王都散策《1》
「ね、ねぇ、おにーさん……これ、ヘンじゃないかなぁ……?」
落ち着かない様子で自身の服の裾を引っ張ったり見回したりしながら、不安そうな表情でそう問い掛けてくるネル。
「…………ネル」
「な、何? そんな真面目な顔して――」
「結婚しよう」
「えっ!?ど、どうしたのさ、そんな急に……」
かぁっと顔を赤らめ、恥ずかしそうに上目遣いで俺を見る彼女に向かって、俺は至って真剣な表情で言葉を続ける。
「超可愛い。このまま持って帰りたい。もうなんか、飾っておきたい。最高。一生一緒にいてくれ」
「……あの、お、おにーさん、すっごい嬉しいんだけど、そういうことは人のいないところで言ってくれると……」
耳まで真っ赤にしたネルが、ちらちらと隣を気にしながらそう言う。
彼女が視線を送る方向にいたのは、生暖かい目で俺達のことを見ている、この店の従業員。
おっと、いけない。あまりに可愛過ぎて、少し暴走してしまった。
ネルはシャイガールなのだ、その辺りを察してやる必要がある。
「じゃあネル。帰ったらイチャイチャしよう。帰ってそれ着てくれ。そして鑑賞会をしよう」
「鑑賞会って何さ!?と、というか、わかったからおにーさん、後で着てあげるから、とりあえず落ち着いてほしいんだけれど……そ、そうだ! おにーさんの方はタキシード、どうしたの?」
話を逸らす先を見つけたネルが、若干捲し立て気味にそう聞いてくる。
――近く、王城で行われる社交パーティ、というか舞踏会。
それに俺もネルも参加するのだが、しかしドレスやタキシードの類は二人とも持っていないため、城下に出て仕立て屋にやって来たのだが、ドレスを試着したネルがもう超可愛い。
普段から清楚な佇まいのあるネルだが、そこにドレスが加わるだけで、ここまで破壊力があるとは。
普段のネルが、『1ネル可愛い』だとすると、今のネルは『天元突破! 俺のドリルが天を穿つぜ!!ネル可愛い』ぐらい可愛い。
ちょっと混乱してて自分でも訳わからん。
「テキトーに身体に合うヤツ選んで買っといた。まあ、俺のタキシードなんてどうでもいいだろ。こういうのの花形は女性陣だろうし」
着飾った男など、どうでもよろしい。
「そんなことはないと思うけど……えー、おにーさんのタキシード姿、見たかったなぁ。もう今日は着ないの?」
「あぁ、サイズも見てもらったしな。それに礼装の類は好きじゃないんだ。かたっ苦しくて窮屈で」
「……わかった、じゃあ部屋に戻ったらおにーさんもタキシード着てよ。そしたら僕もこのドレス着るからさ。僕だって、おにーさんのタキシード姿、見たいんだから」
「む……まあいいだろう。――お姉さん、これ、出来るのどれくらいですか?」
俺の質問に、従業員のお姉さんは未だ生暖かい目をしたまま、淀みなく答える。
「三時間程、お時間をいただくことになります。お泊りの場所をお教え頂ければ、後程こちらからお送りさせていただきますが」
「あぁ、いえ、わかりました。なら後でまた来させてもらいます。――だってさ、ネル。どうする、この後?」
「うーん……あ、じゃあおにーさん、王都の散策でもする? 王都観光したいって言ってたよね」
「お、それは良い提案だな。是非お願いしよう」
* * *
買ったドレスとタキシードを、俺達の寸尺に合わせるためお店の人に任せた後、店を出る。
途端に耳に喧噪が飛び込み、そして多くの人が行き交う大通りの中、隣に立つネルがこちらを見上げて口を開いた。
「それじゃあおにーさん、どこか行きたいところとかある?」
「あー、王都に何があるっていうのを知らないから、これといって特に行きたいって場所は……あ、工芸品とか売ってる店があるなら行ってみたいかもしれん」
「工芸品? おにーさん、そういうの好きなんだっけ」
「いや、特段好きって訳じゃないんだがな。ただ俺も、結構自分で物を作ったりするから、色んなデザインとかを知っておきたいというか、インプットを増やしたいというか」
それに……レフィには指輪を渡しているが、リューとネルには機会を逃してしまい、まだ渡していない。
