偽勇者《3》
宮廷魔術師ちゃんと別れた後、数十分程ネルの案内で王都の街中を進み、俺達は教会本部として使われているという建物に辿り着いた。
やはり本部というだけあって、相当デカく華美な造りをしていて、前世ならば世界遺産に登録されていそうな建造物だった。
そのまま、ネルの生存報告と共に結婚の報告、という風に本当は行きたかったのだが、ネルの上司である女騎士――確か、カロッタとかいう名前だ――が今は仕事らしくいなかったので、とりあえず後者の話はまたにしようということになった。
今ちょっとネルの勇者としての立場が不安定なので、教会の方には一度上司の女騎士に相談してから、という運びだ。
そのため、完全に部外者となった俺は中に入ることが出来ず、待合室のような場所で彼女が報告を終わらせるのを待つことになった。
待たせたことに対する思いか、少し申し訳なさそうな顔で戻って来たネルによると、カロッタのさらに上の者達に「何をしていた」「何故今まで報告をしなかった」など、どうも結構な量の小言を言われたらしい。
……その場に俺もいたら、イラっと来ちゃってたかもしれないから、待っていたのは正解だっただろう。
ちなみに今更だが、この世界において『結婚』とは、本人間で取り決めるだけで、特別な手続きとかは必要ないそうだ。
それこそ教会があるのだし、キリスト教みたく神に宣誓でもするのかと思ったが、そういうのは国王とか公爵とかがやるだけで、庶民はお互いが納得すれば後は、お互いの親や知人に「この人と結婚します」という報告をするぐらいだとのこと。
だから、俺もこっちにいる間にネルの親――彼女は片親なので、母親に挨拶することになるのだが……正直、それが一番難易度高いです。
考えるだけで緊張して来た。
今の内にイメージトレーニングでもしておくとしよう。
とまあ、そんな感じで教会への報告を終わらせ、王城に戻り――翌日。
「…………」
「フン、どうだ! 貴様のために、今日ここを用意してやったのだ! ありがたく思い、尋常に勝負したまえ!!」
俺の前で偉そうに腕を組み、そう言い放つ派手鎧君。
「……勝負って?」
「当然、剣の打ち合いだ! 僕と君と、どちらが実力が上か、勝負しようではないか!」
「へぇ、そう。楽しそうだね。じゃ、そういうことで」
「え? あっ、ちょ、ちょっと待て、何故帰ろうとする!?」
踵を返し帰ろうとする俺を、慌てて引き留めにかかる派手鎧君。
「何故って……むしろ何で俺が、お前の言うことに従わなきゃならねーんだ」
現在俺がいるのは、王城の設備の一つとして備え付けられている、訓練場である。
円形型の闘技場のような構造になっており、というか実際にそういう風に使われることもあるのか、観覧席のようなものも舞台周囲に作られている。
何故、こんなところに俺がいるのか。
それは、自分でもわからないです。
朝、アイテムボックスから出しておいたエンとネルの話し声に起き、それから城のメイドさん達が用意してくれていた朝食を食べ、さあ今日はどうするか、というところで呼び出しが掛かったのだ。
ネルではなく、俺に。
どこかのお貴族様が呼んでいるというので、誰だろうと訝しみはしつつも、特に深く考えることもせずに案内人に付いて行き――そして待っていたのが、派手鎧君だったのである。
コイツ……昨日ので懲りてねぇのかよ。
肝が太いのか、それともただのバカなのか。
これまでのやり取りから察するに、可能性としては後者の方が高そうだ。
「あそこにいるの……もしかして、仮面様か?」
「何っ? ……おぉ、確かに。噂に聞く道化の仮面だ。今、城に滞在しているらしいという話は聞いていたが、本当のことだったんだな。そうか、あの方が仮面様……」
「んで、あの隣にいるのは……マニュエル様だな」
「あん? 何で仮面様とマニュエル様が?」
「ほら、あのお方は……」
「……あぁ。ということは、仮面様も絡まれて……」
周囲には、何事かとこちらを窺っている兵士達がおり、そんな会話の内容を魔王の超聴覚が捉える。
兵士諸君からも、彼の評判はあまり良くないらしい。
まあ、あの性格だしなぁ。その理由もわかろうものだ。
と、俺の言葉に派手鎧君は、自信に満ち満ちた表情で口を開く。
「それは、公爵家次男であり、次代の勇者たる僕の要請だからだ!」
「は? 誰が次代の勇者だって?」
「僕が、だ! 昨日は……そう、用事を思い出したから! 用事を思い出したからこそ帰ってしまったが、次代の勇者ともあろう者が舐められたままでは困るからな! お前に、僕の本当の実力を教えてやる!」
え、何コイツ、ネルの次の勇者なの?
