扇動
俺はネルを肩から下ろして自身の後ろに隠すと、ズイと一歩前に出る。
「……? 誰だ、お前は……?」
前に出て来たこちらを男は訝しげに見るが、俺はその声をシカトして口を開いた。
「随分確信を持った言い方をするな。勇者が全ての元凶だと?」
「あ、あぁ、そうだ! この女が来た途端にこの事態だ! この女がどこかで何かをやって、その報復に魔物どもが来たんだろ! タイミングから見て、マッチポンプすら考えられるな!」
「おかしなことを言いやがる。ネルが来た途端にと言うが、何で俺達が今日街に来たって知ってんだ? 俺達は一日馬車に乗ってこの街に来て、しかも今日着いたばかりだ。アンタはまるで、勇者の動向を一から十まで知っているみたいだな」
その俺の言葉に、男はグッと押し黙ってから、再び口を開く。
「たっ、偶々今日、勇者が馬車から降りたところを見ただけだ」
「へぇ、馬車から降りたところを見たと? 俺達が降りたのはホテルの厩舎の中だったんだけどな。お前のような風貌の男はいなかったはずだが」
「……!」
しまった、と言いたげな様子で、一瞬男の顔が歪む。
そう、俺達が馬車を降りたのは、ホテルと繋がっている、厩舎の内部だった。
厩舎と言っても、牧場などにある一般的な厩舎ではなく、割とマジで屋内駐車場のような立派なところだ。
偉いヤツらが泊まるホテルだけあり、お忍びでやって来る者のことも想定してか、外からは内部の様子が全く窺えない造りになっていて、徹底しているもんだと呆れたぐらいだ。
「俺達が泊まったのは、知り合いの領主が贔屓にしているってぐらいのホテルだから、管理がしっかりしていてな。ただ見逃しただけでお前が厩舎の内部にいたのだとしたら、つまりお前は、ホテルの従業員か宿泊客か、はたまた不法侵入者ってことになる」
管理がしっかりしているかどうかは、まあ正直知らんが。
でまかせでも、こういうのは説得力があれば良いのである。
「お前はどれだ? 従業員か宿泊客ってんなら、後でホテルに確認に行こう。きっと答えてくれるはずだ。不法侵入者なら……まあ、どういう扱いになるのかは知らんが、後は衛兵にでも任せておくよ」
「…………」
男は、俺の質問に答えない――いや、答えられない。
迂闊なことを言えば、墓穴を掘ることになると理解しているからだ。
周囲の者達の険しい視線が自身に集中するのを感じ取ったのか、チラリと辺りに視線を巡らせてから、男は怒鳴り声をあげる。
「は、話を逸らすんじゃねぇ! 俺がどうだろうと、それは今関係ねぇ話だろうが!!」
「おっと、確かにそうだな。じゃあわかった、仮に、ネルが原因だったとしよう。だがな――それがどうした?」
「何……?」
怪訝そうな表情を浮かべる男に俺は、仮面の奥でニヤリと笑みを浮かべると、大袈裟な素振りで外を指差す。
同じように、周囲の者達の視線が、今度は男からその指の示す先へと移る。
――俺が魔力を渡し、ネルが技を放った痕だと思われる、特大の地割れに。
「街が危険に陥ったって? どこが? 誰か怪我したか? この男が言う危険が何なのか、是非とも教えてもらいたいもんだな!」
「た、確かに俺は見たぞ。勇者の一振りで、魔物どもが吹っ飛んで行ったのを!」
「俺もだ!」
「俺も!」
多くの兵士達の、俺に同意する声。
「そうだ! あの程度、勇者にとっては日常と変わりない! あの程度、我らが勇者であれば一時間と足らず殲滅出来る! 魔物なんて目じゃねぇ!!」
うおおおお!!と上がる歓声。
俺は、周囲が十二分にハジけているのを確認すると、若干やり過ぎな気がしなくもないが、ダメ押しとばかりに高らかに声を張り上げる。
