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勇者のダンスレッスン



 前世でもあんまり聞いたことがないので詳しくはわからないが、クラシックっぽい音楽が蓄音機に近い形状の魔道具から流れる室内。


 広く、整えられた中庭と繋がった部屋の中で俺は、ネルをパートナー兼教師として、ダンスの練習をしていた。


「フフ、おにーさん、焦らずゆっくりね」


「くっ、こ、この……!」


「ほらほら、固くなっちゃってるよー?」


 ネルが、それはもう楽しそうにニコニコと笑みを浮かべながら、俺の手を引きゆったりと回る。


 それに合わせ、俺も彼女の動きに付いて行こうとするのだが……どうも俺には、ダンスの才能というものが皆目備わっていないのかもしれない。


 慣れていないというのは、間違いなくあるだろうが、先程から何度も自身の足を踏み抜きそうだし、足がもつれて転びそうになる。


 こんなゆっくりな動きでも、存外音楽に合わせ身体を動かすというのは、難しいものだ。 


「あとおにーさん、これ一応、祝宴とか、そういうところでやるものだからね。今回のもそうだし。だから、そんな苦々しい顔してちゃダメ。もっと笑顔で」


「むっ……」


 彼女の言うことも(もっと)もだと思った俺は、しかめ面を引っ込め、ネルに向かって微笑みを浮かべてみせる。


 魔王のさわやかイケメン風味の最高のキメ顔だ。きっと婦女子の方々もメロメロになることだろう。


 フッ……だが悪いな。俺の心はすでに、特定の者達に囚われてしまっているから、その愛は受け取れないぜ……。


「……やっぱり、気持ち悪いから笑顔はやめといた方がいいかも」


「率直に言いやがったな!?」


 思わず愕然とツッコむ俺に、おかしそうにクスクスと笑うネル。


「ごめんごめん。でも、変に表情を作らず、自然体で、ね? 初めてやることだし慣れてないのは仕方ないけど、自然体で、当たり前のような顔してれば、大概は誤魔化せるから」


「お、おう、わかった。気を付けるよ」


 勇者として宮廷と関わりがあるためか、その辺りの作法などに意外と詳しいネルの言葉に、俺は素直に頷いた。


 こんな、柄でもないダンスの練習なぞをしているのは、礼装を街で用意したのと同じく、近日開催予定の舞踏会のためである。


 別に、この国の貴族どもにどう思われようがクソ程どうでもいいが、人間社会において従者の評価はソイツの主に直結する。 

 宮廷の文化を想像でしか知らない俺が、そのまま舞踏会なんぞに参加し、「作法も知らない野蛮人を従者にしている」などとくだらないイチャモンを付けられ、思わぬところでネルの評判を悪くしたくない。


