閑話:Halloween Night
「「トリックオアトリート!」」
「……トリート」
「きゃーっ、可愛いっすねぇ、皆!」
「フフ、ハッピーハロウィン。それとエンちゃん、それじゃあ『お菓子ちょうだい』ってだけになっちゃいますよー?」
「……ん。いたずらはしたくないからお菓子がいい」
ニコニコしながらレイラとリューは、可愛らしい衣装を着込んだイルーナ、シィ、エンの三人のかごにお菓子を入れていく。
彼女らは今、イルーナが悪魔の翼と角、シィが身体を少し変化させて狼の耳と尻尾、エンが魔女の服にとんがり帽子と、それぞれ仮装をしている。
シィ以外の仮装道具はユキがDPカタログで出現させたものであり、「いつも思うことだが……何でこんなものまであるのか、俺は心底不思議だよ、ダンジョン君。いや、ありがたいんだけどさ」と、彼が呟いていたことを彼女らは知らない。
「とりっくおあとりーと」
「……あの、レフィ様? 貴女はお菓子をあげる側じゃないんすか?」
身体はエンと同じく魔女の衣装、だが頭にこのダンジョンでのみ見られる野菜、「カボチャ」を繰り抜いて作った被り物をしたレフィに、思わずジト目でそう問い掛けるリュー。
ちなみに、レイラとリューもまた現在は仮装をしており、リューは頭に刺さった大きなネジに、顔に走る深い縫い傷、レイラは猫耳と猫の尻尾、そして黒色のワンピースのような衣装を身に纏っている。
「何を言っておるのかわからぬな。儂は哀れな贄どもを恐怖に陥れ、悪夢に苛ませ、死を運ぶ怨霊、ジャック=オ=ランタンじゃ! 供物を捧げねば、お主を末代まで祟ってやるぞ」
「……レフィ様が言うと本当に出来そうだからやめてほしいっす。あとその魔物って、ご主人の話を聞くに、ウィスプのことっすよね? だったら別に、そこまで恐ろしい魔物じゃないと思うんすけど」
「細かいことはどうでもよい。儂は菓子をもらえればそれでよいのじゃ」
「言い切ったっすね、レフィ様」
「フフ、ちゃんと作ってあるから大丈夫ですよー。はい、どうぞ、レフィ様」
「わかっておるではないか、レイラ! ふっふっふ、全くハロウィンとは素晴らしい催しじゃの。儂としては、毎日やっても良いと思うのじゃが」
苦笑を浮かべてから、リューは言葉を続ける。
「それにしてもご主人、遅いっすね? さっき一度、ネルを連れに戻って来たっすけど」
「どうでしょうかねー……。あの方のすることだけは、私にも想像が付きませんからー」
二人の言葉に、レフィもまた同意するようにカカ、と笑い声を上げる。
「ま、ユキのことじゃ。大方、よくわからないことを至って大真面目にやっておるのじゃろう。恐らく儂らは、『凄い』か『凄い阿呆』のどちらかの感想を言うことになると思うぞ」
「あはは、それ、確かにわかるっす。ご主人は、何だかよくわからないことに全力っすから」
「本当に。私達とは少し感性の違うお方ですからねー」
そう言って三人で笑い合っていたその時、ガチャリと真・玉座の間の扉が開く。
現れたのは、ユキ。
……と、何故かユキにおんぶをされている、ネル。
ユキは全身グルグル巻きの包帯男で、ネルはこうもりのような印象を受ける、袖の下にヒラヒラした布のついた仮装だ。
「お前らー! 準備が出来た、こっち来てみろー」
「う、うぅ……おにーさんめぇ……」
「……ユキ、お主がおんぶしておるネルが、お主のことを物凄く恨めしそうに見ておるのじゃが、何をしたんじゃ?」
「まあ、ちょっとな。ネル、腰を抜かしちまって」
「ちょっとな、じゃないよおにーさん! どうせおにーさんの指示で、あの子達が僕を驚かせに来たんでしょ!」
「何じゃ、またユキに脅かされたのか?」
怪訝そうに問い掛けるレフィに、ネルは堰を切ったように言葉を捲し立て始める。
「聞いてよ、レフィ! おにーさんったら、ひどいんだよ! 僕を呼び出して何かと思ったら、レイスの子達と一緒に待ち構えていて、それで僕のこと脅かして来て!」
「いやぁ、良いリアクションしてくれて嬉しかったぜ! 流石はネルだ! リューとちょっと迷ったんだがな! ネルを呼んで正解だったよ」
「え、ウチっすか!?」
「良い笑顔だけど、言ってることサイテーだからね!?」
ユキは、からからと笑っていた。
* * *
その後、彼女らがユキに連れられて行ったのは、城の中庭。
――その中庭は、まるでここが亡者の世界だと言うかのように、全てがハロウィン仕様に装飾がなされていた。
無数に置かれたロウソクに、カボチャのランタン。
中庭に生えている木々には蜘蛛の巣が張り、花壇には無造作に置かれた墓石と、かぼちゃ頭のカカシや骸骨。
曇り気味に設定された空は星がちらほらとしか見えない暗闇で、しかし月だけはしっかりと顔を覗かせ、煌々と輝いている。
周囲には薄く霧が発生し、遠くまで視界が通らない様子もまた雰囲気を盛り上げている。
おどろおどろしい装飾が中庭の広範囲にされていたが、しかし飾りつけは全体的にポップな仕上がりで、どことなく子供が好きそうなデザインとなっている。
少し離れたところには、それぞれユキにとんがり帽子やら悪魔の翼やらを無理やり付けさせられている、リルを筆頭にしたユキ配下達。
「うわぁ!すっごい!」
「すっごいネ!」
「……派手」
「ほう……洒落ておるな。お主から悪霊の祭典と聞いた時は、随分物々しい祭りじゃと思っておったが」
周囲の様子を眺めながら、感嘆の声をあげる幼女組に、感心した様子で呟くレフィ。
レフィはすでに鬱陶しくなったのか、かぼちゃの被り物は外し、魔女の仮装のみ身に付けている。
「どうだ、すげえだろ? この子達と一緒に仕上げたんだ! やっぱこういうホラー的なのは、コイツらが一番わかってるからな!」
腕を組んで自慢げに言うユキの周りで、レイス三人姉妹のレイ、ルイ、ローが機嫌良さそうにくるくると回っている。
三人とも人形には憑依しておらず、半透明の状態のままだ。
「……いや、ホント、その子達の実力を改めて感じ取ったよ。主にいたずらの方向で」
「そういやネルが最初にここに来た時も、この子らに驚かされて腰抜かしてたっけか。懐かしいなぁ……」
「そんなことは思い出さなくていいから」
ようやく回復し、まともに歩けるようになったネルが、ジト目でユキにそう答える。
「ハハ。じゃ、お前ら、晩飯の用意するぞ! 今日はこの中庭で、バーベキューだ!」
「お、いいの。風情がある」
「お肉!」
「おやさイ!」
「……タレ」
「いや、エンちゃん、ちょっと違くないっすか、それ」
「……違くない。バーベキューでタレは重要」
「フフ、確かにそうですねー。味付けを決めるタレは重要ですー」
がやがやと騒がしい空気の中、皆で夕食の準備がなされていく――。