閑話:レイラの妹《1》
そう言えばレイラとリューのステータスって、書いたことなかったですね。
大会初日の、夕方。
「さぁ、お祭りだぞ、お祭り!エン、やりたいものがあったら、何でも言ってくれていいからな!」
俺は、手を繋いで歩くエンにテンション高くそう話し掛ける。
今は金もあるから、遊びたい放題だ。
俺の金じゃなくて、魔界の王の金だけどな!
「……何でも?」
「あぁ、何でもだ!」
「……悩む」
むむむ、とちょっとだけ顰め面を浮かべ、周囲を見渡すエン。
そんな俺達の様子を、一歩引いたところから見ているレイラが、苦笑を浮かべて俺に言う。
「ユキ様、随分と楽しそうですねー?」
「あぁ、そりゃ勿論!何たってお祭りだぞ、お祭り。楽しまなきゃ損ってもんだ」
特に、エンはお祭りは初めてのはずだからな。
思う存分に楽しんでほしいのだ。
そう、エンのためにこうして祭りを回っている訳であり、決して俺が楽しみだから回っている訳じゃない。うん。そこを勘違いしてはいけない。
……皆を連れて来られなかったのが、少し悔やまれるな。
イルーナやシィ、レイス娘達にも、遊ばせてやりたかったところだ。
ピリピリした情勢と言っても、言う程大した危険は感じないし、レフィがいれば皆を連れて来ても全く問題なかったかもしれない。
少々過保護になり過ぎただろうか?いやいや、盗賊とか危険が無かった訳じゃないし、それは楽観が過ぎるってもんか。
安全であることに越したことはないしな。
……そういや、何でレフィは今回の魔界行き、断ったんだろうな。
タイミングが悪いとか言っていたけど、基本ウチでゴロゴロしているだけのアイツに、タイミングも何もないと思うのだが……。
「……ま、帰ってから聞くか。どうだエン、何か面白そうなもんあるか?」
「…………じゃあ、あれ」
「おう、アレか!……あー、ありゃ何だ、レイラ」
色々と見て、悩んだ末にエンが指差したのは、子供達がこぞって群がっている一つの屋台。
そこでは、ふよふよと光の玉みたいな的に、子供達が穴の開いた四角い箱を向け、そこから魔力の弾らしいものを発射して遊んでいる。
「あれは、幻影魔法で出現させた的を、一定量まで魔力の注ぎ込める魔導具を使って狙うゲームですねー。比較的低価格の魔導具で機材を揃えられるので、こういうところでは一つぐらいは屋台があるものですー」
なるほど、こっちの世界の射的みたいなもんか。
的も動くし、結構派手だし、むしろ前世よりこっちの射的の方が面白そうかもしれない。
異世界、侮れんな。
「よし!そんじゃあ、アレ、やってみるか」
「……ん!」
* * *
――そうして、エンとレイラを連れて王都の祭りを楽しんでいた、その時。
「――レ、レイラお姉様!?」
突如聞こえて来たその声に、俺達は三人揃って後ろを振り返った。
「や、やはりそのご尊顔はお姉様です!!ご無事でいらしたんですね!?」
声の発信源にいたのは、だぼだぼのローブを身に纏った、エンより多少大きいぐらいの、小学校高学年から中学入りたてぐらいの見た目をした羊角の少女。
顎が外れんばかりの驚きっぷりで、レイラのことを穴が開く程に凝視している。
「あら、エミュー。お久しぶりですねー」
と、いつもののほほんとした様子で返事を返すレイラ。
「何だ、知り合いか?お姉様とか言ってるけど」
「はいー。まあ、妹、のようなものですねー。前にいたところで、色々と教えてあげていた子ですー」
この言い方からすると、血の繋がりは無さそうだな。
なるほど、妹分のようなものなのだろう。
前のところと言うと、人間に捕まるより以前にいたって場所か。
そのまま少女、エミューは感極まった様子でトトト、とレイラの方に走り寄ろうとし――が、その途中で傍らにいる俺とエンの存在にようやく気が付いたらしく、ハッとした様子で動きを止める。
「!? お、お、お姉様!!い、い、いつの間に子供を作ったんです!?というか、何故に女中の恰好を!?」
恐らくはエンを見て、俺とレイラの子供とでも思ってしまったのだろう。
混乱した様子でそんなことを言う少女に俺は、あまり警戒させないようなるべく穏やかな口調で声を掛ける。
「あー、レイラの妹よ。とりあえず落ち着け――」
「お、お、お前ぇ!お、お姉様の貞操を奪い、メチャクチャに凌辱しただけにとどまらず、あろうことか女中の真似事をやらせているとは、何て男です!!」
