閑話:王の部下のある少女
――深夜。
周囲の建物に埋もれるようにして存在している、まるで隠れ家のような建物の前。
「……ぜ、前方、扉前2、屋根上2です」
そこに、夜の帳に潜む三つの影があった。
一つは、完全に暗闇と同化するように。
一つは、気配という気配を遮断し、存在感を極限にまで薄くして。
一つは、二人の後ろで若干アワアワしながら。
「じゃ、上は私がやりましょうかねぇ。下の二人は、お願いしますねぇ」
「ハッ。――ヴィーシェ、下は俺がやるから、お前は周囲警戒をしておけよ?」
「りょ、了解です」
「……ヴィーシェ。いいか、落ち着け。お前は大丈夫だ。今までどれだけの訓練をお前がしてきたと思っている?そして仮に、お前が大丈夫じゃなくとも大丈夫だ。俺も、隊長もいる。だからそんな、緊張することはないぞ」
「うっ、ひ、ひどいですよぉ!」
小声で抗議する、影の一つの、ヴィーシェと呼ばれた少女。
「アッハッハ、まあ、あまり気負いせず行きましょう」
と、彼女の目の前で闇が一瞬揺らいだかと思うと同時、前方にある建物の屋根上にいた二つの人影が唐突に膝から崩れ落ち、動かなくなる。
その倒れた者達の背後には、いつの間にか別の人影が一つ、音もなくそこに立っていた。
そして、屋根裏への攻撃に合わせ、ヴィーシェの前にいたもう一つの影が俊敏に動き出し、建物の扉前に立っていた番の兵へと向かって攻撃を繰り出す。
「ギッ――」
「な、なんっ――」
一人目は、喉笛を掻き斬り。
二人目は、心臓を一突きにし。
何も反撃が出来ず、そのままその二人が地に崩れ落ちるのを攻撃を放った影が支え、音を立てないようにしてゆっくりと地面に下ろす。
「は、はえー……二人とも流石ですね……」
「ヴィーシェ、内部の敵はどうですかねぇ?」
屋根上に立っていたヴィーシェの仲間の一人が、トン、とそこから飛び降り、全くの無音で地面に着地してから、彼女にそう問い掛けた。
「は、はい、ちょっと待ってください」
そう言って、ヴィーシェはス、と目蓋を閉じ――そして、ギン、と見開き、建物の壁を凝視する。
「建物の中にいるのは……16です。私達の存在には気付いていませんが、万全の警戒態勢を敷いています」
「あぁ、まあ、ここのところ敵拠点の襲撃ばっかりしていますからねぇ。位置はどうですか?」
「位置は、入ってすぐの守衛所のようなところに3、そのまま真っすぐ進んだ部屋に4、二階の手前と奥の部屋にそれぞれ1ずつが寝ていて、地下に降りたすぐの部屋に4、その奥の部屋に3います」
「……結構数がいますね。隊長、どうします?」
「分散しているようなので、大丈夫でしょう。じゃ、私が突入してきますので、君はヴィーシェの護衛をお願いしますねぇ」
「護衛は構いませんが……隊長は大丈夫なので?」
「ま、これが仕事なのでねぇ。それじゃあ、ちょっと待っててくださいねぇ」
そう言い残して彼は、再び闇に溶け込むようにしてその場を消えて行った。
「……あ、相変わらずすごいですね、隊長の魔法」
「あぁ。王の右腕と言われるだけはあるお方だ。敵対すれば、知らぬ間に命を落とす……悪魔族のヤツらからすれば、悪夢そのものだろうな」
苦笑しながら、そう溢す護衛の男。
「……み、味方で良かったと思うばかりです」
「あぁ、ホントにな」
――そのまま、建物の前で周囲を警戒すること、数分。
ギィ、と扉の開く音に、ス、とヴィーシェの護衛として残っていた男がナイフを構えるが、中から出て来たのが彼らの仲間であることに気が付き、すぐに武器を下ろす。
「早かったですね、隊長」
「お、お疲れ様です、隊長」
「はい、どうも。まあ、所詮はチンピラの集まりでしたからねぇ。じゃ、やることも終わらせましたし、さっさと退散しますよぉ」
「あ、えっと、死体は――」
そうヴィーシェが言いかけたところで、隊長と呼ばれる男が血をダラダラと流して倒れる男の身体に手を触れる。
すると、その死体もまた、先程の本人のように闇に溶けるようにしてその場から消え去る。
「? 何か言いましたか、ヴィーシェ?」
「……あ、い、いえ、何でもないです」
「そうですか。では、帰りますよぉ、二人とも――」
