再びの王城
「ユキ殿、勇者殿。このままこちらは王城に向かうつもりだ。貴殿らはどうする?」
直属の兵士達が王都に入る手続きをしている間に、前の馬車から降りてこちらの馬車に近付き、周囲をそれとなく警戒してから俺達の乗る馬車に顔を寄せた領主のおっさんが、そう呟く。
恐らくは、ネルの姿が周囲に晒されないようにと、気を遣ってくれているのだろう。
「どうする、ネル? 俺はお前に付いて行くが」
「……僕も、教会より先にまずは王城に行きます。まずは、国王様にご迷惑をお掛けしたこと、謝らないと。このまま付いて行かせてください」
「陛下はそんなこと、全く気にせぬと思うがな。わかった、では、窮屈だと思うがもうしばし馬車の内部にいてくれ」
領主のおっさんはコクリと頷くと、すぐに自身の馬車の方へと戻って行った。
「……こういう時、味方がいるとすごい助かるな」
「うん、本当に。レイロー様には、もう頭が上がらないよ」
本当に、ここまで付き合いが長くなるとは、流石に俺も思わなかったわ。
ネルに次いで、関係の深い人間と言えば、彼になるだろう。
それから少しして、王都の正面門での手続きが終わったらしい。
再び馬車が動き出し、街の内部へと入り込むと同時、聞こえて来る雑踏。
やはり一国の首都というだけあり、魔界王都と同じくらい人で溢れていて、今のこちらの心情からすれば、憎らしいぐらいの活気に満ち溢れている。
以前来た時とはエラい違いだ。あの時は周囲一帯が静まり帰っていて、まるでゴーストタウンみたいな有り様だったからな。
チラリと一瞬だけネルの方へ視線を向けると、もう肝が座ったのか、オドオドしていた様子は微塵も感じられない。
その内心では怖がっている面もあるのだろうが……覚悟を感じられる今の彼女からは、勇者と言われて納得してしまうだけの勇ましさを見て取ることが出来る。
俺は、小さく口端を吊り上げると、特に彼女に言葉を掛けることはせず、大人しく馬車内部の席に身体を預けた。
* * *
そのまま俺達の乗る馬車は王都の広く整った街道をゆっくりと進んでいき、数十分程したところで、街の中央に聳え立つ白亜のデカい城に辿り着く。
城門にて王城に入るための手続きをしてから、内部に入り込んだところで馬車は完全に停止し、俺達は中から外へと降りた。
前回は不法侵入だったが、今回は正面から殴り込みだ。殴り込まないけど。
国王は信頼してもいいだろうが、ここにはきっと俺達の敵もいる。気合いを入れていこうか。
「……ユキ殿、やはりその仮面は付けるのか」
「おう、俺、王様とは顔見知りだけど、素顔は晒してないしな。むしろ仮面を被ってないと俺と気付かれないかもしれん」
「……果たしてそれは、顔見知りと言えるのか?」
……確かに。微妙なラインだな。
と、領主のおっさんは俺の仮面を見ながら、何とも言えなさそうな表情を浮かべて言葉を続ける。
「……出来れば、仮面は外した方がいいかもしれん」
「へ? 何でだよ?」
怪訝に思い、そう領主のおっさんに問いかけた――その時。
「も、もしや、仮面様……?」
「え?」
聞こえて来た声に振り返ると、そこにいたのは、驚愕の表情を浮かべた一人の兵士。
歳は若い。むしろ、俺より年下の可能性もあるだろう。
……いや、よく考えたら俺、生後一年と二か月ぐらいだから、そんなことはねーな。
大体ここにいるヤツら、皆俺より年上だったわ。
「そ、その道化を模した仮面……やはり、以前王都をお救いいただいた、仮面様ですね!?」
「お、おう、多分そうだけど……」
仮面様て。
もうちょっと他に、呼び方はなかったのだろうか。
「す、すごい、夢みたいだ! まさか救国の英雄にお会い出来るなんて! さ、サインをいただけないでしょうか!?」
「え、あ、はい」
兵士の捲し立てる勢いに押され、ペンっぽい筆記用具と羊皮紙っぽい紙を受け取ってしまった俺は、少し悩んでから、『残念だったなぁ、俺にサインが書けるとでも思ったか、この間抜け』と日本語で書いておく。
「ありがとうございます!!おぉ、なんと勇ましい字だ!!家宝にさせていただきます!!」
「いや、やめろや」
思わず素でツッコむも、兵士は全く気にした様子もなく、感激した様子で自身の仕事に戻って行った。
「お、おい、今のって……」
「ま、まさか、仮面様か……?」
「仮面様!?あの、謎の英雄の!?」
――ふと周囲に目を向けると、熱量を感じる程の視線をこちらに送りながら、ひそひそと近くの仲間と会話を交わす、王城の衛兵達。
「……なぁ、お二方、聞いてもいいでしょうか。今、物凄くヒシヒシと視線を感じるんだが、どうなってんの、これ」
「あ、そう言えばおにーさんって、王都じゃ結構な有名人でしたね、領主様」
「うむ……王都の危機にただ一度だけ現れ、陛下と王女イリル様、そしてこの国を救った、道化の仮面を被った男。貴殿がここを去った後、そんな男の噂が街に広まってな。特に兵士達は、実際に貴殿と共に戦った者もいるから、『英雄と肩を並べて戦ったのだ』と、ひとしお謎の仮面に対する思い入れが強いのだ」
「フフ、おにーさん、王都だと演劇の主人公だったりするんだよ? その正体が魔王だって知らずにね」
「貴殿がいる前でこう言うのも失礼だとは思うが、あの演劇の広告などを見る度に、笑いたいような笑えんような何とも言えん気分になる」
クスクスとおかしそうに笑うネルに、苦笑い気味でそう溢す領主のおっさん。
ちょっと待って、聞いてないんだけど。
「……そういうの、先に言っといてくれないっすか?」
「すまぬ、先程まで仮面を被っていなかったから、単純に失念していた。途中で寄ったセンギュリアの街でその仮面を見た時、注意しておかねばとは思っていたのだが……」
「ごめんごめん、僕も、ずっと王都を離れていたから、忘れてたよ」
「……と、とりあえず、早く先に行かないか。ここにいると面倒な目に遭いそうな気がする」
「うむ、同感だ。では二人とも、付いて来てくれ。陛下はまだ仕事中だそうだが、すぐお会いになっていただけるそうだ」
「? 随分簡単に会えるんだな。てっきり一時間ぐらいは待つことになるだろうって思ってたんだが」
「私とネル殿と……まあ、貴殿がいると聞いて、他の仕事は後回しにしてくださったのだ。だから、急ぐぞ。陛下をお待たせする訳には行かぬ」