舞踏会《1》
「――勝算は?」
「十分にあるかと。仕込みは完了しましてございます」
「ふむ……だが、問題は勇者とその従者の仮面だ。特に、仮面の方だな」
「はい、そのことに関しましては痛い程理解しております。そして客観的に申しまして、私の手駒の力ではあの者達を抑えるのは難しいでしょう。故に、奴らが手出しを出来ない状況を作り上げるつもりです」
「ほう? 上手く行くのか?」
「お任せください、お望みの結果を御覧に入れましょう」
「よろしい。その言葉が口だけでないこと、証明してもらおう」
* * *
「……素晴らしい」
俺は片膝を突き、両手を組み、目の前の素晴らしい光景に対し真摯に祈りを捧げていた。
「やはり女神は実在したのだ……」
「ちょ、ちょっと、やめてよ、おにーさん。恥ずかしいでしょ! というか、ちょっと前にも散々見せてあげたじゃない!」
「わかってないな、ネルよ……こういうのは何度見てもいいものなのだ」
恥ずかしそうにワタワタするネルに、俺は祈りを捧げる姿勢のままそう答える。
現在のネルは、ドレス姿である。
彼女の言う通り、少し前にも『鑑賞会』と称して散々ドレス姿を愛でていたのだが、やはり美しいものはいつ見ても美しいのである。
そうして、着付けを手伝っていたメイドさんが砂糖を入れ過ぎたコーヒーでも飲んでいるような表情を浮かべているのも全く気にせず、褒めちぎってネルを悶えさせていると、隣の更衣室のカーテンがカラカラと開かれる。
現れたのは、ネルと同じくドレス姿に身を包んだ、イリルとエンだった。
「えへへ、まおー様、どうですか?」
「……主、似合う?」
ドレスの裾を掴み、フリルをヒラヒラさせながら回って見せる二人。
「おぉ、最高に可愛いぞ、お前ら! お姫様みたい――って、イリルはお姫様だったな」
そう言えばガチモンの王女様だった。
イリルの方は流石王女様というだけあり、自前のものを着ているが、エンはそのイリルのドレスの内の一つを貸してもらって身に着けている。
これは、一応既製品がいくつか用意されている大人用ドレスを着ているネルとは違い、子供用ドレスとなると需要が低いため一から仕立てる必要があり、今夜の舞踏会に間に合わなくなってしまうと仕立て屋の店員に言われたためだ。
本当はエンのドレスも作ってやりたかったのだが、こればかりは時間の制約上仕方のないことであるため、次点の策としてイリルのドレスを借りている訳である。
ただまあ、何を着ようがウチの子が天使なのには変わりないがな!
「イリル、ありがとな、エンのためにドレスを貸してくれて。ほら、エンも礼を言っとけ」
「……ん。イリル、ありがと」
「えへへ、エンは友達だから、当然のことです!」
ニコニコしながら、そう答えるイリル。うーん、この子もウチの子に負けず劣らず可愛いな。
「……全く、小学生は最高だぜ!」
「……しょうがくせい?」
「しょーがくせいって、何ですか、まおー様?」
「何でもない、気にすんな」
不思議そうに首を傾げるイリルとエンに誤魔化すようにそう言って、彼女らの髪のセットが解けないよう軽くポンポンと撫でてから俺は、ネルに向かって顔を向けた。
「――さて、ネル。段取りは覚えているな?」
「うん、しっかり記憶してるよ」
「最初の内は、俺はお前と一緒にいてやることが出来ない。きっと、色々ウザってえぇヤツらにイチャモンを付けられると思う」
「大丈夫、僕だって、おにーさんに守られてばかりじゃ勇者としての名が泣くからね。それくらい、自分で跳ねのけてみせるさ」
意思の秘められた瞳で、ネルはニヤリと笑みを浮かべた。
――ここ、王城には今、俺が把握した限りでも三つの勢力が存在している。
まず、俺達国王勢力。
立場が悪くなっているネルを保護し、守るために動いている。
その国王自体は現在、舞踏会よりも先に要人数人と会っているそうで、俺達が色々世話になっている領主のおっさんと共に根回しを行ってくれている。
もう一つが、教会の急進勢力。
本来はネルの味方であるはずなのにもかかわらず、ネルを政略結婚の駒として使用し、その威信を回復しようと画策しているヤツら。
ただ、すでに核となる人物の顔と名前は把握しており、どの程度まで敵なのかの判別は終わっているため、コイツらに関してはもう問題ない。
そして――最後が、勇者を陥れ、反国王とも言うべき動きを見せている軍部勢力。
この国の軍を統括している軍務大臣ジェイマ=レドリオスという男を中心とした勢力で、主に軍関係者を味方につけており、表面上は穏健ながらも国王のやり方が温いと以前から反国王の立場で発言を続けているという。
ネルを陥れるため大騒ぎしているのもコイツらの一派であるらしく、軍務大臣ジェイマが少し前に途中の街で起きたスタンピード、その首謀者と推定されているアルゴス=ラドリオとも度々面会しているという裏が取れている。
何故、ネルを勇者から引きずり下ろしたいのかについては、自分達の駒を新たな勇者に据えるためとか、親国王とでも言うべき立場のネルから役職を奪うことで、国王の立場を弱くするためとか、色々あるだろうが……まあ、つまり、俺の『敵』だ。
今から行われる舞踏会にもコイツらが参加するため、是非ともそのツラを拝んでやりたいところではあるものの、俺はその前に掃除をしておく必要がある。
故に、舞踏会が始まってもしばらくはネルの近くにいることが出来ないのだ。
「何かあったら、こっちのことは頼んだぞ。皆を守ってやってくれ。もし本当にどうにもならないようだったら、もうなりふり構わずダンジョンまで逃げ帰るんだ。――ま、ずっとこっちに目は付けておくし、そんなことがないようさっさと片を付けて来るがな」
「ん、わかった。こっちは任せて。おにーさんも気を付けてね」
「あぁ、十分にな。いつも油断するなって言われてるし」
そう言って肩を竦めてから、次にエンへと顔を向け、彼女の目線と並行になるように膝を曲げる。
「エン、お前も頼む。今回は俺のことじゃなくて、イリルをしっかり守ってあげてくれ」
「……ん、当然。友達だから」
「いい子だ」
当たり前だと言わんばかりの表情でコクリと頷くエンに俺は小さく笑みを浮かべ、そして最後にイリルへと顔を向ける。
「イリル、もしかしたら今日の舞踏会、何か良くないことがあるかもしれない。だから、自分の身を守るために皆の言うことをよく聞いて、よく周りを見ておくんだ。いいね?」
「はい、まおー様!」
イリルの元気な返事を聞いてから俺は、「よし」と言って膝を伸ばし、再びネルに顔を向ける。
「そんじゃ、後で合流だ。多分、色々動きがあると思うが……高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応してくれたまえ」
「フフ、何さ、それ」
そう言って笑うネルに、俺もまた笑ってから、彼女らに背を向けた。
――さて、それじゃあ、掃除の時間だ。