偽勇者《2》
「誰、と言われると、ちょっと困るな……なあ、俺は何て自己紹介すればいいと思う?」
以前は謎の従者ワイとして振る舞っていた訳だが、もう顔はバラしちゃったし、しかも俺、ネルと関係を結ぶつもりだから偽名のまま、という訳にもいかないし。
偽名で結婚は流石にしたくないからな。
「え? うーん……確かに。もう素顔も晒しちゃうつもりなら、偽名じゃなくて本名を名乗ってもいいんじゃない?」
「それは良くない。通すならば偽名を通すべき」
「え、そう、ロニア?」
「貴方の想い人は、王都では偽名で通っている。何かするつもりであっても、本名を名乗るのは最後でいいと思われる。自身の正しい情報が相手に知られていないことは、アドバンテージ。わざわざ明かす必要はない」
「想い……っ! きっ、気付いてたの!?」
「ネルはわかりやすい。そして、私は貴方の友人。顔を見れば、大体何を思ってるかぐらい見当が付くわ」
「……そ、そうか、わかった、じゃあロニアの意見を採用して、今後王都で自己紹介する時はまだ偽名で通すことにするよ。――俺が誰だと聞いたな! いいだろう、答えてやる。俺は謎の仮面従者、ワイだ!!」
「今思いっきり偽名って言っていただろ!?」
派手鎧の青年は、それはもう力強くツッコんだ。
「クッ……何てふざけた奴らだ……!!こんなヤツらが、今まで勇者一行として名を馳せていたというのか……!!」
名:マニュエル=クローザ
種族:人間
クラス:中級騎士
レベル:25
派手鎧君のステータスは、大体300〜350程度の、一般人三人分だ。
クラスが中級騎士だからか、スキルも『剣術』や『盾術』など騎士っぽいものが揃っている。
人間の中ではちょっと強いぐらいで、一応実力者の内には入るだろう。
「ふむ……で、何か用か、マニュエル君。こっちはこれから用事があるんだが?」
「やっぱり僕の名前を知っているんじゃないかっ!!本当にどこまでもふざけた男だな!?」
愕然とした表情でそう怒鳴ってから、しかし派手鎧君はコホンと咳払いし、こちらを小馬鹿にするような表情で言葉を続ける。
「フン、従者の者がこのレベルでは、勇者自身も程度が知れるというものだな! 大体、庶民出の田舎臭い小娘が勇者など、器ではなかったのだ! そのせいで今、こうして国全体が荒れているのだということをわかっているのか?」
ピク、と隣の宮廷魔術師ちゃんが、こめかみの辺りを反応させ、派手鎧君の前に出ようとするが――。
「全て、貴様に力が無いせいでな! 全く、カリスマ的な強さを持った先代勇者に比べて、随分と弱い勇者がいたものだ。小娘は小娘らしく、勇者などさっさとやめデいッ――」
「……お前、俺の前でそこまでネルをディスるたぁ、良い度胸してやがるなァ……?」
――その前に、俺が派手鎧君の顔面を片手でがっしと鷲掴みにし、空中に持ち上げる。
流石に加減はしているが、それでも、指が頭部にめり込みそうなぐらいの力加減だ。
「あグぁッ!?きっ、貴様、僕に暴力を振るったな!?そ、そんなことをして、どうなるかわかっているのか!?」
「知らねーよボケ」
「ぼっ、僕は公爵家の次男だぞ!?そもそも貴族に手を挙げた時点で、貴様は打ち首――」
「だから知らねーっつってんだろ」
そう言って、派手鎧君を通路の壁に向かって無造作に投げつける。
「あぎッ……!!」
俺は、壁にもたれかかりながら地面に転がる派手鎧君の前にしゃがみ込むと、ズイと顔を近付ける。
「テメェがよ、どれだけエラい人間だろうが、俺には関係ねぇ話だ。だが、俺の行動規範はそう複雑じゃなくてな。味方は守る。敵は潰す。――な、教えてくれ。俺の嫁さんを侮辱するお前は、敵なのか?」
すると派手鎧君は、サァと顔を青ざめさせると、「き、貴様!!覚えておれよ!!僕をこのような目に遭わせたこと、絶対に後悔させてやる!!絶対にだ!!」と典型的捨て台詞を吐いて、通路を走り去って行った。