 俺達の敵と言えるであろうヤツらも参加するため、ソイツらに些細なことでも口実を与えたくないのだ。


 故に、出来る限りで基本的な作法やダンスを覚えようとしているのだが……うん、まあ、そう簡単に上手くはいかないんですよね。


 作法はともかく、全くやったことのない、それこそ毛程も経験のないダンスが鬼門過ぎる。


 どのレベルで俺がダンスが下手なのかと言うと、傍で見ていたエンがポツリと呟いた、「……儀式?」という言葉が全てである。

 流石に(こた)えたものがあったので、今こうして必死に練習している訳だ。


 付け焼刃なのは否めないが、せめて思ったことを割とそのままズバッと言うタイプのエンに見られても、恥ずかしくない程度までは踊れるようになりたいものだ。


「さ、おにーさん。今のをもう何度かやろう。こういうのは反復してこそ意味があるからね」


「オーケー、見てろ、ネル。今、ちょっとわかった気がするんだ」


 うん。多分。わからんが。


「ホント? わかった、じゃあその感覚を忘れない内にやろうか!」


 そう言って蓄音機の魔道具を操作し、音楽を再び最初に戻してから、俺の前に立つネル。


 俺は、片手を彼女の腰の後ろに回し、もう片方の手で彼女の手を取り、ここまでの教えを脳内で反芻しながらもう一度部屋の中をくるくると回りだす。


 ちなみにこの部屋は、ダンスの練習をしてもいい場所はないかと国王に相談したところ、使ってないからと、ポンと丸ごと貸してくれた王城の一室である。


 この部屋から繋がったすぐの中庭の方ではイリルとエンが一緒に遊んでおり、時折こちらの様子を見て俺の無様なダンスにイリルが苦笑している。

 エンはいつもの如くぼーっとした無表情だが、きっとあれは、昼飯が何か気になっている顔だな。


「うんうん、さっきよりは良く……い、いや、あんまり変わってないけど、何だか……う、うーん、何だろう? ちょっとわかんないけど……不思議な感じだね」


「ネルさん、言動がふわふわし過ぎて何もわからないんすけど」


 良くなっているのか、良くなっていないのか。


 不思議な感じって何スカ。


「ぐぬぬ……」


 少しは動けるようになったつもりだったが……時間がそんなにある訳じゃないし、こうなれば最終手段を用いるしかないか。


「……よし、ネル。しばし待たれよ」


「え? うん、いいけど……おにーさん、何でそれ開いてるの?」


「必要に駆られたからだ」


 怪訝そうに見て来るネルを横目に、俺は開いたメニュー画面を操作し、あるスキルスクロールをDPと交換する。


 このメニュー画面、今ではもう、我が家の面々は全員が見られるようになっているため、ネルも例外ではなく見ることが出来る。


 とは言っても、これが何かをわかっているのはレフィと根掘り葉掘り聞いて来たレイラだけで、一部だが操作権を持つのもレフィのみなのだが。


 レイラは完全に仕様を理解するに至っているが、レフィ含め他の面々は、この宙に浮かぶ『透明な板』を魔王の不思議能力ぐらいにしか思っていない。

 俺の画面覗き込んでも、書いてあるの日本語だから読めないしな。レフィの画面の方は、こちらの世界の言語で書いてあるのでまだ理解可能だろうが、アイツのは簡易版だからようわからんだろうし。


「……オーケー、ネル。これで俺の準備は整った。もっかいだ!」


「う、うん、わかった」


 そして、再び俺とネルは、音楽に合わせ部屋の中をくるくると踊りだす。


 だが――もはや俺は、今までの俺ではない。


 華麗にステップを踏み、ネルの導きに従い流れるように足を運ぶ。

 その動作に今までのようなぎこちなさはほとんど存在せず、我ながら洗練されていると感じるような動きをすることが出来ている。


「す、すごいよおにーさん。さっきよりも全然上手くなったよ! 何したのさ!」


「フッフッフ、我が少し本気を出せば、このくらいどうとでもなるのだよ」


 驚きの表情を見せるネルに、俺は内心で自分でも若干驚きながら、ドヤ顔でそう答える。


 俺のこの変化は、()、スキルスクロールに魔力を流し込んで新たに取得したスキル――『舞踊』によるものである。

 

 その効果は、スキル名から察せられる通り舞踊に関する動作が洗練されるというもの。

 スキルレベルも、3まで一気に上げてしまった。スキルレベル1だと、以前の剣術スキルのように全く意味をなさない可能性があったからな。


 ネルはこんなスキル持ってないし、普通のヤツならばスキルなんぞ持っていなくとも簡単なダンスぐらいは出来るようだが……俺には才能なかったみたいだし、練習する時間もあまりないので。

 だから、これは必要経費的なものであり、決してスキルポイントの無駄遣いではないのである。はい。こういう時のために貯めておいてよかった。


 今までは、ダンジョン領域外であれば当然ダンジョンの力が及ばないため、機能制限が掛かりDP操作やスキル関連のものは使用不可だった訳だが……リューの一族が魔境の森から帰って行った頃ぐらいからだろうか。

 その頃から、ダンジョンから離れた地域にあってもその辺りの操作をすることが可能となり、このように『外』でスキルの取得をすることすら出来るようになっている。


 恐らくは、俺自身がダンジョンと同等の存在になっていっているのだろうと考えている。元々ダンジョンに備わっていた力が、成長につれて俺にも備わってきているのだと。


 言わば、大元である魔境の森のダンジョンから派生した、魔王という名の『ヒト型』ダンジョンだな。

 それぐらい、今の俺はダンジョンと存在が近しいものになっているのだ。俺、改造人間ならぬ改造魔王なので。


 フハハハ、魔王は日々、進化を続けるのである。

 足りないものがあれば、足りるようにすればいいじゃない。

 ダンスが出来なければ、ダンスが出来るようになるスキルを取得すればいいじゃない。ヴィヴ・ラ・フランス!


 と、我が圧倒的勝利にフランス万歳を唱えていると、ネルがニコニコしながら言葉を紡ぐ。


「よかった、これなら次のステップに行けるね」


「……え。これで終わりじゃないのか?」


「まさか。まだまだ初歩だよ。全部教えられるかちょっと不安だったけど、これなら当日までに何とかなるかな」


「……ちなみに、後どれくらい覚えることがあるので?」


「うーん、三十項目ぐらいかな? だから、頑張ろうおにーさん! 僕も最後まで付き合うからさ」


「……へい」


 可愛くグッと拳を握り、そう言ってくるネルに、俺は何にも言うことが出来ず、ただ素直に頷いた。


 

ちなみに当カル◯アにマリーはいません(血涙)。

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こちらもどうか、よろしくお願いいたします……! 『元勇者はのんびり過ごしたい~地球の路地裏で魔王拾った~』



書籍化してます。イラストがマジで素晴らし過ぎる……。 3rwj1gsn1yx0h0md2kerjmuxbkxz_17kt_eg_le_48te.jpg
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