触れる陰謀の一片
――あの男は、王都のクソ貴族がネルをハメるために送り込んだ、間者だったらしい。
ネルが街に辿り着く時間を見計らって魔物の巣を荒らし、怒らせて臭いか何かで自身を追わせ、軍勢となったソイツらを街にぶつけたそうだ。
あの男の計画としては、その襲撃によって大きな被害を出させ、色々と工作するつもりだったそうだが……その思惑は、ネルが何一つ被害を出すことなく魔物どもを撃退してしまったことで、一歩目から躓くことになる。
何だか少し、いちゃもんが無理やりに感じたのは、それが理由だろう。
本当は、勇者がいたからこそ撃退出来た、ではなく、勇者がいたのにもかかわらず、こんなに被害が出てしまった、という方向に民衆を動かしたかったのではなかろうか。
ネルがいたのにこんなに被害が出てしまった、勇者としての実力がない、勇者のせいだ、と。
しかし、俺とネルとで魔物どもを完封してしまったがために、ネルのせいで魔物がやって来た、この事態は勇者のせいだ、というちょっと無理がある難癖に変更せざるを得ず、しかもその扇動も俺が横から口を挟んで邪魔したために、全てが空回りした結果に終わってしまった訳だ。ざまあみろクソ野郎め。
また、間者だったあの男の雇い主であるクソ貴族の名は――アルゴス=ラドリオ。
ネルをハメようとした理由は、勇者に対する今の不信感をさらに煽り、彼女の勇者の職を解任させるためだそうだ。
詳しい意図までは聞かされていないそうだが、推測するに恐らく、自分達の派閥の息の掛かった実力者を新たに勇者に据え、強力な手駒を手に入れるのが目的なのではないか、とのことだ。
確かに、自身の言いなりに出来る勇者がいれば、この国に対しても力を持った組織である教会に対しても、デカい口を利けるようになるだろう。
……何だか、キナ臭くなって来やがったな。
やっぱり付いて来て正解だった。ネルを一人にさせていたら、彼女の身に何か良くないことがあったかもしれない。
現時点ですでに、魔物の襲撃を食らっているわけだしな。
今回の攻撃が空振りに終わった以上、今後さらなる襲撃があっても、全くおかしくないだろう。
――クソッタレが。
この国には、彼女のことを彼女として見ている者が少な過ぎる。
ネルは、勇者だ。
勇者だがしかし、それ以前に一人の少女なのだ。
気丈に振る舞っている時も、勇者としてその力を揮っている時も、内心では怖がり、ビクビクし、それでも何かを守ろうと、必死になって戦っているのだ。
俺のような、どこまで行っても自分中心の自己中野郎とは違って、本当に心の強い、大したヤツだろう。
そんな彼女のことを何一つとして知らないヤツらが、ただ『勇者』という称号だけを見て、力がないだの騒いだり、政争に利用しようとしたりしている様子を見るのは……ぶち殺してやりたくなる。
いい度胸だ、本当に。
ネルを記号でしか判断せず、己の勝手な都合で潰そうとする者がいるのであれば――逆に俺が、全て。
全てを、ぶち壊して潰してやる。
魔界で一度失敗した今の俺は、周到だぞ。
「ふむ……それで、その男は?」
俺から事の成り行きを聞いていた領主のおっさん、レイローが、こちらにそう問いかける。
「運が良ければ生きているかもな」
手足をぶった切った状態で、親玉オーガのいた魔物の巣の中に放り込んで来たので、十中八九エサとしてヤツらの腹の中に収まっているだろうが。
「……深くは聞かないでおこう。――アルゴスか……もしかすると、さらに裏に大物がいるかもしれぬな」
そう言って、険しい表情を浮かべる領主のおっさん。
「へぇ? 何でだ?」
「アルゴスは確かに、黒い噂が絶えず、謀略を得意とする男として名を知られているが……奴は中級貴族なのだ。教会のような強固な組織に、手の者を潜ませるような力は持っていない」
「……もっと上級貴族が裏にいるってことか」
俺の言葉に、領主のおっさんはコクリと頷く。
「その可能性は高いだろう。王都に着いたら、少し探っておこう。そのような者が動いているのならば、情報はどこかにあるはずだ。何かわかり次第、貴殿にも伝達出来るようにはしておくから、そこは安心してくれ」
「あぁ、色々悪いな。助かる、頼むよ」
「勇者殿の危機は、我々にとっても危機。それを防ごうと動いてくれている貴殿に協力するのは当然のことだ。……ただ、一つ聞いておきたいのだが、貴殿は王都に着いたら、どうするのだ?」
王都に着いたらか。
