偽勇者《1》
「そうか……センギュリアの街に魔物の襲撃があり、勇者殿が撃退した、という報告は聞いていたのだが……そのような裏があったのだな」
「この、アルゴスって貴族の裏にいる親玉が誰か、見当付くか?」
俺の質問に、国王は「ふむ……」と呟いて考える素振りを見せる。
「……すまぬ、誰とは断定出来ぬな。あの者は、不利と見た瞬間自身の所属する派閥を切り替える変わり身の早い男で、特定の者の下で動くということが今までほとんどなかったのだ。……レイロー、どう思う?」
「いえ、私も、陛下と同じことを思い、特に思い至らず……」
申し訳なさそうに首を横に振る領主のおっさん。
「じゃあ、今ソイツは、誰の派閥に入ってんだ?」
「いくつかあるのだが、一番主としているのは確か、エメルダ=フローライトという公爵の派閥だ。かなり遠いが、一応王家の血筋の者だな」
「? ソイツは黒幕候補には入らないのか?」
「エメルダは、女性だ」
あぁ、なるほど……。
この国、ネルやネルの上司の女騎士など一部例外的な強さを持った女性はいても、普通に男尊女卑がまかり通っていて、参政権があるのも男だけだそうだからな。
必然的に、現在の政治闘争からその女性の存在は外れると。
俺が納得している隣で、領主のおっさんが国王に向かって口を開く。
「陛下、私はその黒幕を探る方向で動こうと考えております。ネル殿に謀略を仕掛けようとしているということは、つまりこの国に仇なす敵。私の出来る限りで、彼らに協力したいと」
「……領主様、本当に、ありがとうございます。いつもいつも、味方をしてくれて……」
「何を言う、貴殿はこの国のために戦っているのだ。ならばそうして守られている我々が、貴殿に協力するのは人として至極当たり前のこと。――ま、貴殿には人ではない者も協力しておるがな!」
そう言って、俺の方を見ながらハハハと笑う領主のおっさん。男前だ。
ただおっさん、一つ言っておくが、俺も『ヒト種』ではあるから、一応人の分類に入る存在だぞ。
「うむ、その通りだな。戦いの最前線に立ってもらっているネル殿に、我々が協力するのは当然。わかった、私の方でも少し当たってみるつもりだが、頼んだぞ、レイロー」
「御意に」
「助かる、よろしく頼むよ。――あ、それと、アンタにも言っておくが、こっちはこっちで勝手にやらせてもらうぞ。関係ないヤツに手を出しはしないが……まあ、そういうつもりだから、よろしく。迷惑掛けたらすまん」
「フッ……貴殿を怒らせた者は、ご愁傷様といったところだな。あぁ、是非とも痛い目を見せてやってくれ」
国王は、愉快そうに笑みを浮かべながら、そう言った。
「お、何だ、止めないんだな」
「貴殿を止めても、無駄だろう。というより、止められる者がこの国にはまずおらんしな。勇者殿ぐらいか」
おう、よくわかってらっしゃる。
「お任せを! おにーさんが暴走しそうになっても、しっかり手綱を握っておきますので!」
「ハハ、頼もしい。では、その役は勇者殿に任せるとしよう」
「俺は馬か」
「え? うん、そうだね。それも暴れ馬かな。女の子、特に幼い子の言うことならよく聞く暴れ馬」
「…………」
何も言えなくなった俺を見て、ネルはクスクスと笑った。
* * *
それから、少しだけこの国のことについて詳しい話をしてから、俺とネルは部屋を後にした。
領主のおっさんだけは、まだ少し国王に用事があるとのことで部屋に残ったため、俺達には付いて来ていない。
「どうする、ネル。この城の客間に泊めてくれるって話だけど、今日中にこのまま教会に行くのか?」
「うん、ちょっと時間が遅くなっちゃうかもしれないけど、でも皆に迷惑掛けちゃった訳だし、王都に来た以上早く顔を見せておかないと。だからおにーさん、先に休んでていいよ?」
「バカ言え、お前が行くなら俺も行くさ」
「……ん、ありがと、おにーさん」
