魔王と国王
「ふぅ……」
国王は、肩を大きく回して凝り固まった筋を解し、それから執務室の椅子に深く身体を預け、自身の眉間を軽く揉む。
長時間座り続けていたためか、体の節々が痛む。
「……私も歳かな」
本来ならば、もう後進に任せて王を退位しても良いような歳だが……自分に後進がいない以上、辛くてもやるしかないだろう。
そこまで考え、彼は、一人自虐的な笑みを浮かべた。
――今回の国のごたごた。これは、過分に自身に責任がある。
まず、息子の異変に気付かなかったこと。いや、気付いていながらも、何故そうなってしまったのかを深く考えず、単に反抗期程度にしか考えていなかったこと。
そのせいで国を危機に晒し、他国の付け入る隙を与え、そして内部争いを招いてしまっている。
跡取りがいなくなったため、新しく子供を作れ、とも元老院の者達からはせっつかれているが、その場合后をすでに亡くしている自分は新たな女性を娶ることになる。
血を絶やさないことが王の務めであることも理解しているが……正直、もうこの歳で新たな子供を作るつもりもないし、息子を亡くしたばかりでそんな気分には毛頭なれない。
だが、そうして自分が子供を作ろうとしないがために、王家の血を引いた公爵家の者達が次代の王を狙い、激しい政争が起こっているのも確かである。
今、城に滞在しているあの二人は、その流れにただ巻き込まれただけなのにもかかわらず、害する者達に抗い、戦っているのだ。
ならば、その流れの元凶とも言うべき自分が、彼らより楽をする訳にはいかないだろう。
「……どれ、少し試してみるか」
そう言って彼は、傍らに置いてあった小瓶の蓋を開いた。
これは型破りなあの魔王が、何だか疲れているみたいだからと、数本まとめてポンと渡してくれたものだ。
栄養剤だそうだが、全く人が好いことだ。
この国の政界にいる、どうしようもない腹黒共より、よっぽど人間味に溢れていると言えるだろう。
娘があの男を気に入るのも、よくわかる。
一人、笑みを浮かべてから国王は、小瓶をクイと煽り――。
「ぬおぉっ!?」
――その瞬間、まるで血と肉が活性化し、作り変えられていくような感覚が全身を駆け巡る。
身体の奥底から力が湧出で、肉体の奥底に感じていた鈍い痛みが引いていく。
やがて、数秒もしない内に、全盛期を思い出すような活力が全身に満ち溢れ、疲れなど嘘のように微塵もなくなっていた。
「…………」
あまりにも凄まじい効き目に、思わず唖然としていたその時、コンコンと執務室の扉をノックされる。
「陛下、お客様がいらっしゃっております」
「あ、あぁ。通せ」
聞き覚えのある執事の声にそう答えると、すぐに扉が開かれ、その向こうから一人の男が現れる。
「よう、国王」
「……貴殿か」
それは、魔王ユキだった。
現在はいつも被っていた仮面を外しており、その素顔を晒している。
少し前に、「あ、そういえば俺、こんな顔だから。どうぞよろしく」などといって仮面を外していたのだが、声からして青年程の年齢だろうとは思っていたものの、その下に現れた素顔がこんな若いと知った時は流石に驚いたものだ。
「……貴殿、いったいこの栄養剤はなんなのだ? ちょっとあり得ない効能だったぞ」
「ん? あぁ、そりゃ上級ポーションだ。よく効いたろ」
魔王は、あっけらかんとした様子で、そう言った。
「なっ!?エリクサーだと!?き、貴殿、これがどんな価値のものか知らんのか!?」
栄養剤どころではない、それこそ国宝級のシロモノである。
以前、自身の娘のイリルを彼が救ってくれた時、娘の傷を癒すのに使ってくれたことは覚えているが、決してこんな、無造作にポンと人に渡してよいものではない。
小国ならば、これ一つを得ようとするだけで国家財政が傾くことだろう。
「そりゃお前らの価値基準だ。俺には知ったこっちゃねぇ。もう俺、その辺り自重しないことに決めてるから」
「……し、しかし、これを一つ生み出すのに相当なコストが掛かるのではないか? こんなに貰ってしまったよかったのか?」
「確かに結構コストは掛かるんだが、まあ百本単位で持ってるから気にすんな。一時期めっちゃ量産してな」
「ひゃっ――」
魔王から聞かされるその言葉に、思わず息を呑む。
「俺、モンハンでもいにしえの秘薬とか百個単位で持ってないと気が済まないタチでな。あ、温存しようとかは考えない方がいいぞ。俺、アイテムボックス――収納の魔法があるから問題ないけど、普通に腐るからな、ソレ」
前半は何を言っているのかわからなかったが……やはり魔王は、我々と少し感性が違うのだろう。
「……貴殿がいいと言うならばいいが。ありがたくもらっておこう。――それで、どうしたのだ?」
「あぁ、夜に悪いな。こっちでちょっと進展があってな。アンタ、『閣下』って呼ばれるヤツに心当たりはあるか?」
「ふむ……閣下か。この国で閣下と言えば、大方は大臣連中であろう。もしや、それが黒幕であると?」
