ストーカーをストーカー!
「――聖騎士って、あんなこともやってるのな。中々仕事の幅が広くて大変そうだ」
「まあ、ああいうのの仲裁は現場に居合わせた時ぐらいで、通報されても向かうのは衛兵さんだし、珍しいことではあるけどね。僕も、聖騎士になってからこういう経験は数回ぐらいかも」
「それにしては手慣れてたじゃねーか」
「カロッタさんに、色々対応の仕方を教えてもらったからね」
あぁ……あの女騎士なら、確かにそういうことの対応は上手そうだな。
――聞こえて来た怒号の先で起こっていたのは、何てことはない、ただ酔っ払いが酔っ払っていて、それにキレた店主との諍いがあっただけだった。
ネルがお互いを冷静にさせ、酔っ払いが壊した店の品の弁償、ということで話は纏まり、一件落着。
後のことは本人同士でどうにかしてもらうことにして、俺達は再び蚤の市の散策へと戻っていた。
「……それよりも、僕としてはあそこまでおにーさんが短気だったってことの方が驚きだったんだけど。おにーさんの怒気に中てられて、二人とも真っ青になってたじゃないか。手慣れてたって言ったけど、あそこまで従順になってたら、誰だって上手く場を収められるよ」
「い、いやぁ、ハハ……」
ジト目でこちらを見上げるネルに、俺は誤魔化し笑いを浮かべる。
そりゃあ、「ケツの青い小娘が、横からしゃしゃり出て来るんじゃねぇ!!」とか、「へへへ、お嬢ちゃん、可愛いねぇ。どう、お小遣い上げちゃうよ?」とか言ってネルの腰に手を回そうとしなければ、俺だって黙ってましたとも。
俺の目の前で、そこまで舐めた真似をされたら、流石に……ねぇ?
「僕のことでおにーさんが怒ってくれるのは、そりゃ嬉しいけどさ。でも、はっきり言って僕が見た目で侮られるのはいつものことだし、慣れてますから。問題を大事にしないよーに」
「悪かったよ。でもまあ、お前が慣れていても俺は慣れていないんだ。それに、今後も慣れる予定はない。だから、俺といる時は諦めてくれ」
「……そういう言い方は卑怯だよ、おにーさん」
「おう、お前ならこう言っとけばそれ以上怒れないと思ってな」
「……もう」
困ったような溜め息を吐き、苦笑を浮かべるネルに、俺は笑って彼女の手を引く。
「さ、ほら、行こうぜ。俺はもう少し見て回りてぇ」
「はいはい、わかったよ」
* * *
――夕方を回り、辺りが暗くなって来た頃。
「――さて、それじゃあ……」
可愛い嫁さんのために、やることをしっかりやっておくとしようか。
「ネル、ちょっくら行って来る」
「うん、行ってらっしゃい。気を付けて。エンちゃん、おにーさんをしっかり守ってあげてね」
「……ん、任せて」
「いや、ネルさんや。それ、逆じゃないのか」
「何言ってるのさ、おにーさんがエンちゃんを守るのは当たり前でしょ? でも、エンちゃんはおにーさんの一番信頼している武器でもあるから、ちょっと心配なところのあるおにーさんを支えてあげられるのは、エンちゃんだと思うんだ」
「……大丈夫。主は、守る」
「うん、お願いね、エンちゃん」
ニコッと笑い、エンの頭を優しく撫でるネル。
二人の言い草に苦笑を浮かべてから、仮面を自身の顔に当てがう。
「じゃ、エン、すまん、ちょっと眠たくなる時間だが、頼むぜ」
「……わかった」
コクリと頷き、擬人化を解除して刀本体に戻ったエンを片手に握ると、俺はネルの見送りを横目に、王城の窓から城の外へと飛び出した。
夜警の兵士の横をすり抜け、王城の城壁を超え、王都の裏路地の暗闇へと身を紛れ込ませる。
隠密スキルをすでに発動しているため、横を俺が通り過ぎても彼らがそのことに気が付くことはない。目の前で超絶沸騰一発芸をやってもバレることはない。やらないけど。
仄かな夜空の明かりと、周囲の家から微かに漏れる明かりだけの暗がりの中、歩を進めながら俺は、肩に担いだエンへと話し掛ける。
「どうだった、エン。王女ちゃんとの一日は。楽しかったか?」