* * *
「――フフ」
「? どうしたの、ヴィーシェ、ご機嫌ね」
そうヴィーシェに話し掛けるは、彼女の同僚である少女、ハロリア。
疲れた顔でベッドにごろんと転がり、首だけをヴィーシェの方向に向けている、
「えへへ、わかる?」
「そりゃあ、長い付き合いだしね。貴方の機嫌ぐらいわかるわよ。それで、どうしたの?」
「あのね!見て見て、これ!」
そう言ってヴィーシェは、同僚にその羊皮紙を見せる。
「……これは?」
「えっとね、王の協力者っていう、あの仮面のお方にサインもらっちゃったの!」
ヴィーシェは、魔界の王の手となり足となり動く、暗部の一人である。
彼女自身はそこまでステータスが高い訳ではなく、優れた技能を持っている訳ではないのだが、しかし一つだけ、彼女には人にはない特別な能力があった。
それは、固有スキル『千里眼』。
このスキルを発動すれば、全ての情報は丸裸となり、壁があろうが距離があろうが、また対象の持つ魔力やその強さの程度までも、彼女が見たいと思えば見ることが出来るようになる。
その能力を魔界の王に買われ、長く訓練を経てからつい最近実戦に移り、敵の本拠地の襲撃作戦などに参加するようになっている。
また、魔力を大量につぎ込んで本気になって探れば観客に混じり込んだ敵なども見分けることが可能であるため、現在行われている闘技大会において、彼女は大会運営スタッフの一人として潜り込んでいた。
そして――その闘技大会で彼女は、王の協力者として通知されている仮面の男に、思わず目を奪われてしまったのだ。
王が協力者として選んだだけはあり、その身に宿す力は、絶大。
試合においては、かなり派手な闘いを見せており、わざと攻撃を食らってからやり返してみたり、倒した相手の顔面を踏ん付けたり、観客自体を挑発したり、自らヒール役を演じているのだろうとわかるような試合ばかりを行っている。
そんな、ある意味で華のある闘い方をする彼に、あまり積極的な性格ではないのにもかかわらず、思わず試合の案内をする際「サインください!」と言ってしまう程に、ヴィーシェは熱狂してしまったのだ。
「あー……そう。良かったわね」
「うん!――ねね、ハロリアはあの王の協力者の付き人をしているんだよね!どんなお方なの?」
「あー……あのお方は、そうね……あんまり上手く言葉では言い表せないんだけど……ハチャメチャって言葉が一番しっくり来るかな」
「ハ、ハチャメチャ?」
怪訝そうに聞き返すヴィーシェに、ハロリアは寝転がったまま肩を竦めて答える。
「えぇ。やること為すこと型破りで、予想を裏切られるばかりだわ。……まあ、王が求めたのは、そういう否が応にも注目を集めちゃうような人材なのだろうけれど」
「はは……」
疲れた様子でそう話す友人に、ヴィーシェは曖昧な笑みを溢す。
確かに、試合の節々からも、その兆候は見て取れる。
恐らくは耳目を集める、という目的に即して行動しているのだろうが……それでもまあ、人より大分変っている、という点は否めないだろう。
「……でも、不思議なのは、彼の近くって何だか、ちょっと安心しちゃうような雰囲気が漂ってるのよね。やってることは全然安心出来ないんだけれど」
「あぁ、わかる!多分、魔力のせいだよ。あの仮面のお方、そういうオーラの魔力を纏っていらっしゃるから」
そう、『千里眼』のスキルで感じ取った彼の魔力は、そんな派手な闘い方に反して、どういう訳かあまり怖いとは感じられず、むしろもっと見ていたい、もっと感じていたいと思ってしまうような、暖かなものだったのだ。
千里眼は、その者の本質を暴く。
彼女自身が、あまり怖がらず彼の下へサインを貰いに行けたのも、その辺りが理由である。
「……なるほど、貴方がそう言うのなら、そうなのでしょうね。ま、いいわ。ヴィーシェ、明日も仕事が早いのでしょう?というか、私もだけど。ちょっとでも休める時に休んでおかないと、倒れるわよ。ただでさえ、仕事が多いんだから……」
「うん、それもそうね。それじゃ、おやすみなさい、ハロリア」
「おやすみ、ヴィーシェ」
――そして、ヴィーシェは、ロウソクの火を消した。
ユキの裏側はこんな感じ。
 