リューは一年という期間があるためまだ正式な嫁さんじゃないし、ネルは一応客人という扱いで、まだ嫁とかそういうのじゃなかったしな。
だから、彼女らの分の指輪も用意しておきたいのだが、買うか自分で作るかはまだ決めていないため、とりあえず今後の参考にしようと少し見ておきたいのだ。
「あぁ、おにーさんよくお城でヘンなのいっぱい作ってるもんねぇ」
「へ、ヘンなのなんかじゃねーし! いいか、ネル。世紀の発明ってものは、常に世の人々からガラクタだと思われた物の中から生まれるんだ。つまり俺の作るアイテム群も、一つ一つに一攫千金の価値が眠っている可能性が――」
「フフ、わかったわかった。おにーさんの作るものはどれも見たことないものばっかりですごいもんね。確かにそんな、皆に知られるような発明品もあるかもね」
「…………おう」
まるで子供をあやすような彼女の言葉に、何だか釈然としない思いの俺だったが、ニコニコ顔のネルに俺は何も言うことが出来ず、押し黙る。
「さ、行こうおにーさん。この先に蚤の市があるんだよ。そういう工芸品みたいなヤツも、いっぱいあると思う」
「あぁ、案内頼むよ。……あー、ほ、ほら」
ちょっと気恥ずかしかったが、俺は、隣の少女に向かって手を伸ばす。
その意図を察したネルは、若干頬を赤くし、はにかみながらも遠慮がちに俺の手を握った。
――二人、手を繋ぎ、王都の雑踏の中を進む。
掌から彼女の体温が伝わり、寄り添った肩が時折触れ合う。
ただ、手を繋いだだけ。
だが……それが何とも心地良く、じんわりと胸を温める。
「……フフ」
「? どうした?」
小さく笑い声を漏らすネルにそう問い掛けると、彼女は機嫌が良さそうな様子で答える。
「前に、こうしておにーさん達と街を歩いた時を思い出してさ。あの時はレフィとおにーさんが好き勝手やるから、大変だったよ」
「あぁ……アルフィーロの街を観光した時な。いやぁ、楽しかったな、あの時のお前のアタフタぶり!」
「あ、そこなの、楽しかったとこって」
えっ、といった顔で、俺を見るネル。
「お前は一緒にいると何だか嗜虐心が疼いて、ついからかいたくなっちまうからな! お前といると、退屈しないから楽しいよ」
「おにーさん、それ僕、言われても全然嬉しくないんだけど」
そう言って苦笑を溢してから、彼女は言葉を続ける。
「ホントに、勇者になってからあんな振り回されたのは、あの時が初めてだったよ……二人とも、ホントにズカズカ好きなように動いちゃって、事件なんかあっても全く気にせず我が道を突き進んで、それで解決しちゃうんだもん。もうビックリだよ」
ネルの言葉に、俺は肩を竦める。
「そうは言うがな、お前も一般人からすれば大概だと思うぞ?」
「え、そ、そう? 僕は自分のこと、一般人の範疇だと思っているんだけれど……」
「いいや、そんなことはないな。なんせ、勇者のくせに魔王のところへ嫁ごうとしてやがるんだ。一般人からすれば、十分お前もおかしなヤツさ」
「……フフ、うん、そうだね。確かに僕も、おかしな人かも」
ネルは少しだけ頬を赤くし、嬉しそうな表情でコクリと頷く。
「――と、あ、おにーさん、こっちだよ」
「了解」
ネルに手を引かれ、俺は十字路を曲がり――ふと、立ち止まった。
「? どうかした、おにーさん?」
唐突に足を止めた俺に、ネルが不思議そうにこちらを見上げる。
「……いや、何でもない。――そういや、蚤の市っつったけど、蚤の市って確か露店市のことだったよな? 露店がいっぱい出てんのか?」
「うん! 色んな人が敷物を敷いてそこにお店を出しててね、見たことないものとか珍しいものとかがいっぱい売ってるんだ。それで、おにーさん確か分析スキル持ってたでしょ? それも、相当強力なヤツ。売ってるものが玉石混交でも、おにーさんなら見分けられると思ってさ」
「ほう! つまり、この魔王の真実を見通す眼で、玉を見つけ出してほしいということだな? いいだろう、我が力を以て、最高の品々を見つけ出してやろう!」
「うん、お願いね」
ニコニコ顔で頷くネル。
俺は、こちらを監視している者をチラリと視線だけで見やってから、しかし特に何かをすることもなく、彼女に連れられ街の中を進んで行った。