俺は立ち上がり、派手鎧君が去って行った方へと顔を向ける。
「……何だったんだ、結局。急に喧嘩売って来たと思ったらよ」
「アハハ……おにーさんに絡まれているのを見てたら、ちょっと可哀想に思えて来たよ……。というかおにーさん、アレだよね。人を脅すのが上手だよね。こう、効率良く相手を怖がらせる、みたいな」
「失礼な。人をチンピラみたいに言うな。それに、脅すだけでイザコザが回避出来るなら安いもんだろ」
確かに自分でも、人をビビらせるのが得意になって来た気がするが、魔王になってからそういう機会が増えたため、自然と人の脅し方を覚えてしまっただけだ。
……嫌な経験だな。
出来ることなら覚えたくない技能だ。
「フフ、そうだね、ごめんごめん。――ありがと、おにーさん。怒ってくれて」
「おうよ」
「……嫁?」
俺達の様子を見ていた宮廷魔術師ちゃんが、怪訝そうな表情でそう呟く。
「あ、う、うん、そうなの。まだ正式じゃないけどね。だから、その報告とか手続きとかをしようと、おにーさんとこっちに来たんだ」
「そう……じゃあ、勇者はやめるのね。少し寂しいけれど、貴方が幸せなら、それでいい」
「あ、いや、勇者は続けるつもりだよ。このままやめたら、無責任にも程があるからね。もうしばらくはこの国で過ごすつもり」
「……ネル、それは本気で言ってる?」
「え、うん、本気だけど……」
と、宮廷魔術師ちゃんは一つため息を吐き出し、同情するような表情で俺のことを見る。
「気の毒ね、貴方……この子、いつもはそうでもないのに、変なところで頑固な一面がある。色々と、申し訳ないわ」
「あぁ、うん……まあ初めから、ネルが勇者という存在だってことをわかっての話だから、しょうがないさ。もう納得してるよ」
「ちょ、ちょっと、何さ、二人して!」
「ネル……前々から思っていたけれど、貴方、やっぱり変な子ね」
「それ、あんまりロニアには言われたくないんだけど!?」
俺は二人のやり取りに笑ってから、ふと宮廷魔術師ちゃんへと問い掛けた。
「そういやロニア、何であのアホと一緒にいたんだ? なんか、あんまり君とも馬が合わなそうな感じだったが」
俺が先に動いたから特に何もしなかったが、ネルの悪口を言われている時、スッと目を鋭くさせて、殺気混じりで派手鎧君を睨んでいたからな。
仲が良い、という訳ではないのだろう。
「……仕事。あの男は、公爵の息子。私は宮廷魔術師。だから、魔法の指導を行うように上から言いつけられている」
「あぁ……仕事か」
「ロニアは、国に仕えている宮廷魔術師の中でも上から数えた方が早いぐらいの実力があるからね。自然と教えを請おうとする人も増えて、引っ張りだこなんだよ」
「そりゃ、大変だな。さっきのみたいな、自尊心の塊みたいなヤツも多いんじゃないか?」
「多い。頭が痛くなる。何故、あのような馬鹿のために私が時間を割かなければならないのか、甚だ疑問。仕事じゃなければ、絶対に関わり合いになりたくない相手ばかり」
表情の差異は乏しいものの、げんなりした様子を見せるロニア。
……この子も、苦労してそうだな。
若いのに大変だ。
こういうところで、俺、魔王に転生して良かったと思うわ。
社会とのしがらみなんてものは、魔王には存在しないからな。
その分、全てが全てにおいて自己責任だが、自由でいいぜ、魔王は。皆も魔王になろう。
「それより、二人は用事があったのでは? 大分経ったけれど」
「あ、そうだった! ロニア、明日か明後日か、暇がある時にもうちょっとお話しよ! 僕とおにーさん、王城に泊めさせていただくことになってるからさ」
「そうだな、俺も、今までのネルのことでも聞かせてもらおうかな」
「いや、聞かなくていいからね、おにーさん。ロニアも言わなくていいから」
「ん、わかった。次に会ったら教える」
「ロニア!?」
そうして、俺達は宮廷魔術師ちゃんと別れた。
いやぁ、宮廷魔術師ちゃん、こうして話してみると、結構ノリの良い子だったな。