「わかったかお前ら!!勇者ってぇのは、そんな柔な存在なんかじゃ、決してねぇ!!――我らが勇者に、万歳!!」
『勇者に万歳!!』
グンと拳を振り上げた俺に続いて、一段とデカい熱狂の声が、街の外壁中から立ち昇った。
……やべ、扇動って、ちょっと楽しいわ。
あ、ちなみにネルさんはというと、俺の隣で「あぁ、どうにでもなれ」とでも言いたげな様子で、というか実際にそう言って、引き攣り気味の苦笑いを浮かべていました。
* * *
「クソッ、クソがッ! こんなの聞いてねぇぞ! 俺の仕事はちゃんとやった、失敗したのは俺のせいじゃねぇ!!」
悪態を吐きながら男――カクザは、少しだけ白んで来た空の下、馬車を走らせる。
「何が『兵士に毛が生えた程度の実力』だ、あの女、とんでもねぇ実力の化け物だったじゃねぇか!!これだから貴族ってヤツぁ、信用ならねぇんだ!!」
自身に『仕事』を言いつけた貴族の顔を思い浮かべ、ギリィと歯を噛み締める。
――その時だった。
「へぇ……その話、詳しく聞きてぇな」
「ッ!?」
突如、背後から聞こえて来た声に、カクザは傍らに置いていた剣を咄嗟に鞘から引き抜き、機敏な動作で後ろに向かって振り抜く。
だが、その攻撃は空を斬り、お返しとばかりに頭部に何者かの鋭い回し蹴りを食らって、馬車の上から吹き飛ばされる。
「かフッ――」
荷台での激しい動きが伝わったのか、走っていた馬が興奮して嘶きを上げ、轍で出来た道の横に生えている木に激突し、馬車が横転する。
カクザが地面に叩き付けられた数瞬の後に鳴り響く、馬車の破砕音。
「ッ、フゥ、フゥ」
衝突の衝撃で一瞬息が詰まるが、カクザは無理やり肺を動かして呼吸を再開し、すぐに立ち上がって周囲を警戒する。
――刺客は、横転する前に自分から馬車を飛び降りたらしく、カクザより少し距離を取ったところで無造作に突っ立っていた。
「……お前は、さっきの仮面野郎」
「もう町人の振りはやめたのか? 随分動きがいいじゃねぇか」
刺客は、先程言い争いを繰り広げた仮面の男であった。
武器は持っていない。完全な素手だ。
――格闘家タイプか……?
「何しやがる、さっきアンタの嫁らしい勇者を馬鹿にしたから、その報復にでも来たのか?」
「まあ、間違ってはないが。色々と聞かせてもらおうと思ってな。アンタがどういうつもりで扇動しようと思っていたのか――さっきの話だと、どこのクソ貴族に雇われていたのか」
「…………」
チラリと確認すると、先程蹴り飛ばされた際に落とした剣は、自分より数歩離れたところに転がっている。
ダッシュで踏み込めば、すぐに拾い上げることの出来る距離だ。
――殺れるか。
この仮面の男は、実力はあるだろう。
勇者の従者と名乗っていたぐらいだし、先程の動きを見ても、それはわかる。
全く姿形もなかったところからいきなり現れたところを見ても、魔法に長けていることも間違いない。
しかし――恐らくこのタイプは、自惚れる。
自身が優位に立っていることを認識して、まともに構えすら取っていないことがその証拠だ。
そんなことをせずとも、自分のことを殺せる自信があるからなのだろうが……そこに、つけ入る隙がある。
瞬時に頭の中で算段を立てたカクザは、出来るだけ愚かに見えるよう、大袈裟に狼狽しながら口を開く。
「ま、待ってくれ! 確かにアンタ達をハメようとしたのは悪かった、下心だったんだ、大金に目が眩んで! や、雇われた貴族の名前なら言う!!」
「ふぅん? じゃあ、聞こうか」
「俺を雇ったのは、王都の貴族だ、勇者をハメろって――」