とりあえず、以前俺も会ったことのあるネルの上司の女騎士と、国王に話を通してから、その後どうするか決めようと思っていたのだが……それよりもやらなければいけないことが出来たしな。
……いや、話を通すのと『敵』を炙り出すのは、同時進行で構わないか。
ネルを潰したい者がいるのであれば、俺が彼女を娶るという話が伝われば、必ず動きがあるはずだ。
ネルと共に王都で活動していれば、自ずと敵は正体を現す。
ソイツらを片っ端からぶち殺していけば、いずれは黒幕にまで辿り着けるだろう。
「俺は、やりたいようにやるだけだ。手を出された以上は……まあ、思い知らせてやらないと」
「……出来れば、市民には手を出さないでいてくれぬか」
「わかってるよ。ムダな被害を出したら、ネルの立場がさらに悪くなるだろうしな」
肩を竦めてそう答えると、彼はわかりやすく安心したようにほっと息を吐き出す。
……そんなに俺が虐殺大好きマンだとでも思っていたのだろうか。甚だ心外だ。
「そうしてくれると、私としては安堵するばかりだ。貴殿の実力を見知っている以上、貴殿が本気になれば我々には止めようがないこともまた、よくわかるからな」
「買い被り過ぎだ。俺だって敵わねぇ相手はたくさんいる」
魔物に襲い掛かり、これは無理と判断して死に物狂いで逃げ帰ることもよくあるし、逆にこれは勝てると判断した相手なんかも、ふとした拍子に反撃を食らって逃げられたりなんてことも時たまあるし。
ただ、最近は便利道具も増え、離脱もダンジョン帰還装置で瞬時に行えるようになったから、リル達と一緒に格上の魔物相手に戦うことは多くなったな。
戦い方も、俺自身剣の練習は続けてはいるが、それより罠や道具など、搦め手的なやり方で勝負することが増えた。
道具はDP産のものだが、罠はダンジョンで生成する罠ではなく、原初魔法で生成する罠だ。
石製剣山とか毒沼とか魔力爆弾とか魔力地雷とかアイアンメイデン改とか。
俺がまだ習熟していないせいか、威力はまだまだダンジョンで作り出すものより低いのだが、水龍と同じように使い続けていればきっと、高威力の罠を相手の足元に、それも息をするかのような簡単さで設置することが出来るようになるはずだ。
まあ、それでも勝てない相手が数多くいるからこそ、俺の住んでいるあの森は秘境なんだけどな!
「いや、それは、貴殿の住処周辺がおかしいだけだと思うが……」
「世界は広いんだ、俺より強いヤツなんてまだまだいるさ。――それより、出発はどうすんだ? 今日はもう出れないだろ?」
「うむ、この後準備して出発しても、恐らく出るのは午後になるだろうし、そうすると王都に到着するのが深夜遅くになる。出発は明日の早朝に変更した。だから貴殿は、もう日も出ているが、ゆっくり休んでくれ。さすがに疲れたろう」
「わかった、そのつもりでいよう。――ネルはどうした? 先に部屋に戻ってんのか?」
そう言って俺は、周囲をチラリと確認する。
ここは俺達の泊まっているホテルのロビーで、やはり襲撃騒動があったためか、まだ朝早くなのにもかかわらず多くの者達が起きており、ひっきりなしに人が出入りして動き回っている。
その中に、領主のおっさんの部下である兵士達の姿も数人見受けられるのだが、しかしネルの姿はない。
「いや、ここにはいない。彼女は魔物の死骸の片づけを手伝っていたのだが、ある程度進んだところで作業が中断になり、その後兵士達に連れられて酒場に向かった。貴殿がまだ動いているのに自分だけ、と遠慮していたようだが、まあ、断り切れなかったらしい」
「あぁ……アイツ、押しに弱いもんな」
兵士達に熱心に頼まれ、ちょっと困り顔ながらも、断れずに連れて行かれるのだ。
その姿を想像して苦笑を溢していると、領主のおっさんが若干申し訳なさそうな様子で言葉を続ける。
「一応、うちの者は数人付けておいたから大事はないだろうが……すまん、彼女は嫁入り前の身であるし、止めるべきだったか」
「ハハ、いや、そこまで気を遣ってもらわなくて大丈夫だ。アイツだって分別のつかないガキって訳じゃないし。わかった、じゃあ俺はネルを回収してから休むことにするよ」
「そうか。ならば彼女は外壁近くの酒場だ。店の外まで開放して馬鹿騒ぎをしていたから、恐らく行けばすぐわかるだろう。もう大分経っているから騒ぎ自体は収まっているかもしれぬが、恐らく酔い潰れた者が無数に転がっているはずだ」
俺は領主に手をひらひらと振って、ホテルのロビーを出て行った。