薄い微笑みを口元に携えるネル。
そうしてネルと連れ立ち、城内の元来た通路を戻っていた――その時だった。
「おや? これはこれは……」
通路の曲がり角を曲がったその先でかち合う、二人組。
一人が、煌びやかな派手派手しい鎧を身に纏った青年――そしてもう一人が、確か、魔界でのネルのパーティメンバーであった、宮廷魔術師の少女だった。
「もうすでに死んでいるものかと思っていたが、まさか――」
「――ネル!!」
ネルの姿を見た宮廷魔術師ちゃんが、何事かを言っていた派手鎧の青年の言葉を完璧に遮り、飛び込むような勢いでネルの下まで駆け寄る。
「ロニア!」
「魔力の流れは正常、目立った外傷無し……怪我は? どこか後遺症は? 今の私ならば、大体のものは治すことが出来る。何かあったら言って」
「う、うん、大丈夫、平気だよ。ごめんね、心配掛けちゃったね」
ネルの身体をあちこち触りながら捲し立てる宮廷魔術師ちゃんに、面食らいながらも言葉を返すネル。
無口気味の彼女がこんな一気に喋る様子に驚いたのだろうが、それだけこの少女も、ネルのことを心配していたのだろう。
なんか、ちょっと悪いことをした気分だ。
やはりもう少し早く、ネルを王都に連れて来るべきだったか。
「無事……そう……」
ネルのことを上から下までマジマジと凝視し、やがて本当に大丈夫そうだと判断したのか、ホッと安堵の息を吐き出す。
と、それから彼女は俺の方を向き、ゆっくりと頭を下げた。
「貴方が、ネルを助けてくれたと聞いた。……私の友人を救ってくれて、本当に、本当に感謝する」
「ロニア……」
友人のその様子に、心に来るものがあったらしく、少しだけ涙ぐむネル。
俺は片頬を吊り上げ、肩を竦めて宮廷魔術師ちゃんに言葉を返す。
「あぁ、気にすんな。俺にとっても……その、ネルは大事だったからな。それより、そっちはあの後大丈夫だったのか? ネルが足止めしてたっつっても、怪我人を引き連れて移動するのは大変だったろ」
あの時は、宮廷魔術師ちゃんともう一人のネルのパーティメンバーと共に、翼人族の怪我人が多数いたからな。
それを全て引き連れて安全地帯を目指すというのは、言葉にする以上に大変なことだったはずだ。
「ネルを置き去りにしたということ以上に、大変に定義される事態は何一つない。ネルが時間を稼いでくれたおかげで貴方を呼べたし、敵から逃げ切ることが出来た」
「そっか……なら、僕も、意地を張った甲斐があったかな」
「ネルは臆病なくせに、意地を張り過ぎの無茶し過ぎ。反省して」
「ご、ごめんって。で、でも、あの時はどっちにしろ敵の足止めは誰かがしなくちゃならなかったし、あれが最善だったと思うんだけど……」
「それでも反省して」
「え、えぇ……」
困ったような苦笑を浮かべながら、頬をポリポリと掻くネル。
俺は、仲の良い二人に笑いながら、言葉を掛ける。
「ハハ、ま、お二人さんよ。色々話したいことがお互いにあるだろうが、とりあえず――」
「僕を無視するなァッ!!」
その怒鳴り声に、俺達三人は一斉に同じ方向へ顔を向ける。
そこにいたのは、怒り心頭といった様子で真っ赤に染めた顔をギリィと歪め、こめかみに青筋を浮かべ、プルプルと身体を震わせる派手鎧の青年。
……あぁ、そう言えばいたな、コイツ。
「つか、誰だ、お前」
何の脈絡もなく現れやがって。
「っ!?ぼっ、僕を知らないだと!?どうしようもない田舎者め、貴様こそ誰だ!!怪しい仮面など被りやがって!!」
え? あ、そうか、俺今仮面付けたままだったな。
……? 待てよ、何で宮廷魔術師ちゃんは俺が魔界で出会った男と同一人物だって気付いたんだ?
あんまり普通に接して来るもんだから、正体に気付かれていることに気が付かなかったぞ。
……まあ、いいか。もう仮面の正体はバレても構わないのだし、些細な問題だな。
ヘンなとこで切れちまった。