王都散策《2》
「おっ、そこの若夫婦! どうだい、王都名物ボア焼きだ! 美味いぜぇ?」
「……若夫婦」
「お、じゃあ、二本……いや三本買おうか。一本だけ包んでくれ」
「まいどあり!」
俺は包んでもらった串焼き肉の一本をアイテムボックスに放り込むと、別の一本を、にへっと若干だらしないにやけ面を浮かべているネルの口の前に持っていく。
「ほれ、ネル」
「あ、う、うん、ありがと」
ネルはそれをぱくっと咥え、俺から串の柄を受け取る。
「収納の魔法にしまった分は、エンちゃんへのお土産?」
「あぁ、きっと食べたがると思ってな。アイツ、食べることが好きみたいだからさ。俺達だけ美味いもん食ってたってバレたら、拗ねられちまう」
エンは今、俺のアイテムボックスの中にはいない。
部屋にいる時ぐらいいいだろうと、アイテムボックスから出して一緒にくつろいでいた時に王女ちゃんに見つかってしまい、そのままエンのことを紹介することになったのだが、なんか一瞬で仲良くなったようで、今日は二人城で遊ぶそうだ。
どうも、お人形さんという言葉がピッタリ来るようなエンの見た目が王女ちゃんにとってドンピシャだったようで、加えて彼女には同じくらいの歳の友人というのがほとんどいなかったらしく、王女ちゃんはキャーキャーとまるでアイドルにでも会ったかのようなハイテンションっぷりを見せていた。
あまり感情の変化を表に出さないエンが、若干面食らった表情を浮かべていたのが、ちょっと面白かった。
まあ、街中で彼女を振り回すこともないだろうし、エンにとっても新しい友達が増えるのはいいことだろうしな。
彼女らが仲良くなってくれるなら、俺としても嬉しい限りである。
「あぁ……確かにあの子、普段はあんまり表情を変えないけど、ご飯食べてる時は何だかすっごい幸せな顔するもんねぇ」
「あぁ。超可愛いだろ」
「うん、超可愛い」
そんな会話を交わしながら歩いていると――突然、ネルが立ち止まり、一方向に視線を送ろうとするのをぐっと我慢するしぐさを見せてから、何事もなかったかのように俺の方を向く。
「……おにーさん、あれ、気付いてたね?」
「お、ネル、お前もわかったか」
まあ、ここまで距離を詰められれば流石に気付くわな。
彼女が気にしている方向にいるのは――王城を出て少し経った頃から俺達を尾けている、監視者。
ここまで付かず離れずで付いて来ていたのだが、俺達が人込みに入ったがために、見失わないように近付いてきたようで、それでネルもわかったのだろう。
「何だ、わかってたんなら、教えてくれてもよかったのに」
「こっちが気付いているってことを気付かれたくなくてな。お前、結構抜けてるところあるし、尾行に気付いたらガン見するんじゃないかと思ってよ」
恐らくあの尾行野郎は、俺の正体を探りに来たか、ネルの様子を監視に来たヤツだろうからな。
このまま放置して、俺とネルが仲良くやっている様子を見せつけて、俺の存在を印象付けさせたいのだ。
かねてよりの作戦だ。勇者の隣にいる男は誰だってな。
「あ、ひどいなぁ。言っておきますけどね、僕だってちゃんと、そういうことの訓練は受けてるんだから、そんなヘマはしません。あと、おにーさんに抜けてるとは言われたくないんだけど」
「そうかい、そりゃ悪かったよ。――ま、アイツは多分、何か仕掛けてこようとしているんじゃなくて、こっちの様子を探るのが目的だろうからな。このまま俺達のイチャイチャ具合を見せつけて、砂糖を塊で食ったような気分にさせてやろうぜ」
「……うん、わかった」
はにかみ気味の笑みを浮かべ、彼女はコクリと頷いた。
* * *
「ほー、こりゃ凄いな」
ネルに案内された先、蚤の市にて俺は、周囲の様子を見回しながらそう言葉を溢した。
想像していた規模より、ずっとデカい。
一本道の通りを、まるで埋め尽くすようにして無数の露店が開かれており、もはや人の通る場所の方が少ないぐらいだ。
前世で、一度だけ都内で開かれていたフリーマーケットに参加したことがあるが、それよりもここは大規模だろう。
ネル曰く、これが年中開かれているそうだから、十分王都の観光名所になるだろう。
「ここ、時々とっても価値のあるものが売りに出されてることがあるらしくて、露店で買ったものを普通のお店に売りに行ったら、とんでもない値段が付いた、みたいな話、結構あるんだよ。逆に、とんでもないものを買っちゃって大損した、みたいな話も聞くけど」
「へぇ……あの壺みたいにか?」
