勇者の帰還《3》
皆様、大事なご報告ががが。
ガタゴトと揺れる馬車。
車窓から外を覗くと、同じような青々とした草原がどこまでも広がり、延々と続く同じ景色に若干飽きが生じて来る。
窓の奥を覗き込むようにして前方を見ると、前にもう一台俺達の乗るものと同じ型の馬車があり、その馬車とこちらの馬車の周囲を囲む、武装した兵士達の姿もまた見受けられる。
そして、今度は車内へと視線を向けると――俺の対面に座る、酷く思い詰めた表情のネル。
領主のおっさんの話を聞いて以来、彼女はあんな感じだ。
少々場違いな感想ではあるが……憂いを帯びた表情を浮かべ、馬車の壁に頭をもたれかからせている彼女の様子は、まるで一枚の絵画のような、絵になる美しさがあった。
――この国と、彼女を取り巻く環境は現在、中々に複雑な状況にある。
まず、今回の一番核となるポイントが、以前に俺がその渦中へと飛び込んで行った、王子の内乱騒ぎ。
あの事件自体はすでに解決した訳だが……それからのことが、非常に面倒だったらしい。
魔族に操られていた王子の謀反に加担した者の首が、ダース単位で物理的に飛んだことにより、内政が一時的に不安定な状況に。
国王の必死の努力によってすぐに建て直しが図られ、中枢の人員が大きく一新された状態になったそうだが――その次に始まったのが、他国からの干渉である。
政情不安定を察した周辺国や潜在的敵国が、国境沿いで小競り合いを起こしたり、わざとらしい演習を行ったり、交易でいちゃもんを付けたりなど、あからさまな嫌がらせをし始めたのだそうだ。
まあ、この国は人間の国の中じゃ結構な大国だそうなので、それぐらいでどうこうはならないそうだが……それでも、揺らぎはする。
特に痛いのが、新しく中央の役人となった者達の、引き抜きやスパイ活動だそうだ。
賄賂を貰ってのスパイ行為や、その気はなくとも慣れていないがためにポロっと情報を漏らしてしまったり、色仕掛けに嵌まったり。
領主のおっさんが眠れていなかったのも、自分の治めるあの街と王都を行き来し、そういうもののフォローに走り回っていたからだとの話だ。
内乱騒ぎの後処理で、国内における政敵自体は相当に減ったそうだが……恐らくは終わりの見えないそのフォローに、あれだけ参ってしまったのだろう。
そして――ネルが関係するのは、ここからだ。
国が不安定になれば、比例して治安が悪くなる。
治安が悪くなると、人々は縋るものを欲するようになる。
窮屈な生活や、日々に対する不安を解消するために、心の拠り所を求めるのだ。
そうなった場合、この国の民衆が縋る対象とは――即ち「教会」と「勇者」である。
宗教はわかるだろう。
病気やケガで死ぬ確率が前世の現代よりも著しく高く、そして日々の生活が苦しく、満足に糧も得られずに生きていると、「せめて来世ぐらいは満足に生きられるよう……」と願って宗教に縋る訳だ。
では勇者の方はと言うと、それはこの国――というよりこっちの世界の人間において、勇者とは子供の頃に寝物語に聞かされる英雄だからだ。
ネルに以前、この世界の勇者譚を聞いたことがあるのだが、まあ要約すると「勇者様は人々を救い、導いてくれる英雄。その英雄がこの国には住んでいるから、何があっても安心」という感じだ。
そんな、縋られる対象であるネルは……しかし、国の政情が不安定になった頃、魔界遠征に出ていた。
国を守る存在であるはずの勇者が、国にいない状況だった訳だ。
まあ、ネルはただこの国にいなかっただけで、やっていることは国を守るための行為だったのだが……民衆とは、そんなことは知ったことではないのである。
別に、馬鹿にしている訳ではない。
だが、こういう時代の民衆は、馬鹿なのだ。
ネルがいないことに気が付いた彼らは、当然「何故いないんだ!」と勇者の教育をしている教会に詰め寄る。
魔界遠征は極秘作戦であり、そのことを喋る訳にはいかないので、民衆に「勇者に関しては問題ない。神と神の子のために彼女は今戦っている」と答えることになる。
実際、それは正しい訳なので、そのままで終わればただ噂に踊らされた民衆、ということで済むはずが……その後、ネルは本当に失踪してしまった。
俺のダンジョンで、一か月程暮らしていたためだ。
手紙は出していたが……それ一つで抑えられる影響など、たかが知れていたようだ。
行方がわからなくなってしまった、ということで教会も国の中枢も混乱に陥り、かなり右往左往していたらしい。