話途中に、仮面の男の身体から緊張が一瞬解れたのを感じ取ったその瞬間、カクザはダッシュで飛び込んで剣を蹴り上げ柄を握ると、一気に仮面の男に向かって肉薄する。
そのままカクザは、突進の勢いままに躊躇なく剣を振り抜くが――。
「何ッ!?」
――そこには、誰もいなかった。
つい今しがたまでそこにいたはずの男は、すでに影も形もなくなっており、再び剣が空を斬る。
慌てて体勢を立て直そうとするも、カクザが動揺から回復する前に強い衝撃を背中に食らい、地面に押し倒される。
「ガッ――」
「オイオイ、どうした? 急に元気になってよ。さ、話の続きだ。お前を雇ったのは誰で、どういうつもりで俺達をハメようとしていたのか。教えてくれるんだろ?」
頭上から聞こえる声。
即座に逃げようとするが――瞬間、左足に激痛。
「ッッ――!!」
ぶわっと身体中から汗が噴き出す。
迸る痛みに歯を食い縛りながら左足に視線を送ると――視界に映ったのは、一本のナイフ。
そのナイフがカクザの左足に突き刺さり、そのまま貫通して地面にまで縫い付けている。
ドクドクと血が流れ出し、瞬く間に地面を赤色に染め上げ始める。
そして仮面の男は、柄を蹴り飛ばしてカクザから剣を手放させると、至って軽い口調で口を開いた。
「おっと悪い、お前が急に動くもんだから、思わずビックリしてナイフ落としちまった。気を付けてくれ、俺は不器用なんだ」
「て、テメェ!!俺にこんなことしでィッ――!!」
「おい、急に大声出すなよ。またビックリしてナイフ落としちまったろ」
仮面の男は躊躇なくカクザの右足にナイフを突き刺し、左足と同じように地面に縫い付ける。
「グゥッ……クソがッ!!テメェとテメェの女のせいで、全部台無しだよ!!テメェの女はバケモンだし、テメェはとんでもねぇペテン野郎だッ!!」
「そりゃどうも、ほめ言葉だ」
激痛に荒く呼吸を繰り返しながらカクザは喚き散らすが、しかしあくまで頭は冷静にさせ、何か突破の手段がないかと必死に周囲へ視線を巡らせる。
――剣は……ダメだ、届かない。掴む前に腕をへし折られる未来が見える。
というより、両足を封じられた今、可能な動きは大幅に制限されてしまっている。
……ならば、隠しナイフをここから投げ飛ばし、ヤツの喉笛を掻っ切る。それしかない。
ブラフは、もう必要ない。
そんな余分な動作は全て切り捨て、ただ最速の動作で息の根を止める……!
カクザは仮面から見えない位置で懐からナイフを引き抜くと、下半身が縫い付けられているため、ただ上半身だけを思い切り捻って後ろを向くと同時に、渾身の力でナイフを――。
「悪いが、もうお前にターンを渡すつもりはないんだ」
――だが、その攻撃もまた、仮面にダメージを与えることはなかった。
仮面の男は、カクザの腕を途中でパシッと掴み、ナイフを投げるモーションを強制的に終わらせると、肘の可動域の反対に向かって力尽くで捻じ曲げる。
「――――!!」
鳴ってはいけない、ボキッという音。
言葉にならない悲鳴が、思わず口から漏れ出る。
「おぉ、痛そうだ。だが、安心してくれ。ここに今、上級ポーションが五本ある。ちょっと勿体ないが、お前のために全部使ってやるよ。喜べ、好きなだけ俺からの質問に口を噤めるぞ。とんだドM野郎もいたもんだ」
そう言って仮面は、腕を折られた拍子にカクザが落としたナイフを拾い上げると、カクザの顔の前に腰を下ろす。
「ま、お前がドM野郎なのだとしても、早めにギブアップしてくれると助かる。俺、別に加虐趣味とか無いしさ。むしろグロいのは苦手でな。――な? わかるだろう?」
ニヤァ、と仮面の隙間から覗く、男の笑み。
その酷薄な笑みに、ゾォ、とカクザの背筋に冷たいものが走った。




