年頃になると家出をしたくなる
――ネルが我が家にやって来てから、少し落ち着いた、ある日。
「リューイン=ギロルさん」
「な、何すか、ご主人。改まって」
フルネームでの俺の呼び声に、少し気味悪そうな様子で返事を返す我が家のメイド、リュー。
「ちょっと、ここにお座りなさい」
正座してそう言い、俺は目の前をポンポンと叩いて彼女にこちらに来るように促す。
犬耳少女は、展開が読めず若干ビクつきながらも、拒むことはなく俺の前におずおずと正座で腰を下ろした。
「さて、リューイン=ギロルさん。私、あなたに聞きたいことがあります」
「な、何でしょうか、ご主人」
「あなた、私に隠していることがございませんか?」
「か、隠していることっすか?べ、別にそんなの、お皿を割ってしまったのを隠し――」
ハッとした顔を浮かべ、慌てて口を閉じるリュー。
……そっちに関しては、後でキッチリとレイラの方からお叱りを受けてもらいましょう。
「私が聞きたいのは、あなたの実家に関するお話です」
「ッ……!」
何の話をしようとしているのか、理解したのだろう。
息を呑んだリューに、俺は言葉を続ける。
「どうも聞いた限りだとあなた、今現在家出をしているそうですね?」
「レ、レイラっすか!?レイラから聞いたんすか!?」
「その通りですが、しかしあなた、こんな大事なこと、私に黙っていた訳ですか」
「え、う…………す、すみませんっす……」
ダラダラと冷や汗を掻きながら蚊の鳴くような声で謝る犬耳少女に、思わずハァ……とため息を吐き出すと、ビグッと肩を震わせる。
「……お前がウチにいたいと思っていてくれるのは、率直に言って嬉しい。だけど、お前、誘拐されてそのままウチに来ただろ?それはちょっと、マズいだろ。その辺り俺も、今まで気にしなかったのも悪かったけどよ」
今まで、我がダンジョンの面々の親族関連の話は、ほぼしてこなかった。
それは、まあその、俺達自体が家族のようなものだと思っていたし、親族が全員殺されたらしいイルーナを慮って、という面が大きかったのだが……少し、気にしなさ過ぎたか。
レイラなどは元々、一人旅をしている途中で人間に捕まったらしいので、こう言ってはアレだが、自己責任だ。
魔界王都で出会ったレイラの妹ちゃんにも無事だということを伝えたので、こちらはもう問題ない。
だが――家出途中で人間に捕まったとなると、流石に話は別だ。
仮に、イルーナが我が家を家出して、そのまま行方不明となったら、俺はどうするか?
それはもう、死に物狂いで捜索を開始するだろう。
なりふり構わず、道を阻む全てを滅ぼすつもりで、だ。
……それにどうやら、レイラから聞いた限りだと、リューはなんと、族長の娘とかって話だからな。
一番最初に思ったのは、「似合わねぇ」という大分失礼な感想だったのだが……まあ、そんな箱入り娘であったのなら、家事をする際に発揮されるあの天性の不器用さも、少しは理解出来るというものだ。
ただ、だとすると、なおさら今の状況は良くないだろう。
リューの親父さんである族長が、行方不明の娘を探すため、一族全てを率いて捜索に出て、誘拐した者に報復を、とかも考えるかもしれない。
そして、現在リューは我が家で働いているため、その報復の対象は俺になる可能性が高い。
こちらからすれば、リューが働きたいと言ったから置いている訳だが、向こうからすれば、そんなことはわからない訳だしな。
「ウッ……も、申し訳ないっす。その……実は、実家とあまり仲が良くなくてっすね……出来れば、もう帰りたくなくて……」
バツが悪そうな表情で、ポツポツとそう溢す少女に、俺は小さく息を吐き出す。
「……まあ、じゃあ、一緒にお前ん家まで行ってやるからよ。なんか色々と面倒そうになったら、無理にでも連れ帰ってやるから、とりあえず一回、実家帰れ」
「えっ……ほ、ホントっすか?一緒に来てくれるっすか?」
バッと顔を上げ、まるで救いを求める子犬のようにウルウルした表情でこちらを見るリューに、苦笑を浮かべて言葉を返す。
「あぁ。お前がウチからいなくなったら、寂しいからな」
「う、うぅ……ご、ご主人、ありがとうございますっす!そ、そんなにウチのことを大事に思ってくれていたなんて……!」
「だって、お前がいないとウチの面々で、ネタ要員がいなくなるし」
「ネタ要員!?」
「お前は天性の才能を持った、歩くネタの宝庫だからな。だから、お前がいなくなったら、俺、寂しいよ」
「爽やかな笑顔で、言うことが大分ゲスいっすね!?」
「ヒ、ヒドいっす!ウ、ウチの感動を返して欲しいっす!」とポカポカ肩を叩いて来るリューに、俺はハハハ、と笑い声を漏らした。
――そんなことを話していたのが、昨日のことである。
* * *
「……ん?」
ダンジョン領域で、我が家のペット達と共に狩りをしていると、その時ブン、と勝手に開く、マップ画面。
――例の如く、侵入者である。
すぐに確認すると……侵入者は、集団か。
「……げっ、これ……」
「どうしたの、おにーさん?」
思わず顔を顰めてしまった俺に、不思議そうな声色で問い掛けて来るのは、森の様子を見てみたいと一緒に付いて来ていた、ネル。
「いや……侵入者が来たみたいでな」
「侵入者?それって、ダンジョンの?」
「そういや言ったことなかったか。ウチのダンジョンに入り込んだヤツって、全員すぐにわかるようになってんだ。ダンジョンの機能でな」
「へぇ……あっ、それで僕が前にダンジョン来た時も、すぐにわかったのか」
「そういうことだ」
そんな会話を交わしながら俺は、マップに別枠を開き、ゴーレムの『イービル・アイ』が送って来る侵入者の映像へと、目を通す。
――俺がマップで確認した、侵入者の赤点群の正体は、人間ではなく、獣人。
その種族は――ウォーウルフ。
リューと同じ種族の、獣人族である。
もっと、我に時間を……!
執筆に割ける時間をくれ……!