スタンピード《3》
「お、今のはネルだな」
突如、まるで爆弾でも爆発したかと思うような、ドゴォンという激しい音の後に、空から魔物の肉片が降って来る様子を眺めながら、そう呟く。
うーん、グロい。
正しく血の雨だ。
『……すごい音』
「どうだ、すげーだろ。今のは俺とネルの合体技だ」
『……ん。すごい。でも主とエンでやったら、もっとすごい』
「ハハ、あぁ、そうだな。俺とエンでやったらもっとすごい」
どこかの誰かの負けず嫌いが移ったのか、そんなことを言うエンに笑ってから俺は、隠密で姿を消した状態のまま、ネルの攻撃に唖然と固まっている魔物の軍勢の中を、縫うようにして進んで行く。
今回俺は、脇役だ。
目立つ訳には行かず、さりとてネルにあんまり重い負担を掛けて怪我させるのも嫌なので、こっそり敵を弱らす必要がある。
敵が多数である場合、それを弱体化させるのに最も有効な手段と言えば――指示を出している者、つまりボスを潰すことだ。
「――よぉ、デカいの」
敵陣の奥地に入り込んだ俺は、隠密スキルを解除しながら――目の前のソイツに、言葉を掛ける。
「グルルゥ……グルルゥ……」
ソイツは、唐突に現れた俺を見ても動じることなく、俺の姿をジロリと睥睨する。
というより、恐らく俺の存在はとっくに気が付いていたのだろう。
俺が隠密スキルを解除する前から、俺の方を向いていたからな。
――魔物どもを率いていた頭は、オーガだった。
腰巻のみを身に付けた、俺の二倍はあろうかという体躯。
身体中に数多の裂傷が走り、前頭部から生えている角は、片方が中程から欠けている。
それはもう、数多くの戦いを熟して来たのだろうということが窺えるような風貌だ。
武器は、俺の身長と同程度の棍棒。
木を無理やり削ったような無骨な造りだが、あれは殴られたら痛そうだ。
まあ、痛そうなだけだが。
種族:オーガ
クラス:鬼王
レベル:72
コイツが魔物達を率いていることは、マップと実際に空を飛んで見渡した時に確認していた。
他の魔物どもは、ゴブリンやオークなど、オーガより弱いとされている種が大半なようだからな。
確か、ゴブリンが有害級、オークとオーガが人災級だが、オークよりはオーガの方が格上だったはずだ。
つまりここにいるヤツらの中で最も強い種はオーガな訳だが、そのオーガの中で一番レベルが高いらしいコイツに、他のヤツらが従っているのはそうおかしなことじゃないだろう。
「ゲギャッギャッ!?」
「ゲグルルゥゥ!!」
周囲の魔物達が、突如現れた俺に向かって一気に殺気立つが、しかし親玉オーガがグ、と握った拳を頭の横に掲げると、すぐに騒ぎが収まる。
流石の統率力だ。
しっかり手綱を握ってやがる。
周囲を囲む味方で俺を殺る絶好の機会であるのにもかかわらず、配下達を嗾けて来ないのは、こちらの実力の程を見抜いているため、そんなことをしてもムダだと理解しているのだろう。
「なぁ、デカいの。何が目的でこんなところまで来たのか、何をされてここにいるのかは、まあ知らねぇ。もしかするとそっちにも、それなりの大義があるのかもしれないが……悪いな。タイミングが良くなかったと思うこった」
「…………」
俺の言葉を理解しているのかどうかはわからないが、しかし黙ってこちらを見下ろす、親玉オーガ。
「ま、俺もお前も、男だ。そして敵同士で、こうして対峙している。……これ以上、言葉は必要ないな?」
そう言って、エンを真っすぐ前に伸ばし、親玉オーガへと突き付けた俺に対し。
ソイツは、眼を閉じてしばし押し黙ったかと思うと――ニィ、と笑みを浮かべながら瞼を開き。
傍らの棍棒を握り締め、構える。
周囲の魔物どもに指示を出したのか、俺と親玉オーガの周りに、ポカリと空いた空間、特別リングが出来上がる。
「へへ……実はこういうの、憧れてたんだ。わかるだろ? お前もよ」
「グルルルァァッッ!!」
咆哮と共に棍棒を振り上げたオーガに対し、俺はニヤリと笑みを浮かべると、エンを横に大きく引いて構え――。
* * *
「――君、少し聞いてもいいか」
「!?レ、レイロー殿!?ど、どうして貴殿がここに!?」
「偶々この街に居合わせてな。それより今、戦況はどうなっている? ……この透明な壁はもしや、勇者殿の魔法か?」
領主館から出て来たレイローは、外壁の外にもう一枚張られた『壁』を見ながら、畏まるセンギュリアの指揮官の一人に、そう問い掛ける。