『……楽しかった。お城も、凄かった。イリルは、ちょっとイルーナに似てる』
「あぁ、まあ、二人とも元気っ子だもんな。確かにタイプは似てるかもしれん」
『……名前も、似てる』
「お、おう。まあ、そうだな」
確かに、どっちも「イ」から始まるし、語感もちょっと似てるところがあるけども。
『……主は、ネルと、楽しかった?』
「あぁ、すげー楽しかったよ。ありがとな、エン。二人でいられるように気を遣ってくれたんだろ?」
『……いい。イリルと楽しかったし、エンは、いつでも主と居られる。でも、ネルは居られない』
「……そうだな」
『……だから、主、ネルといっぱい一緒にいてあげて?』
「おう。出来る限りで、そうするよ」
鞘に入ったエンの柄を、ツー、と撫でるようになぞった。
――俺は今、昼間のストーカー野郎を逆にストーカーしている。
俺とネルのことを盗み見ていた人影は、マップとイービルアイの映像を見るに、俺達が王城に帰った後もしばらく周辺で様子を窺っていたようだが、こちらに動きがないことを見るや、先程離れて行った。
恐らく、主の元へと報告に戻って行ったのだろう。
ネルを排除しようとするヤツらはしかるのちにぶち殺してやるため、今手を出すつもりはないが、しかし監視者の主が誰かということと、その報告内容には興味がある。
何が目的で俺達をストーカーしていたのか、そして仮面の下の俺の素顔をしっかりと確認しているかどうかを、知っておきたいのだ。
要するに、今後のための情報収集だな。
エンを連れて行くのは、もしものためだ。仮にも敵地に乗り込むのに、武器無しじゃ恰好もつかないし。
――いや、実際のところ、乗り込みもしないのだが。
「よし、見つけた。行って来い」
そう言って俺は、アイテムボックスから取り出したイービルイヤーを、前方の足早に歩く男に向かって放つ。
最大まで充電されたイービルイヤーは、俺の手を離れた瞬間、無音で耳の羽を羽ばたきながらスゥ、と暗闇に姿を消し、俺が指定した目標の男、ストーカー野郎へと向かって行った。
これで、俺が直接行って聞き耳を立てずとも、知りたいことを知れるだろう。
まあ、昼間イービルアイを放った時に、一緒にイービルイヤーを放っておけば、今わざわざこうして外に出て来て、ストーカー野郎をストーカーする必要もなかったのだが。
後々イービルイヤーも必要になるということに、考えが至っておりませんでした。はい。
……た、ただ、敵が住処にしている場所はマップ上やイービルアイの映像だけでなく自分の目で見て確認しておきたかったし、昼間っから使いっ放しのイービルアイの稼働時間がそろそろ限界なので、回収しやすくなるようなるべく近くにいた方がいいはずだから、結局は外に出ることになっただろう。
うん。そういうことにしておこう。
と、そんなことを考えている内に、どうやら監視者の男は目的地に辿り着いたようで、一つの建物の内部に入り込んでいき――。
「……あ?」
俺の口から、そんな声が漏れる。
……これは、どういうことだ?
男が辿り着いた場所。
それは、つい最近俺とネルも行った、王都の教会本部であった。
てっきり、アルゴスとかいう例のクソ貴族か、その手下どもの屋敷に行くんじゃないのかと思っていたのだが……流石にこれは、予想外だ。
教会が、俺達を監視する理由はなんだ?
……いずれの理由にしても、組織が部下にひっそりと監視を付けるというのは、どう考えようとも楽しい想像にはならないか。
やっぱり、自分で外に出て来て正解だった。
王城からただ覗き見していたら、ネルにあまり聞かせたくない話を聞かせることになっていたかもしれない。
さっき出て来る前、「おにーさん達だけに任せるのも……」とか言って付いて来たがっていたのを、「大したことをする訳じゃないし、すぐ戻って来るから」と断っておいてよかった。
――まあいい。とにかく、教会が何を思って俺達を尾けていたのか、じっくりと聞かせてもらうとしよう。




