閑話:シィの一日
シィは、ご機嫌だった。
「お? どうしたシィ。何だか機嫌が良さそうだな」
「うん! なんだカたのしくて、いいの!」
ユキの言葉に、シィはニコニコ顔でそう答えた。
「? そうかい、そりゃ良かったが」
不思議そうに首を傾げてから、しかし特に深く聞くこともなく、何かを作っているらしいユキは再度手元に視線を下ろした。
――別に、とりわけ何かをしているという訳ではない。
玉座の間では、いつもの光景が広がっているだけだ。
レイラとリュー、そしてネルが洗濯物を畳み、レフィがそれを手伝おうとしてあまり上手く行かず、「ぐぬぬ……」と唸っている。
現在ではもう、リューも大分慣れたもので、レフィに対し得意げな表情で畳み方を教えており、それを横で見守るレイラとネルが、生暖かい眼差しで二人のことを見ている様子が、ここからだとよくわかる。
エンは、ユキの隣でその工作の様子をボーっと眺め、そしてイルーナはレイラとリューの寝室でお昼寝だ。
イルーナは、少し前までシィとエン、そしてレイ、ルイ、ローの三人姉妹と共に草原エリアで遊んでいたが、スライムと剣とレイスという人外の幼女達であるのに対し、イルーナだけは普通の『ヒト種』であるため、体力も子供相当のものしかないのだ。
こうして午後も半ばを過ぎると、彼女がお昼寝に入ることはよくあり、それを見越してレイラが隣の部屋に布団を敷くのだ。
そんな、何の変哲も無い一日であるが……彼女は、この普通の一日が大好きであった。
「――よし、出来た!!」
と、突然ユキが声高に立ち上がり、作ったそれを、天に掲げてみせる。
彼は大体いつも、何かを作った時はテンションが高い。
きっと、『作る』という行為自体が楽しくて好きなのだろう。
「……主、それは?」
「これはな、エン! 『魔力式紙相撲』だ!!」
「……おぉ」
恐らくエンは、何のことだかわかっていないだろうが、ユキが言うのだからきっとすごいのだろうと、どことなく感嘆した様子でパチパチと拍手する。
「……また何か、くだらんものを作ったな、お主」
「フッ、そう言っていられるのも今の内だぜ!」
どうにかこうにか苦戦しながらも洗濯物を畳むのを終え、呆れた表情を浮かべるレフィに、ユキは自信満々の表情で作ったそれを絨毯の敷いていない平な床に置く。
「いいか、この台の上にな、この紙の駒を二つ置くんだ」
「何じゃ、その化け物みたいなのは」
「何を言う。どこからどう見てもリルだろ。この尻尾とか特にそうだ」
「……ん、ホントだ。リル」
「……すまん、儂には全くわからんのじゃが。……ネル、お主はどうじゃ」
「え、う、うーん……ぼ、僕もちょっとわかんないや。てっきりここの森の魔物かと……」
シィもあれは、一目見てリルだと思ったが、特に横から口を出すことはなく、皆の様子をニコニコしながら眺める。
「まあ、そんなことはどうでもいい。――それじゃあ、エン、こっちのここに、両手を置いてくれるか?」
「……ん」
と、ユキの言う通り、駒の下にある台の側面に、エンが両手を触れる。
「そんで、そっから魔力を流し込むんだ。こう、台の横から台の上に向かって魔力を流し込む感じでな」
無言でコクリと頷いてから、エンは魔力を操作し始め――と、皆が見ているその前で、誰も触っていない台の上の紙の駒がコトリと動く。
「……! 動いた!」
コトコトと、楽しそうに台上の駒を動かして遊び始めるエン。
「……それでお主、結局これは何なのじゃ」
「え? こうやって、横から魔力を流し込んで駒を動かす遊びだぞ」
「……それだけ?」
「それだけ」
「…………」
無言のレフィを気にした様子もなく、ユキはエンと反対側の台の側面に両手を当て、魔力を流し込んで台上の駒を自在に動かしながら、言葉を続ける。
「いやー、苦労したぜ。魔術回路の回路部分を応用して、横から流した魔力を台の上に持って来る仕掛けを中に仕込んでよ。んで、紙の方も魔力感応紙だったか? 流し込んだ魔力に反応して、ちょっとコツはいるが好きに動かすことが出来るんだ。どうよ、ただの紙相撲より、よっぽど自在な動きが出来るんだぜ? これで競技性が大幅アップだ!」
「……お主は頭が良いのか、それとも特大の阿呆なのか、ようわからん時があるな」
「フッ、俺の才能に驚き慄いたか? 俺も、ただ武器を作るだけが能ではないのだよ。――よし、エン、対戦だ! 自分の駒を魔力で動かして、相手の駒を台上から落とした方の勝ちな!」
「……負けない」
「さぁ行け、リル! お前のその実力を見せつけてやるのだ!」
「……こっちのリルの方が強い」
「フッフッフ、何を言う。俺は製作者だぞ。一番これの構造をわかっているのは俺。つまり、同じリルであれば俺のリルの方が――何っ!?直前で躱されただと!?」
「……甘い」
「まだまだこれからよ! この魔力式紙相撲の売りは、駒のトリッキーな動き! 俺のリルは、こんな動きも――ぬわぁ!?と、飛んだ!?」
「……甘い甘い」
――やがて、一分少々が経過した辺りで、片方の駒が、台上から外に落とされる。
「ま、まさか、初見の相手に負けるとは……!」
「……ぶい」
勝利者は、エン。
両膝と両腕を床に突くユキに対し、エンは勝利のVポーズ。
その二人の様子を見て、少し興味を惹かれたらしく、ネルが横から口を開く。
