意図
「――それで、勇者は?」
法衣を着た男が、部下に向かってそう口を開いた。
「従者という男と、確かに仲良くしておりました。恋人同士である、というのは間違いなさそうかと」
「……従者の男は、以前の王都危機にて現れた『仮面』、という話だったな。結局のところ、何者なのだ?」
「その王都危機の際に、仮面が教会の隠し家にやって来た時の鑑定の水晶による結果が残っておりました。あまり多くの情報はありませんが、しかしこれは恐らく、教会のみが有している情報かと」
「ほう! それは素晴らしい。奴らに一つ有利なカードが出来たな。して、その正体は?」
「名はワイ。人間で、クラスはシーフ。この情報を基に辿っていけば、いずれ正体は掴めるかと」
「……実力者ならば知っていそうなものだが、聞かぬ名だな。まあいい、わかった、ではそちらの情報は随時収集をしていけ。――その男の懐柔は無理そうなのか?」
「難しいかと。以前少しだけ共に行動していたカロッタの報告によると、仮面はどうも俗世間とは離れた場所で生活している様子。権力や金銭に興味を示すとは思えませんし、それに前回は教会の味方をしましたが、それはあくまで勇者が教会所属であったからだと思われます。下手なことをすると、逆にこちらにその牙を剥かれる可能性があるかと」
「……全く、厄介な。やはり、こちらで手を打つしかないか。……幸いなのは、今代勇者の実力に関して、他の方々も疑問に思われていることか」
「……私からすれば、彼女には勇者としての実力は十分あるように思いますが」
「そこは仕方あるまい。先代勇者があまりにも強過ぎたのだ。四十年勇者を続けたあの者は、勇者としての在り方に『敗北』という言葉を無くしてしまった。年老いた今になっても、その強さは隔絶されたものがあるしな。あれが世間の基準となってしまった以上、勇者に生半可な実力は許されんのだ」
「……しかし、私の記憶している限りですと、先代勇者のレミーロ様も、幾度かの作戦に失敗していたと記憶しておりますが」
「彼奴の失敗は、庶民には知られておらんだろう。対してネルは、国のごたごたのせいではあるが、その失敗が広く周知されてしまった。その差だ。――何だ、えらく突っ掛かるが、不満なのか?」
片方の眉を吊り上げ、法衣の男は部下にそう問い掛ける。
「い、いえ……ただ今代勇者の――ネルの並々ならぬ努力は、我々皆が知っているところですし、聖騎士団において彼女は皆の妹のようなものなのです。彼女には出来る限り幸せになってほしいですし、ですので閣下と政略結婚させる、というのは、思うところがありまして……」
「甘いぞ。此度の件は、国と教会の未来のためなのだ。彼女も、この国のためとあらば喜んでその身を捧げるだろう」
「…………」
「……フン、まあいい。お前は、引き続きあの二人を監視していろ。何かわかり次第すぐに報告するのだ――」
* * *
バギリ、と、寄りかかっていたレンガの塀を、思わず握り砕く。
『……主、落ち着いて』
「……ん、悪い。大丈夫だ」
フゥ、と小さくため息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
……なるほど、そんなことを考えてやがったのか。
閣下、というのは恐らく、今回の『敵』の親玉だろう。
前回の王都危機以降、教会はこの国の中枢に入り込んでいるという。
その教会がネルを政略結婚させるということは、閣下とかいう野郎と組んで、権力を増そうと画策しているのだろう。
ネルが政略結婚すれば、力のある教会はさらに力を持つことが可能となり、そして閣下とかいうヤツは教会との結びつきを強化することが出来る訳だからな。
教会のヤツらの全員が全員、そんなことを考えているのかどうかはわからないが……しかし、現在立場の悪いネルのことを考えると、この法衣の男の企み通りに話が進んでしまう可能性は重々に考えられる。
ネルの所属組織そのものが、俺の敵となる可能性があるということだ。
……全てをぶっ壊してやりたいところだが、ネルと共に生活していた者達のいる場所だ。
彼女の仲間となる者もいるはずだし、敵の選別は慎重にやるべきだろう。
「……とにかく、顔は覚えたぞ、クソ野郎め」
ネルを道具としか見ていないテメェは、後でぶち殺してやるからな。
あ、けど、その部下らしい監視者君。
君は俺達のことをストーカーしていやがったが、ネルのことを庇おうとしてくれていたので、何かあっても手は出さないでおいてあげましょう。
『……政略結婚って?』
と、俺と一緒にイービルアイとイービルイヤーが届ける映像を見ていたエンが、そう聞いて来る。
「そうだな……例えば俺は、好きだからこそレフィやリュー、ネルを嫁さんにした訳だけど、政略結婚はそうじゃない。好きでもないのに、相手との結びつきを強めたいから、結婚するんだ。結びつきを強めて、権力を増すためにな」
『……それを、ネルにやらせようとしてる?』
「そういうことだ」
『……じゃあ、あの男、悪い奴』
エンの言葉に、俺は若干語気を荒くしながらコクリと頷く。
「明確な、俺の敵だ。ネルを陥れようとしている、な」
『……ん。主の敵は、エンの敵。ネルに悪いことする人達は、やっつける』
「……あぁ、ありがとな。頼りにさせてもらうよ」
『……だから、解決したら、エンも主と結婚したい』
「グフッ」
俺は噴き出した。
「……そ、それは、エンがもっと大きくなってからにしよう。お前はまだ小さいからな。イルーナ達にも、いっつもそう言ってるだろ? だから、その話はまた今度な」
果たしてエンが、今の姿から変化して大きくなるのかどうかは謎だが。
『……ん、わかった』
素直に返事をするエンに、俺は小さくホッと安堵の息を吐き出す。
……この、「大きくなったら」という誤魔化し、いつまで有効だろうか。