勇者の帰還《1》
――DPがまだちょっと心許ないため、最近日課と化している魔物狩りを終えてから真・玉座の間に戻った後。
晩飯の時間まで少しあるのでゆっくりしていると、ちょんちょんとネルが俺の肩を叩く。
「ね、おにーさん」
「あん? どうした?」
「僕、そろそろ一回、向こうに戻ろうかと思うんだ。前におにーさんと一緒に手紙は届けたけど、でもそろそろ顔を出さないと色んな人に迷惑掛けちゃいそうで」
「……あぁ、確かに、お前がこっちに来てから一か月以上は経ってるもんな」
この勇者の少女を誘惑して魔王の仲間入りをさせて以来、すでにそれだけの時間が過ぎている。
以前に一度、例の辺境の街にネルと一緒に入り込み、彼女の生存報告の手紙を出したのだが……確かに、そろそろ顔を出した方がいいだろう。
俺はもう、彼女がいなくなるのはちょっと耐えられないので、あの国「アーリシア王国」に彼女の身柄を渡してやるつもりは毛頭ないものの、勇者と言えばこちらの世界では「戦略兵器」に相当する。
こっちでは、一騎当千は比喩ではなく現実にあることなのだ。
俺にとっての勇者は、ただの「ゲームの主人公的存在」だが、国が思う彼女の価値はそんじょそこらの将校とは比べ物にならないぐらい高い。
ネルのために捜索隊が出される可能性もあるし……そろそろ彼女のことについて、けじめを付けた方がいいだろう。
「……よし、わかった。それじゃあ明日にでも、人間の街に行こう」
「え、あ、大丈夫だよ、おにーさん。僕が一人で行って来るから」
「いや、そろそろお前のことに関してもけじめを付けたい。その……俺はもう、お前を手放すつもりはないけど、でもお前は勇者だろ? だから、その辺りのことに関して話を付けたくてさ」
「……う、うん、わかった。なら、おにーさん……僕に付いて来てくれる?」
「おうよ。勿論だ」
ちょっと嬉しそうな顔をして、そう問い掛けて来るネルに、俺はニヤリと笑みを浮かべて頷いた。
「……あと、おにーさん。先に言っておくけど、前回みたいにリル君に乗って超特急で向かわなくていいからね。今回、全然そんな、急いでないから」
「え、そうか? でも、超特急リル、楽しいだろ」
「いや、それはおにーさんだけだから」
えぇ……超特急リル便、楽しいのになぁ。
* * *
翌日。
ダンジョンの面々に見送られた後、大分ゆっくりの速度のリルに乗って、森の中を進む俺とネル。
俺達の周囲には、我がダンジョンの中で比較的若いメンツであるペット達四匹、赤蛇のオロチ、鴉のヤタ、白猫のビャク、水玉のセイミがおり、時折リルが指示を出して近寄って来る魔物の排除を行わせている。
ペット四匹のステータスは相当に上がっており、それぞれ、
オロチ:lv83
ヤタ:lv72
ビャク:lv79
セイミ:lv71
となっていて、多少の得意不得意によって上下はあるが、同程度のステータスを有している。
オロチが突出してレベルが高いが、アイツは他の三匹と一緒に戦闘を行う時、メインアタッカーとして戦闘の中心を担う役をしているので、そうなっているのだろう。
うむうむ、これからもどんどん成長して、そしてどんどん魔物を狩ってくれたまえ。俺が楽するために。
君達には期待しているよ。
「――うーん、やっぱり気持ち良いね、リル君のモフモフは」
と、俺の前に座るネルが、そう言ってリルの身体を気分良さそうに撫でる。
「リルのモフモフは世界一のモフモフだからな。つまり最強のモフモフだ」
「何さ、それ」
こちらを振り返り、クスクスと笑うネル。
……ふと今思ったのだが、ウチのダンジョンの面々で、一番「少女」という言葉がピッタリ来るヤツって、コイツかもな。
最近は油断しまくりだが、やはり教会育ちなためか、一つ一つの挙動に楚々とした面が見られる。
「……なぁ、少し話は変わるんだが、俺『勇者』って軍人のようなもんだと思ってたんだけど、礼儀作法とかも教わったりしたのか?」
「え? うん、教わったよ。一応僕、これでもお偉いさんだから、国王様とか偉い人に会うことも多かったしね」
「へぇ……何かと面倒そうだな」
「実際面倒だったよ。……今思い出すと、身体を動かす訓練より、そっちの訓練の方が大変だったかも。場合場合によってのお辞儀の角度とか仕方とか、食事時のフォークやナイフの取る順番とか。それを全部覚えるのに、どれだけ掛かったことか……」
と、やたら遠い眼をして語る勇者の少女。
……言葉に凄い実感が籠ってたな。
「皆、どうしてるかなぁ……あ、そう言えばおにーさんの手紙、イリルちゃんにちゃんと届いたかな?」
「……そりゃ、届いたろうよ」
苦みの方が強い苦笑を浮かべ、そう答える。
以前にアーリシア王国の王女、イリルって幼女から貰った手紙の返事。
一応それも、ネルの安否報告の手紙を出す時に、一緒に出しておいたのだ。
内容は、確かあの子が、俺に会いに城を抜け出そうとした的なことを書いていたから、「あんまり、お父さんを困らせないで、仲良くしてあげてね」的な、当たり障りの無さそうなことを書いておいた。
あんまり、それらしいことを書いてしまうと、先がちょっと怖いので。
まあ、恐らくこのままネルについてあの国の王都まで行けば、もう一度会うことにはなりそうな気がするので、それで勘弁してもらおう。
「フフ、おにーさん、あの子のことを救ってあげたんだってね? 全く、おにーさんは女の子をその気にさせるのが上手いんだから。レフィに『たらし』って言われちゃう訳だよ」
「……別に、そういうつもりは全く無かったんだがな」
「そうだよねぇ、おにーさんは、たまたまで女の子を救っちゃうんだよねぇ」
そう、ニヤニヤしながらこちらを見るネル。
どうでもいいが、彼女のニヤニヤの表情は、慣れていないのか割とニコニコ顔気味になっていて、可愛い。
「何だ、含みのある言い方しやがって」
「ううん、ただ、僕もおにーさんに救われて、その気になっちゃったってだけ」
と、事も無げにそんなことを言う勇者の少女。
「……お前は意外と、小っ恥ずかしいことを言いやがるのな」
「……うん。僕も、自分で言っててちょっと恥ずかしいよ。きっと、おにーさんのが移っちゃったんだ」
「……俺、そんなにいつも、恥ずかしいことを言ってるか?」
「ちょくちょくね。おにーさん、こっちが赤面しちゃうことを、結構普通に言って来るからね? ……まあ、その……そういうところも、す、好きなんだけどさ……」
「…………そ、そうか」
「…………うん」
「…………」
「…………」
――空気がむず痒い!