「おい、お前の妹なんだかものすんごい勘違いしてるぞ」
「そのー……すみません、ユキ様ー。彼女はちょっと、想像力が豊かでしてー」
俺の言葉に、微苦笑を浮かべて答えるレイラ。
……想像力が豊かね、うん。
「し、しかもこの男……よく見たら迷宮の主、魔王です!?ど、ど、どうして魔王がこんなところに!?」
そう言ってズササ、と俺から距離を取り、こちらをさらに警戒するエミュー。
何と言うか、子猫みたいなヤツだな、このちびっ子。
「おう、よくわかったな。……そういやレイラ、お前も初めて会った時、俺が魔王だってすぐに気付いてたけど、他のヤツらに初見でバレたことないんだが?」
「私達の種族は、そういう分析することや『感じる』ことが得意なのですよー」
特に彼女に、特殊なスキルなどは無いのだが……まあ、確かにレイラはそういうの得意そうだしな。
同種族らしいこの少女もまた、恐らくは同じような特徴を有しているのだろう。
この様子からすると、分析能力は錆びついていそうだが。
「クッ、も、もしや、魔王の強大な力で為す術もなく手籠めにされ、組み伏せられ……そ、そしてあろうことか、毎日毎日嫌々ながらも身の回りの世話をさせられ、深夜ひどく疲弊したところをさらに寝床に連れ込まれ……お労しや、お姉様、そんなひどい目にあっていたとは……」
おい、ちょっと、どんどん妄想が激しくなっていってるんだけど。
どこの性犯罪者だ、それは。
「……失礼」
と、そう言って俺の前にズイと出るのは、エン。
「な、何です!?あなたは関係ないです!!」
「……こっちは、主」
そう言って、俺のことを指差し、
「……エン、レイラの子、違う。レイラは、友達」
次に、レイラを指差すエン。
「えっ……そ、そうなのです?お姉様とそこの魔王の子供じゃないんです?」
「……違う。それに、主はそんなひどいことしない」
腕を組み、フンス、といった様子で頷くエン。
表情にあまり差異がないのが、ちょっと可愛い。
「し、しかし魔王ですよ?頭が悪く、欲望に忠実で、阿呆な連中ですよ?知性など欠片も存在しないあいつらが、レイラお姉様の美貌を前に、理性を保っていられることなどとてもとても……」
……まあ、確かにレイラは美少女だし、俺が欲望に忠実である、ってのは合ってるな。
もし手を出しでもしたら、レフィに消し炭にされた後で回復魔法を使われ、そして八つ裂きにされてから魔境の森の奥地に埋められてしまうので絶対にそんなことはしないが、仮に知り合いでも何でもなく街ですれ違ったら、確実に二度見してしまうだろう。
我がダンジョンの住人たちは、皆アイドル顔負けなのだ。マジで。
ウチのヤツらだけでユニットを組んだりしたら、百戦百勝じゃないだろうか。
かくして、魔王はPとなり、ダンジョンの住人達を最強のアイドルに育て上げるための、長き闘争の日々が始まるのだった……。
「……むぅ、主は、そんなんじゃない」
「えぇ、失礼ですよ、エミュー。ユキ様は、御恩のあるお方なのですー。それ故に、お供をさせていただいているのですよー?」
「お、お姉様まで!?」
と、俺の妄想の傍らで、強く窘めるように言うレイラに、愕然とした様子で驚くエミュー。
なんかこの子、エンとは逆に表情豊かで面白いな。
「……そ、そうだったのですか。お、思わず魔王に悪いことされたのかと……それは、失礼したです。ごめんなさいです」
そう言って、エミューはペコリと素直に頭を下げた。
おう、素直な子は嫌いじゃないぜ。
「ま、気にすんな、ちびっ子。それだけレイラが心配だったんだろうしな」
「はい、ご迷惑を――ちびっ子?ちびっ子と言ったです、この男!?クッ、やはり魔王は魔王!!知性を有する生物の敵!!ウチはちびっ子じゃない、まだ成長途中であるだけです!!いつかはレイラお姉様のような、ボンキュッボンのナイスバディな女になるはずです!!」
「……む。主の敵は、エンの敵」
「いいです!!相手になってやるです!!魔王に与する者は、全部敵です!!」
フシャー!と警戒するエミューに、むむむ、と無刀だが構えを取るエン。
そんな彼女らに、俺は苦笑混じりの笑みを浮かべながら、言葉を掛けた。
「あー……とりあえず、そろそろ晩飯の時間だし、飯にしないか?」