……わかりやすく例えるならば、国に一つしかない核兵器の所在が、わからなくなってしまった、という感じか。
彼女は兵器ではなく人間なので、勿論一か所にとどまり続けるなんてことはないし、勇者という職業柄危険と隣り合わせであるため、連絡が取れなくなる、なんてことも普通にあると思うのだが……時期が悪かった、というべきか。
さらに悪いことに、そのことを新人のアホ役人がポロっと溢してしまい、彼女の行方が本当にわからないということが民衆に知れ渡る結果となり、騒ぎは収まるどころかさらに加速することになる。
加えて彼女は、以前にも生死不明に――それも俺のダンジョンに来た時だが、行方がわからなくなった時がある。
その二度の生死不明のせいで、彼女の勇者としての実力が、疑われているのである。
彼女程ポテンシャルの高い人間など、他には見たことがないのだが、こういうのは実績が見られてしまう世界であり、何より普通の者はステータスを見ることが出来ない。
そんな様々な悪条件が重なることにより、現在王都では、無事なのかどうかもわからないネルの『勇者解任』を求め、騒ぎが起こっているのだそうだ。
偶然が重なり過ぎたというか、運が悪かったと言うべきか……ただ一つ言えることは、彼女が立たされている現在の状況は、俺にも多大な責任がある。
今回の件の何よりの原因が、俺が彼女をダンジョンに長く引き留め過ぎたことによるものだからだ。
「…………」
しばし、彼女の横顔を眺めながら、思案に耽る。
俺は……どうなのだろう。
彼女に、どうしてほしいのだろう。
――はっきりさせておこう。
最初はレフィに唆されたことだとは言え……俺は彼女のこともまた、好きだ。
もう彼女のことを離すつもりはないし、これからもずっと、我が家で共に生きていきたいと考えている。
ただ、そうすると、人間の国と深い繋がりのあるネルには、重い負担を強いることになるが……。
「……ネル」
「……ん、何、おにーさん?」
俺は、少しだけ何と言うべきか口ごもると――対面に座る彼女の身体を持ち上げ、自身の膝の上に乗せた。
彼女の温もりと、鼻孔をくすぐる香りが心地良い。
「わっ、お、おにーさん?」
「いやー、お前の身体は暖かくて気持ち良いな!」
「急に何さ!?」
ハハハ、と笑ってから俺は、言葉を続ける。
「な、ネル。お前はどうしたい?」
「……どうしたい、っていうのは、『勇者』をどうするか、っていうこと?」
「あぁ。お前は、どうしたい?」
「…………」
その俺の言葉に、彼女はキュッと口を閉じる。
「俺はさ……ネル、お前と一緒にいたい。俺だけじゃなく、ウチの面々も、同じことを思っているのは間違いない。ただ……お前は勇者だ。俺達と違うところに一つ、繋がりがある」
「……うん」
「お前は、何のために勇者でいるんだ?」
彼女は、しばし口を小さく開閉させてから、やがてポツポツと語り出す。
「僕は…………僕は、誰かの役に立ちたいって、そう思ったんだ」
「あぁ」
「僕が勇者になれば、僕を育ててくれたお母さんにも、楽をさせてあげられるかもって、思ったんだ」
「あぁ」
「でも、今の僕は、勇者であるよりもおにーさん達と一緒にいたくて、だけど少し前までは勇者として生きて行こうと思っていたのに、中途半端なことをしている自分が嫌で、そのせいで皆に迷惑を掛けちゃってるのが嫌で」
そう話す彼女の言葉に、涙声が混じり始める。
「いっつもいっつも、僕のやることは中途半端で、だからもう、僕もどうしたらいいのかわからなくて……ヒグッ、自分が、何をしたいのかもわからなくて……ウグッ」
まるで、必死に押し止めていたものが堰を切るようにして、彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出し始める。
「ウ、ウグッ、おにぃざん……」
勇者であり――一人の少女である彼女は、その表情を歪ませ、俺の肩に顔を埋める。
すすり泣き始めた彼女の頭を、俺はずっと、ずっと、撫で続けていた――。
この作品、「魔王になったので、ダンジョン造って人外娘とほのぼのする」、書籍化しました!
やったぜ……。
詳しくは、活動報告にて!
あ、それと、書籍化関連の話に関しては、恐らくツイッターの方が先に更新すると思いますので、この際にフォローしていただけると……ヘヘ。
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@Ryuyu_




