一年
「――準備が出来たぞ、お主ら、戻って来い!」
そのまま旅館の方でネルと二人、のんびりしていると、城内部であればどこにでも行くことが出来る、空間を繋げることの出来る扉の方からレフィからの呼び声がようやく掛かる。
「お、ようやくか。それじゃあ、行こうか、ネル」
「うん、そうだね」
立ち上がって座布団を端に積み上げてから、俺とネルは並んで旅館を進む。
十数歩もしない内にその扉のあるところまでたどり着き、そして、扉の前で腕を組んで待っている、レフィ。
「む、来たか。では、目を瞑れ」
「へ?目?」
「そうじゃ。目を瞑っておれ」
「お、おう、わかった」
「ん、わかったよ」
言われた通りに目を閉じると、レフィが俺の手を掴んだようで、滑らかでひんやりとした感触が肌に伝う。
恐らくは俺の隣で、ネルも同じようにレフィと手を繋いでいることだろう。
そのまま彼女の誘導に従い、足元に注意しながら移動する。
やがて、「もう目を開けて良いぞ」と言われて開いた俺の視界に、まず映ったのは――山盛りの、豪華な料理の数々だった。
非常に香ばしい匂いが周囲に充満しており、すきっ腹を刺激する。
テーブルいっぱいに並べられている料理の数々を、最初にパッと見て俺が思ったのは、レイラが作ったのかという思いだったが……しかし、こう言ってはあれだが、盛り付けが少し雑だ。
レイラがやると、もはやそれだけで食欲が刺激される程に綺麗に盛り付けるため、見ればすぐにわかる。
これは、それに比べるとそこまで洗練されているとは言えないのだが、それでも一瞥すれば、食わせる者のことを考え、丁寧に盛り付けようとした意思を感じさせる。
そのテーブルの席には、我が家の者達が俺達以外すでに全員揃って座っており、幼女組がニコニコしながらこちらを見ている。
食いはしないだろうが、レイス三人娘も一緒だ。
「おぉ……美味しそう!」
「……この料理って、もしかして……」
「フフ、わかったか」
機嫌良さそうに腕を組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるレフィに、俺はまじまじと料理の方を見ながら、問い掛ける。
「……これ、レフィが作ったのか?」
「うむ。一部童女どもの手を借りたが、ほぼ全て儂が作った。どうじゃ?以前のくっきーと比べれば、幾分と儂も上達したものじゃろう?」
「……あぁ。すげえよ」
本当に……以前と比べると、雲泥の差だ。
率直に言って、彼女の料理の腕前は壊滅的という言葉がピッタリ来るようなものだったのだが、これはちゃんと料理として成り立っている。
というか、普通に美味そうである。
彼女の作る料理を一度経験したことのある者からすれば、これが如何に凄い成長であるか、ということがよくわかるはずだ。
恐らくは何度も何度も失敗して、それでもめげることなく、ただひたすらに練習を続けたのだろう。
「……もしかして、ダンジョンに残ったのは、これを作るために……?」
「うむ。そろそろお主と出会うて、一年が経とうとしておるからな」
……そうか。そうだな。
確かに、一年だ。
ここは季節が変わらず、外にはずっと同じ自然が広がっているためわかりにくいが……俺がこの世界に来て、そしてレフィと最初に出会ってから、もう一年が経つのだ。
「儂も、これだけ成長したのじゃということをお主に示してやろうと思っての。ま、いわゆる祝いという奴じゃ。……その、儂も家事はなるべく手伝うようにするから、これからも変わらずお主の嫁でっ――!?」
途中でレフィの健気さに堪らなくなってしまった俺は、思わず衝動のままに彼女の身体を抱き締め、その場をくるくると回りだす。
「くぅぅ、可愛い嫁さんだ!こんな最高の嫁さん、手放す訳ないだろう!!」
「あっ、ちょ、や、やめい!彼奴らが見ておるじゃろう!」
恥ずかしそうにかぁっと顔を赤くし、ぱしぱしと俺の腕を叩きながら嫁さんがそう言うが、俺は離さない。
これからも変わらず、とか言っているが、恐らく自分でネルに関しての話を勧めたくせに、実際にそういうことになって、少し不安に思ってしまったのだろう。
バカなヤツだ。そして可愛いヤツだ。
俺が、お前みたいな良い女を手放す訳が無いだろう。
魔王とは強欲の権化であり、手に入れたものは全て、絶対にその手から離さないのだ。
「わ、わかった、わかったから、とりあえず下ろせ!め、飯が冷めるじゃろう!」
「む!それはいかんな。人生の損失だ。レフィを抱き締めてくるくる回るのは、また後ですることにしよう」
「せんでよい!」
顔を真っ赤にする嫁さんが愛おし過ぎて名残惜しいが、せっかくの嫁さんの手料理が冷めてしまうのはもっと惜しいので、彼女を腕から下ろし、その身体を離す。
そして、そのままテーブルに向かおうとする俺とレフィだったが――その時、ネルが付いて来ていないことにふと気が付く。
「……む?何をしておる。お主も来い」
「えっと……いや、その、僕は、遠慮しておくよ。おにーさんとレフィが出会って、一年の祝いなんでしょ?だったら、その、僕は旅館の方にいるから――」
「何を言っておる、お主の歓迎の宴でもあるのじゃぞ?」
「――えっ?」
素の表情でそう聞き返す勇者の少女に、レフィはやれやれと言いたげな様子で肩を竦め、彼女を諭すように言葉を続ける。
「確かに、最初は此奴に食わせてやろうと思っていたのじゃがの」
そう言って、俺の胸をコンコンと叩くレフィ。
「けど、お主も、これからは儂らと共に過ごすことになるのだろう?ならば、一つ歓迎してやらねばなと思っての。ほれ、そんなところに突っ立ってないで、早くこっちに来い」
「そうだ、早くこっち来て一緒に食おうぜ!もう待ち切れん」
「……う、うん、わかった!」
嬉しそうに笑みを浮かべ、こちらに駆け寄って来るネルに、イルーナが声を掛ける。
「ネルおねえちゃんはこっち!イルーナとシィのとなり!」
「トなり!」
「フフ、わかった。ありがと」
「ネル、お箸の使い方は、大丈夫っすか?」
「うん、ちょっと慣れが必要だけど、使う分には問題なく使えるかな?」
「お、何だ?お前らいつの間にそんなに仲良くなっていたんだ?」
「うっす!ネルは妹分のようなものなので、ウチが色々と教えてあげることにしたっす!」
「前に勇者がどう、と怯えていたのに、よく言いますねー」
「ま、前はネルがどんな子かわかっていなかっただけっす!今は、とっても良い子だっていうことはよくわかってるっすから!」
「あ、ありがと、リュー」
「お主ら、喋っておらんで飯にするぞ。――ユキ、音頭を取るがよい」
「え、俺?」
「お主が纏めんでどうする。ここの主じゃろう」
「お、おう、わかった。……えー、グラスは持ったな?」
「持ったよ、おにいちゃん!レイちゃん達も、準備万端!」
「よし、それじゃあ――これまでの一年と、これからの一年。そして、新たなダンジョンの住人に、かんぱい!」
『かんぱい!』
ガヤガヤと騒がしい会話は、途切れることなく続く――。