたいから、この国を守る。だからこそ、チャンスを頂ける限り私は、私の矜持を貫き、勇者という職に命を懸け続ける。そこに、他の人は関係ないんです」
そう言って、ニコッと微笑みを浮かべた彼女を見て、貴族の若い者達から「おぉ……なんと気丈な」「その姿のみならず、心意気もまたお美しい……」「まさに聖女様だ」と感嘆の声が漏れる。
その様子に、アルゴスの表情から、取り繕った微笑みが消える。
――先程から何度も揺さぶりを仕掛けているのにもかかわらず、このザマだ。
国王とその取り巻き、そして今代勇者から、動揺が全く見られない。
まるで何も問題は無いとでも言うかのように、今代勇者は王女と見知らぬ異国人らしい少女の相手をしているし、国王もまたこちらの話を聞いてはいるようだが、自身の娘達の方を微笑ましそうに見て、対応を部下に任せきっている。
もはや、自分達の今の立場を理解していないんじゃないかと思えるような態度だ。
しかも、周囲の貴族達からあがる声が、かなり小さい。
中立的な立場にいた貴族はともかく、どういう訳か予め根回しをしておいたはずの者達からもアルゴスに同意する声が当初の予定より少なく、ただ傍観に徹している。
……どうやら、センギュリアの街で起こしたスタンピードが、完全に裏目に出ているらしい。
アレで勇者が撃退を失敗していれば、やはり今代勇者は実力が乏しいと自身に同意する声は確実に増えていただろうが、全く被害を出さずに魔物どもを撃退してしまったため、むしろ称賛の声が多く上がってしまっているようだ。
恐らくはそのせいで、今このタイミングで今代勇者を非難すれば自分達が少数派となってしまうため、こちらに見切りをつけているのだろう。
状況の悪さは自覚していたが、ここまで貴族連中の手の平返しが早いとは、流石に予想していなかった。
――チッ、あれだけ金を積んでやったのに……!
そしてもう一つ。
勇者の恋人であるという仮面の姿が、この場にない。
蜜月の仲であるということは聞いているため、国王一派にとって逆風となるはずだったこの場には、勇者の味方をするために確実に現れるだろうと考えていた。
実際、事前の情報収集では、仮面が舞踏会に参加するという情報も得ていた。
にもかかわらず、姿を見せないのは……どういうことだ?
何か、裏でやっているのか?
何もかもが上手くいかない状況に苛立ちが募り、疑心が後から後から湧いて来るが――フゥ、と息を吐き出し、気分を落ち着ける。
だが……だが。
まだ、こちらには手がある。
アルゴスの策では、勇者と仮面はこの場にいることが前提となっていたが、勇者がこの場にいる以上、致命的な計画の破綻にはならない。
もし仮に仮面に計画を嗅ぎつけられてしまった場合、ある程度効果が弱くなる可能性はあるが、その辺りは扇動でどうにかなるだろう。
今、この場を味方に付けることは上手く行っていないが、しかし何も知らない馬鹿な民は、再三勇者に対する悪評を自身が流したことで、今代勇者に対し不安を抱き始めている。
工作は、容易い。
まだ、状況はこちらに有利だ。
そう、内心でアルゴスが今後を算段していた――その時。
「失礼します!」
突如、衛兵が舞踏会の会場の中に現れ、国王の下まで急ぎ足で駆けて行く。
何事か、と周囲の貴族達の視線が国王に耳打ちする衛兵に集まる中、一人、ニヤリと笑みを浮かべ、その様子を眺めるアルゴス。
――上手く行ったか。
「ふむ……ご苦労。――皆の者、どうもこの城内で騒ぎを起こそうとした馬鹿者達がいたらしい。数十人の武装した者達が、入り込んだようだ」
その言葉に、舞踏会の会場内にどよめきが起こる。
「なっ、それは不味いのでは!?」
「へ、陛下、安全な場所に!」
軍属らしい貴族達が国王を守ろうとすぐに動き出すが、しかし国王はあくまで落ち着いた口調で、言葉を続ける。
「待て待て、落ち着け。すでに鎮圧済みであるため、問題はない。ただ、その鎮圧の功労者が、少しこの場に用があるらしい」
……何?
予定では、部下にこの場に来いとは言っていない。
――何かまた、想定外のことが発生している。
嫌な流れが、続いている。
「入れ!」
国王の言葉の後、ガラリと会場の扉が開かれ、その奥に現れる、一人の男。
「なっ――」
入って来たのは――アルゴスの部下ではなく、気を失っているらしい指揮官のような身なりの男を肩に担いだ、仮面の男だった。
「こんばんは。黒幕潰しに来ました」




