勇者の帰還《2》
それから、超特急リルで行けば二時間程で着いた距離を、ゆっくりだったため六時間程経った頃。
「――よし、見えたぞ」
俺達の前に現れる、幾度か訪れたことのある例の辺境の街――アルフィーロ。
相変わらず人の出入りが多いようで、昼を大分過ぎた現在も、街の外壁に設置された大扉で並んでいる列の様子が窺える。
ちなみに、リルでそのまま王都まで向かわず、この街に最初にやって来たのは、今回はそこまで急用じゃないからだ。
以前は、時間が無かったから見つかる危険を冒してでもリルで王都まで駆けて行った訳だからな。
なので、今回はネルと共にこの辺境の街から出ている馬車に乗り、ゆったりのんびり王都まで向かうつもりである。
ゆったり馬車旅だ。
気楽に行くとしよう。
俺は、街から少し離れた茂みでリルから降り、ネルに手を貸して降ろしてやると、リルの額の辺りをポンポンと撫でる。
「リル、ありがとな。帰りは、自分で帰るから大丈夫だ」
今では、ダンジョン帰還装置のネックレスなんて便利なシロモノがあるからな。
帰りは一瞬だ。
「どれくらいで帰るかは、ぶっちゃけまだわからん。ダンジョンの守りは、任せたぞ。何かあったらレフィに頼れ。――お前らもな、頼んだぜ」
「クゥ」
リルがこちらに一礼したのに合わせ、後ろの他のペット達もまた、揃って頭を垂れる。
その彼らに見送られ、俺とネルは、二人で正面扉へと向かった。
「ようこそ、アルフィーロの街へ――って、あ? 見たことのある顔だな」
ほぼ素通りに近い、スムーズに流れていく列に並び、そして俺達の番になると、門番の兵士がそう声を掛けて来る。
この兵士は……。
「……もしかして、以前にもここで門番してたおっさんか?」
「やっぱりその言い方は、いつかのクソガキか。随分久しぶりだな」
「へぇ……結構経ってるのに、ちゃんと顔を覚えてんのか」
「まあ、それが得意でこの仕事を割り振られてるからな」
そう言って、に、と笑みを浮かべる兵士のおっさん。
なるほど……記憶力がいいのか、このおっさんは。
素直にすげぇと感心してしまった。
「今日は……あぁ、そちらにおわすのも以前の聖騎士様か。あれ、もう一人ちっこいのがいたよな?」
「ホントによく覚えてるのな。アイツは、今回特に用事はないから、付いて来てないんだ。な、聖騎士様」
「え? あ、う、うん。そうだね。……そう言えば、僕、聖騎士だったね」
ボソッと後半、聞こえちゃいけない言葉が聞こえた気がしたが、俺は気にしないことにして兵士のおっさんへと言葉を続ける。
「それで、入っていいのか? 今回は、俺のちゃんとした身分証も見せられるぜ?」
「ハハ、そうかい。ならいいさ、精々楽しんでいってくれ」
愉快そうに笑うおっさんに、俺とネルは会釈してから門を――潜ろうとしたところで、再度呼び止められる。
「……? っ、ネル殿!!と、魔っ……!!」
――その声の聞こえて来た方向に俺とネルが顔を向けると、そこにいたのは、何度か見覚えのある兵士。
あの歴戦の戦士風の風貌は……確か、魔境の森に攻めて来た軍隊の、指揮官だった男だ。
門に設置された詰所らしい場所からちょうど出て来たところだったらしく、かなり驚いた表情を浮かべながら、慌てた様子でこちらに走り寄って来る。
何だ? 何をそんなに慌ててんだ?
「久しぶりだな、指揮官のおっさん」
「……貴殿らが何故一緒にいるのかはわからんが……ネル殿、不躾で済まないが、領主館まで至急来ていただけないだろうか?」
「? どうしたのですか? 何か、不味いことでも……?」
ネルの言葉に、指揮官のおっさんは苦虫を嚙み潰したような表情で言葉を続ける。
「……中央の方で、ゴタゴタが大分酷いことになっている。ネル殿が魔界遠征に行く前は、まだそこまでではなかったのだが……ネル殿自身のことについても、中央で議題が挙がっている」
「僕の議題?」
怪訝そうな表情を浮かべるネルに、彼はコクリと頷いた。
「あぁ。かなり面倒な話だ。――とにかく、一度領主館まで来て、領主様にお会いになっていただけないだろうか?」
「……おにーさん、いい?」
「お前に関することなら、嫌って言う訳がないさ」
「……ありがと、おにーさん。――なら、えっと……ガムディアさん、でしたよね? 案内、よろしくお願いします」
「助かる。では、付いて来てくれ」
* * *
そうして俺とネルが訪れたのは、俺にとって三度目となる、アルフィーロの街の領主館。
「っ、ネル殿! と、魔王!?何故貴殿がここに!?」
執務室らしい部屋で、書類に埋もれていた男――確か、レイローって名前のこの街の領主が、ここまで俺達を案内した先程の指揮官のおっさんとほぼ同じ反応を見せる。
なんか……以前より、さらにやつれている感じだな。
髪の後退も激しいし、眼の下の隈も酷いことになっている。
ちょっと、見ていて心配な感じだ。
「……おっさん、これやるよ」
「……? これは?」
俺がアイテムボックスから取り出した上級ポーションを受け取り、怪訝そうにこちらを見る領主のおっさん。
「栄養剤みたいなもんだ。それを飲めば、身体の不調はほぼ取れるから、倒れそうにでもなったら飲んでくれ」
まあ、ちょっと効果が強烈で、むしろ効き過ぎる可能性もあるが。
「……ありがたい。ここのところ、ほとんど眠れていなくてな……貴殿からこんなものを貰う程、今の私はやつれているか……」
と、自嘲気味にそう言ってから、気を取り直した様子で彼は言葉を続ける。
「それで、魔王、貴殿は何をしにここに? ネル殿はまだわかるが……」
「俺、ネルを娶ることにしたんだ」
「……は? な、何だって?」
「いや、俺ネルを娶ることにしてさ。でも、コイツ勇者だろ? だから、その辺りのことの話を付けようと思って、俺もこっちに来たんだ」
さも当たり前のように語る俺に、領主のおっさんは頭が痛そうな様子で眉間を指で揉む。
「…………ちょ、ちょっと待ってくれ。魔王が勇者を娶るだと? ど、どういうことになったら、そういう結果に……というか、そ、それは本当のことなのか?」
「……そ、その……そういうことです」
領主のおっさんに話を振られたネルが、俺の隣でちょっと頬を赤らめながら、コクリと小さく首を縦に振り、同意する。
こういう、小動物的仕草が可愛いヤツだ。
あざとい。
勇者あざとい。
完全に自然な動作と化している辺りがあざとい。可愛いから許す。
「…………まあいい、色々と、本当に色々と言いたいことはあるが、その辺りは私はもう知らん。好きなようにしてくれ」
「おう、そうするよ」
もう勝手にしてくれ、と言いたげな様子の彼に、笑ってそう答える。
「……そう事情ならば、まあ、貴殿にも関係のある話になるか。……とにかく、その話は聞かなかったことにしておく。今大事なのは、ネル殿の話だ」
「……僕のいない間に、何があったのでしょうか?」
恐る恐るとそう聞くネルに、厳しい顔付きを浮かべる領主のおっさん。
「まずは、この国の置かれている現状についてお話しよう――」
感想でお言葉をいただいて気が付いたのですが、この作品、10月1日で一年を迎えていました。
時が過ぎるのは早いものですねぇ……。