「ご、ご存知でしたか。えぇ、その通りです。戦闘が始まる前に、勇者殿と思しき少女がこの壁を張り、我々は外に出ることすら叶わず……」
その壁の向こうへと視線を送ったレイローの視界に映ったのは――勇者の少女が、襲い来る魔物達を一刀両断し、蹂躙している姿。
戦闘能力に差があり過ぎて、もはやどちらが襲っているのかわからないような状況だ。
「……ふむ、やはり私が心配するまでもなかったか。すまぬ、私が部外者なのは重々理解しているが、少しだけ報告を聞かせてもらえぬか?」
「い、いえ、貴殿に対し部外者など、とても!」
慌ててそう言ってから、指揮官の男は相変わらず畏まった様子で言葉を続けた。
「魔物どもの第一陣は、彼女の手によって完全に動きを止められました。第二陣は、ご覧の通りの有り様で、全く彼女の相手にもなっていません。……部下達もまたご覧の通りで、負傷者死亡者、共にゼロです」
外壁の上を見ると、警戒に当たっている兵士達が勇者の声を連呼し、熱に浮かされた様子で眼下の少女に野太い声援を送っている。
……彼女の魔法によって分断されてしまった今、きっと、彼らにとってあれがせめてもの援護なのだろう。
その兵士達の様子にフッと小さく笑ってから、レイローはもう一人、少女と共にいるはずの青年の姿が見当たらないことに気が付き、疑問の声を漏らす。
「……? 一つ聞きたいのだが、戦っているのは彼女だけか? もう一人、青年がいなかったか?」
「青年かどうかはわかりませんが、彼女と共に下に降りた従者らしい者なら一人おりましたが……確かに見当たりませんね」
指揮官の男の言葉に、レイローはしばし頭を働かせる。
――もしや、ネル殿の名声のために、こちらから見えぬ奥地で戦っているのか?
下に降りたということは、戦いに行ったということで間違いない。
にもかかわらず姿が見えないのならば、それはこちらに見えないような場所で戦っている、ということだ。
わざわざそんなことをする理由として考えられるのは、目立つのを防ぐ、という目的だろう。
自身は目立たず、そして勇者の少女のみをここに残すことで、民衆にその活躍を見せつけるのだ。
――彼に限って、逃げたなんてこともあり得ぬしな。
「……ふむ」
どこまで考えているのかはわからないが……ただこの行動から推測するに、恐らく彼は今回の危機を利用して、現在立場の悪い勇者の名声を、少しでも回復させようとしているのだろう。
実際、ここにいる兵士達はすでに、勇者の圧倒的な力を見て、心酔した様子を見せている。
そして彼女のこの活躍が、あらゆる酒場で語られ、吟遊詩人に謳われ、瞬く間に広がっていくのは想像に難くない。
本当にそう考えているのであれば、彼の試みは完全に成功したと言える。
全く……大したタマだ。
「レイロー殿、我々はどのように動くのがよろしいでしょうか」
「……私はここの指揮官ではないのだがな」
そう苦笑を溢してから彼レイローは、しかし淀みない口調で、指揮官の男へと言葉を続ける。
「ならば我々は、ここで万全の態勢を整えておくべきだろうな。今は彼女が圧倒しているとは言え、戦場は何があるかわからぬ。すぐに助けに入ることが可能な準備をしておく必要があるだろう」
そして、彼は「それに」と前置きをおいて、挑発的な笑みを口元に浮かべる。
「少女のみに戦を任せていては、戦士の名折れであろう? 彼女が強いのは確かだが、しかし雑魚は我らに任せても大丈夫と思ってもらえるよう、精強な部隊を下に送るのが良いのではないかな。壁を一部でも解除してもらえるかは、わからぬが」
「ッ! ハハハッ、仰る通りでありますな。えぇ、わかりました。我らもまた、戦士の端くれ! センギュリアの兵士がただのボンクラではないことを、魔物どもにも勇者殿にも、存分に見せつけてやりましょう!」
指揮官の男は精力に満ちた快活な笑い声を上げ、レイローに一礼すると、自身の部隊を整えるためか、その場をキビキビとした動きで去って行った。
その張り切った彼の様子に、しかし、一抹の不安を覚えるレイロー。
「……勢いで焚き付けてしまったが、失敗だったか……?」
……まあ、一人がただ圧倒的な力を見せるより、共に肩を並べて戦った方が、より仲間意識が芽生え、より親しまれる勇者となれるはずだろう。
「……今回の件が、上手く作用してくれることを願うばかりだな」
彼は、外壁の外で戦う勇者の少女を眺めながら、一人そう呟いた。