ステータス、あんな低いのに?
そりゃ、確かに人間の中じゃあ実力者に入るのかもしれないけど、俺が初めて会った頃のネルより相当弱いぞ。
「……そうか、自称次代の勇者君。それはすごい。自称次代の勇者だなんて驚いた、俺が勘違いしていたよ。是非ともその力で、頑張ってこの国を守ってくれ」
「なっ、し、失礼な! 僕は、別に自分から勇者になりたいなどと言い出した訳ではない!」
憤慨した様子で、俺の発言に噛み付く派手鎧君。
「……へぇ? お前が、勇者として相応しいって言っているヤツがいるのか?」
「そうだ! そして、僕の力がこの国のためになるならばと、次代の勇者として名乗りを上げたのだ!」
……なる、ほど。
これは――ラッキーだ。
このバカを祭り上げるヤツがいるということは、つまり、ネルに勇者を辞めてほしい勢力が裏にいるということだ。
派手鎧君を勇者に、というのも、公爵家の血筋であり、そこそこの実力もあるのであれば、確かに担ぐ神輿として最適の人材かもしれない。
多少バカでも、むしろヘンに勘繰られないだろうから、それはそれでアリとも考えられる。
……いや、やっぱバカはバカだからダメだ。あっさり裏をバラしちゃうもんな。
まあいい、俺としては相手がバカなのは一向に構わない。
思わぬところで、良い情報源に出会えた。
あと、割と志は高いのな、派手鎧君。
その高慢さを直せば、嫌われることもなくなるだろうに。
とは言っても、例え高慢さが鳴りを潜めたところで、何一つとして現勇者であるネルには敵わないだろうが。
「……ふむ。マニュエル君、少し気が変わった。やっぱり手合わせ願おう。ただ、一つ条件があるんだが、俺が勝ったら、君に勇者になれって言ったヤツのことについて、教えてもらえないか?」
「? そんなことでいいのか? 仮に僕に勝てるような実力があるのであれば、未来の勇者たる僕の仲間の一人にしてやってもいいぞ? まあ、僕は強いから、そんな未来は訪れないだろうが!」
そう言いながら派手鎧君は、傍らに置いてあった木剣の一本をこちらに投げ渡す。
「いや、それは遠慮しておく。――木剣でいいのか?」
「当たり前だ、これはあくまで訓練の一部、こんなことで互いに大怪我を負う訳にはいかん!」
おぉ……何だ、そういうところはしっかりしてるのね。
意外とまともなことを言う派手鎧君に、ちょっと驚いていると、その時背後から聞こえて来る声。
「まおー様ー!」
「……魔王様?」
「あっ、いや、その、あれだよ。前にイリル様がおにーさんと会った時、勇者と魔王ごっこをしたそうでさ。その時、おにーさんが魔王役をやっていたそうだから、そのことを言っているんじゃないかな」
「……そう」
「? イリル、まおー様とそんな楽しそうな遊びはしてな――」
「い、イリル様! さ、一緒におにーさんのことを応援しましょう!」
「! そうですね! まおー様、頑張ってー!」
振り返ると、ネルと宮廷魔術師ちゃん、そしてブンブンと手を振っている王女様が、観覧席からこちらの様子を眺めていた。
いつの間に……ネルが呼んだのだろうか。
それと、ネル、頑張ってその調子で宮廷魔術師ちゃんを誤魔化しといてくれ。頼んだぞ。