「へぇ……簡単な造りだけど、中々面白そうだね。ね、僕もちょっとやってみてもいいかな?」
「あぁ……いいぜ。敗者はただ、黙して場を立ち去るのみ」
「……主、出直して来るが良い」
「……おにーさんとエンちゃんって、そういうところ息ピッタリだよね」
苦笑を浮かべながらネルはユキと場所を代わり、彼女とエンで対戦を始める。
「――って、あ、あれ? あ、ちょ、ちょっと、そっちじゃないから!」
が、上手く駒を動かせないようで、ネルの操作する駒があらぬ方向を向き、ただその場でピョンピョンと跳ね始める。
「……弱い」
「あっ……倒されちゃった。これ、思っていた以上に難しいね。狙ったように上手く駒が動かないし……確かに、面白いかも」
「だろー?」
「……本当にそんなのが難しいのか?」
と、疑わしそうな様子で横から口を挟んだのは、レフィ。
「そう思うならば、お前も一度やってみることだな。ま、エンならともかく、お前じゃあ俺には勝てないだろうがなぁ?」
「ほう、言いおったな? 良かろう、それだけ大言を吐いて、恥を掻かぬことじゃ」
そうして、今度はエンとネルに代わり、レフィとユキが台の前を陣取る。
「やれ、リル! ヤツの駒を粉砕してやるのだ!!」
「フン、片腹痛いわ! リル、そんなもの返り討ちに――ぬわぁっ!?ちょ、待つのじゃ、何故反対を向く!?」
「フハハハ、バカめ、隙だらけだ!」
そのままユキが操作する駒は、まるで生きているかのように動いてレフィの操作する駒へと向かって行き、頭の部分で台の上から相手駒を突き落とす。
ユキの勝ちである。
「おやおやおやぁ? 甘く見ていた割には、随分と弱いですなぁ?」
ニタニタと、それはもう楽しそうな様子でレフィを煽るユキ。
彼は何かを作っている時も楽しそうだが、しかし銀髪の少女を挑発し、小馬鹿にする時も物凄く良い顔をするということを、シィは知っていた。
彼らはこのダンジョンにおいて一番の仲良しさんなので、シィもちょっと羨ましいなぁと思っている。
彼女の主は優しくて大好きだし、いつも笑ってシィ達を楽しませてくれるが、しかしやっぱり一番楽しそうなのは、あの少女といる時なのだ。
きっと、彼にとって彼女の存在は、この中で誰よりも大きいのだろう。
「ぐっ……い、今はまだ調整中じゃ! ちょ、ちょっと細々した魔力操作に慣れていないだけで……そうじゃ、儂は覇龍じゃからな! お主らより、元々ハンデがある訳じゃの!」
「バカめ。普段、アホみたいな超火力の魔法しか使わないからそういうところが雑になるのだ、お前は。確かにお前は最強だが、しかし我々のような一般人には、一般人なりの戦い方があるということを思い知ったか」
「一つ言っておくけど、おにーさんの魔力量は一般人とはかけ離れているからね? 一般人は、おにーさんみたいにバカスカ魔法を放って、平然となんかしていられないから」
「レフィに比べたら一般人だ」
そう会話を交わすネルとユキの横で、悔しそうにしながら駒を動かす練習をするレフィ。
「こ、此れしき、儂が少しその気になれば…………あっ」
――その瞬間、レフィの「あっ」と同時に、パァン、と彼女が操作する駒の頭が、弾け飛んだ。
「――って、あああリルの頭がっ!?おまっ、やめろよな!?お前が本気で魔力をぶち込みでもしたら、こんなもん余裕で壊れるっての!!」
「ほ、本気なぞ出しておらん。ただ……ちょっと力んでしまっただけで」
「お前の力みでリルの頭が消し飛んだんだけど!?」
「フ、フン、この駒が脆すぎるだけじゃ! お主も、くりえいてぃぶ魔王とか何とかを目指すのであれば、儂の使用にも耐え得るものを作るべきではないかの? この程度で、よく誇らしげな顔が出来るものじゃ」
「こ、壊したヤツがぬけぬけと……! ――いいだろう、そこまで言うならお前専用の駒を作ってやる!!来い、こっちだ!!」
「ぬっ!?な、何故儂も!?」
「当たり前だ、俺を焚き付けたのはお前なんだからな!!当然その実験には付き合ってもらう!!」
「し、しまった、変に刺激してしもうたか……」
そうして、ユキはレフィの首根っこを掴んで端の机の方まで連れて行くと、再び自らの世界に没頭していった。
彼らの様子にクスクスと笑ってから、ふとシィに気が付いたネルが、彼女へと声を掛ける。
「シィちゃん、見てるだけも暇だろうし、僕と代わるかい?」
「……シィも、やる?」
二人の言葉に、しかしシィは笑顔のまま、ふるふると首を横に振った。
「ううん、シィはみてる!」
「え、いいの? シィちゃん」
「うん、シィはみてるのスき!」
そう、彼女は、見ていることが好きだった。
皆がこうして、楽しそうにしている空間を見ているのが、大好きだった。
彼女にとって、自分が楽しいことをするよりは、人が楽しくしている様子を見ている方が、何だか自分も幸せな気がして、嬉しくて楽しくなってしまうのだ。
「そっか。それじゃあ……エンちゃん、もう一回勝負だ!」
「……じゃあ、エンが頭無い方でいい。ネル弱いから、ハンデ」
「あ、言ったなぁ! フフ、次は負けないからね?」
幼女達の遊び相手をしているつもりなのか、はたまた自分も楽しくなってしまったのか、そう言ってネルは、ユキ達がいなくなった台の前に再び座り込む。
――その後、イルーナがお昼寝から起き出し、遊びに参加しても、シィはニコニコとしたまま、ご機嫌な様子で皆のことを眺め続けた。