「え? あの壺? ……普通の壺に見えるけど、何かあるの?」
「おう。あれ、所有者に必ず毎夜悪夢を見せるっていう効果があるみたいだぞ。『呪い』付き、とかではないみたいだけど」
エンの前身であった、いつかの斧のように呪いがある訳ではなく、普通にそういう効果の魔道具だ。誰得なんだ、いったい。
「……僕が言っといて何だけど、ホントにとんでもないものがあるんだね、ここ。というかおにーさん、初っ端からもの凄いものを見つけたね」
「たまたま目に入ってな。まあ、この規模の蚤の市だったら、そんなおかしなものもきっといっぱいあんだろ。もしかすると、人知れず埋もれた品の中に、ひっそりと怨霊が宿ったものがあるかもしれないぜぇ?」
「や、やめてよ。僕あんまり怖いの得意じゃないんだから」
「そりゃ失礼。お前がヤバいものを見つけても、怖がらせないよう黙っておくよ」
「……いじわる」
わかりやすく唇を尖らせ、怒ってみせるネルに、俺は肩を竦めてニヤリと口端を歪める。
そして、二人で笑い合った。
――それからしばらく、監視者のことなど完全に忘れて俺とネルは、露店を見て回る。
ネルが言っていた通り、ここにはガラクタも多いが、そのガラクタの中に埋もれるようにして良い意味でも悪い意味でも価値のある品々が混ざっているようだ。
悪い意味で価値のある品を、先程俺達の目の前で買っていった客が一人いたのだが……ご愁傷様だな。
きっと彼は、数日後には自分で露店を開いて、同じ品を売っていることだろう。
良い意味で価値のある品は、恐らく買ってどこかで売ったら高く売れるのだろうが、経済社会から切り離されたところで生活している今の俺には、金は全く必要なものではないので、スルーしている。
金が欲しくなったら、魔境の森で狩った魔物の素材を売ればいいしな。多分、相当な財産になることだろう。
ステータス上昇効果のある魔道具や装備もいくつかあったのだが、どれもちょっと効果が微妙だったのでそちらも手を出していない。
正直、今更いらんなぁ。必要になったら自前で用意出来るし。
「お、このイヤリング、お前に似合うんじゃないか?」
「え? そ、そうかな?」
ふと俺が手に取ってみたのは、手作りらしい一つのイヤリング。
数個繋がったリングの先に、黄金色の小さなハートがあしらわれたデザインだ。
「これ、君が作ったのか?」
「は、はい、そうです! あ、あの、恋人の方にとてもよくお似合いになると思います! お一ついかがでしょうか!」
店の主らしい少女が、あまり慣れていないのか若干緊張した様子でそう捲し立てる。
「ハハ、なら、これ一つ貰おうか」
「はい! ありがとうございます!」
そうして買ったイヤリングを少女から受け取り、ネルの方を向く。
「ほら、ネル、横向け」
「う、うん」
俺は、彼女の横顔に手を触れ、その耳に一つずつイヤリングを付ける。
「これで良し。ん、やっぱよく似合ってる。俺の見立ては間違ってなかったな!」
ま、ホントは、ネルがこのイヤリングをチラチラ見ていることに気が付いて手に取ったんだけども!
いやぁ、こういう時魔王の鋭い五感には感謝だぜ。些か使い道を間違えている気がしなくもないが。
「え、えへへ……ありがと、おにーさん」
「おうよ。可愛い嫁さんのためにこれぐらいサービスしないとな」
そして、嬉しそうに微笑を浮かべるネルを連れ、再び蚤の市の中を歩き出した――その時。
パリィン、とガラスの割れる音に、響き渡る怒号。
音の発生源は近く、近くの通行人達がギョッとしたように身を竦める。
俺の隣にいるネルが、その音が聞こえた瞬間にサッと少しだけ身を屈め、腰の聖剣をいつでも抜き放てるようにと一瞬で構えを取る。
訓練の動作が、反射的に出た、といった感じの動きだ。最近油断気味のネルさんだが、やはりそこは勇者、ということだろう。
音の発生源の方を見ると、何やら近くの飲食店らしい店でもめ事が起きているらしい。中での言い争い声が、ここにまで漏れて来ている。
「……何かあったみたいだね。ごめんおにーさん、僕一応聖騎士でもあるから、こういうのは現場に居合わせたら止めに入らないといけないんだ。ちょっと待ってて」
「お前、最近油断しまくりで天然具合が炸裂してたけど、その姿を見るとやっぱ勇者なんだなぁ。こう、ギャップがあってカッコいいぞ!」
「…………おにーさん、今真面目なところだから、あんまり気の抜けるようなことを言わないでほしいんだけど」
はい、ごめんなさい。