「察しがいいな。昼間ネルと外に出かけている間に、実は俺達を盗み見ていたヤツがいてさ。昼間はそのまま泳がせておいたんだが、ちょっと前に俺達の監視から外れてどっか戻って行ってよ。んで、その後を尾けてみたら、教会に辿り着いたんだ」
「何? 教会に……?」
教会は現在、国政に大きく携わっている。
内心、そのことに危機感は覚えているが、前回の王都危機では確かに教会に助けられた面があるため、強い立場を取ることが出来ないでいるのが現状だ。
その内、更なる権力の増大を求め、動き出すのではないかという危惧はあったが……。
「あぁ。教会のお偉いさんの一人が、どうもネルをその『閣下』とかいうヤツと政略結婚させて、繋がりを強化しようと画策しているらしくてな。勇者なんていう、教会最大の切り札にそんなことをさせようってぐらいだから、相手も相当格が高い相手だと思うんだ。それで、心当たりがないかと思ってよ」
「……なるほどな。ふむ、心当たりは、あるぞ。こちらでも色々と調べて行く内に、怪しいと感じた者がいる。私に、後継者がいないことは貴殿も知っておろう?」
「――あぁ」
一瞬だけ気遣ったような表情を浮かべ、しかしすぐに平然とした表情に戻る、魔王ユキ。
本当にこの男は……人間味に溢れている。
「……ハハ」
「? 何だよ」
「いや、すまぬ。何でもない。――それで、このままだと私は、新たに妻を娶るか、王家に連なる者達から養子を取るかをすることになる。そして、私にこの歳で新たに子供を設けるつもりがない以上、必然的に後者の選択を取らざるを得なくなる訳だ」
「……なるほど。養子を取るってことは、つまり国を動かす実権が、アンタからその養子の一族に移るってことだな? 養子の実父が、裏で権力を握ることになると」
「そういうことだ。一応、イリルに婿を取らせる形にすればそうはならんが、私はもう、こんな面倒な政治の世界にあの子を巻き込むつもりは毛頭ないのでな。だから、貴殿が貰っていってもよいぞ」
「い、いや、それはイリルが大きくなったら考えさせてもらおう。――話が見えたぞ。その次期国王の実権を狙っているヤツらの中に、『閣下』がいやがるってことか。確かにタイミング的に見てもバッチリだな。教会と繋がりを強化することで、他のヤツらより優位に立とうとしてやがる訳だ」
「うむ。そして、その養子を送ろうとしている者が、三人。『財務大臣』、『元老院議長』、『軍務大臣』だ。いずれも閣下と呼ばれる職だが……私が目を付けているのは、軍務大臣のジェイマ=レドリオスという男だ」
「へぇ……どういうヤツなんだ?」
「偏向的なまでに愛国心が強い男だ。今の国の状況が我慢ならぬようでな。この国をさらに強大にし、他国の介入を防ぐため、軍部主導で国を教導してゆくべきだと以前から主張しておる」
「あぁ……典型的な軍国主義者か。そういうヤツって、大概が『国のため』とか言ってとんでもないことしたりするから、気を付けた方がいいぞ」
「ほう、よく知っておるな。実際、強引に物事を推し進めていく面があるため、私としても出来るだけあの男に実権を渡したくないのだが……如何せん、優秀で能力はあるのだ。奴を慕う者も多く、この三人の中だと最も実力も実績もあると認めざるを得ん」
「……ソイツが、黒幕の『閣下』である可能性が高いと」
「詳しく話すと長くなるがな。この三人の最近の動向を纏めていたのだが、私はそう見ている。そして、貴殿の話を聞いて、その推測はさらに深まった。仮に軍のトップに立つあの男と、内政に入り込みつつある教会が手を組めば、この国を掌握するのもそう難しくはないだろう。利害は一致している」
「……ちなみに、これは興味本位で聞くんだが、アンタは誰に国を任せたいと考えているんだ?」
「そうだな……まだ、色々と悩んではいるが、私個人としては元老院議長に任せたいと考えている。信用に足る男で、その能力も申し分ないのでな。だが、元老院というのはあまり実質的な権力を持っておらんから、少々難しいだろう」
「つか、アンタがこれからも国王をやっていくっていう選択肢は、もうないのか?」
「こんな面倒な職はもうゴメンだ。自身に能力がないことも以前の騒動で痛感したのでな。だから、私としてはさっさと国王などやめてしまって、他の者達に全てを任せてしまいたいのだが……あまり勝手なことをして国を滅ぼす訳にはいかぬから、次代の王が決まるまでは踏ん張らねばならん」
「……アンタが退位する時が来たら、ちょっとウチに遊びに来るか? のんびり休養させてやるよ」
「フフ。それはいいな。うむ、その時は是非とも、イリルと共にお邪魔させてもらいたい」
そう言って国王は、笑みを浮かべた。
(ちなみにユキが言っているモンハンとは、モンスターハンティングという架空のゲームのことで、某ゲームとは何ら関係ありません。いやぁ、ワールド超面白いでry)