スタンピード《4》
「――俺の勝ちだな」
「……グルゥ」
下に組み敷いて胸元に腰を下ろし、首元にエンを突きつけると、親玉オーガは観念したように棍棒から手を離す。
だが俺は、そこでトドメを刺さず、エンを引いてソイツの上から立ち上がった。
「……お前のことは、殺さないでおいてやる。だが、こっから全員連れて帰ることだ。――嫌ならそれでもいいけどな。殲滅するだけだからよ」
そう言って、クイと顎でコイツらの来た方向を示す。
コイツを殺してしまうと、かろうじて統制の取れているこの集団が散り散りになって、さらに面倒くさいことになる可能性があるからな。
まだ指揮官が生きている内にここから退散させた方が、余分な手間が減るはずだ。
親玉オーガは丸太のような腕を突いて立ち上がると、先程まで見せていた荒々しい闘気を消し、俺の要求を理解したのかコクリと頷く。
……コイツ、魔物のくせに、随分と理知的なヤツだ。
オーガがそうなのか、それともコイツだけ特別そうなのか。
前者の可能性が高いかもな。
周囲にいるゴブリンとオークどもは、「殺せ!」とでも言いたげに盛大に騒いでいるが、オーガどもだけは、親玉オーガが俺に負けたのを見て、腕を組んでジッと押し黙っている。
俺と親玉オーガが一対一で戦った以上、言うことは無しとでも思っているのかもしれない。
恐らくは、武人的な気質の種族なのだろう。
魔物にも色々いるもんだ。
「グルルゥ」
親玉オーガは少しだけ街の外壁の方を視線を送ってから、一つ鳴き声を上げると、周囲の魔物達に向かって何らかの指示を出し始める。
「ピッ、ピギィ!?」
「ギャアッ、ギャァッ!!」
「グルルァァッ!!」
周囲のオーガ以外の魔物どもが、反発した様子で一斉に声を荒げるが、しかし親玉オーガの一喝で、すぐに静まり返る。
そして、親玉オーガは最後に俺の方を一瞥すると、意味ありげにニヤリと笑みを浮かべ、こちらに背を向けた。
「……こっちのことは、俺がどうにかしてやるよ」
親玉オーガはもう振り返ることなく、周囲の魔物どもを引き連れ、来た道を帰って行った。
* * *
「――あっ、お、おにーさん!」
「お、何だ、盛り上がってんな」
魔物達が渋々といった様子ながらも、まとまって退却し始めたのを確認してから俺は、ネルのいた街の外壁近くへ戻ると、何やら熱狂した声が聞こえて来る。
見ると、何だか困り気味の表情を浮かべたネルを中心にして、興奮した大勢の兵士達が武器を振り上げ、「勇者! 勇者!」とひたすらに勇者コールを叫んでいた。
ネルが結界魔法で張った壁は、すでに解除した後らしい。
うむうむ、よかった、ちゃんと勇者の名声は上がってくれたようだ。
気を遣って陰で動いた甲斐があったな。
「ハハ、大人気だな」
「……おにーさん、こんな騒ぎになること、わかってたね?」
「いや? 勇者様が皆を守ろうと頑張ったからこそ、こうして認められたんだろ? ……まあ、こうなったらいいな、とはちょっとぐらい思ったが」
そう言って肩を竦めると、ネルは「もう」と唇を尖らせ、しかしすぐに表情を緩め、苦笑を浮かべた。
「……? 勇者殿、こちらの方は?」
と、ネルの傍で熱狂の声を上げていた、周囲の兵士達よりも少しだけ上等な服を着た、指揮官らしい男がネルに向かってそう問い掛ける。
「え、あ、えっと、この人は……」
「従者だ」
「……うん、そうだね」
言葉に詰まったネルに代わりにそう答えるも、何故かネルは、少しだけ不満そうな顔で俺の方を見る。
…………。
「――で、婚約者だ。色々と話を付けに、彼女と王都に行こうとな」
「な、なんと! 勇者殿に婚約者が!?」
「え、えへへ、そうなんです」
今度は一転して、嬉しそうな顔で指揮官風の男の言葉にコクリと頷くネル。可愛いヤツめ。
俺は、ネルの足元にしゃがみ込むと、その脚の間に頭を通し、グイと一気に立ち上がって彼女を肩車する。
「あっ、ちょ、ちょっと」
「見ろお前らっ!!我らが救世主、我らが勇者様だ!!」
「お、おにーさん!?」
「うおおお!!勇者様ーっ!!」
「我らが救世主!!」
「女神様だ!!」
俺の言葉に、周囲の兵士達が揃って雄叫びを上げる。
「そして、俺の嫁だー!!フーハハハ、どうだ、羨ましいだろお前ら!!」
「な、何ぃッ!?」
「ゆ、勇者様に男がいるだと!?」
「お、俺、この後勇者様をデートに誘おうと思っていたのに!!」
先程まで俺に同調して叫んでいた兵士達が今度は一斉に反旗を翻し、罵倒と共に俺の脚を割と本気で蹴り始めるが、しかし人間の兵士の蹴りなど魔王の肉体には全く効かないため、なおも高笑いを続ける俺。
そうして、まあ、なごやかな雰囲気の中で、真っ赤にした顔を両手で覆っているネルを肩車したまま、兵士達と共に叫んでいた――その時だった。
「――勇者が救世主だと!?冗談じゃねぇ!!」
魔物どもの撃退を祝う空気に水を差す、男の怒声。
聞こえて来た方向に顔を向けると、そこにいたのは町人の恰好をした一人の男。
楽しくやっているところをぶち壊しにするその男の方に、若干苛立ちを込めた視線が殺到する。
――出やがったな。
「魔物どもが来やがったのは、勇者のこの女がいやがったからじゃねぇのか!!」
「何言ってやがる! 勇者様が魔物のクソどもを呼んだとでも? 誰よりも身体を張って戦っていた勇者様の姿を見なかったのか!」
そうだそうだ、という声が兵士達から一斉に上がるが、しかし乱入して来た男はそれを気にも止めず、ネルの方を指差して糾弾の声を続ける。
「この女が街にいる時に限って、全く前兆もなかったスタンピードが発生するだと? そんな偶然があると思うか!!この女がいたから、魔物どもが襲って来て、俺達が危険な目にあったんだ!!」
「そ、そんな、僕は――」
「黙ってろ、この偽善者め!!俺達を危険に晒しておいて、よくぬけぬけと勇者なんて名乗れたものだな!!」
男の怒鳴り声に、肩車しているネルが一瞬、ビク、と身体を震えさせたのが伝わって来る。
……なる、ほど。
そういう手で来たか。
ふと周囲に視線を送ると、大多数の者達は眉を顰めて男の方を見ているが、しかし中には男の言葉に惑わされ、疑惑の眼差しでネルのことを見ている者の姿も見受けられる。
――いいだろう。
そっちがそういうつもりなら、受けて立ってやる。
ほぼ毎日我が家でレフィと口論を繰り広げている俺に、口で勝てると思わないことだ。
……それと、この男は後で殺そう。