しばしの別れ
「では……勇者殿は、今」
そう問い掛けて来る執事服の老人に、こくりと頷く。
「あぁ。ちょっと戦闘に巻き込んじまいそうだったから、俺の家に避難させてもらった。悪いな」
「いえ……彼女の安全が一番です故。貴殿の家は、この近くに?」
「あー、いや、そうじゃないんだ。安全なところであるのは保障するけど、でもこの近くじゃない。むしろ遠いな」
「……つまり、何か時空魔法のようなものを使用された、と?」
「まあ、そんなもんだと思ってくれ」
肩を竦め、そう答える。
――ここは、以前も一度来たことのある、例の酒場だ。
客入りの時間帯とは微妙にずれているためか、周囲に俺と剣聖のじーさん、それとレイラにエン以外に客はほとんどおらず、少し閑散としている。
あの後、悪魔族のクソ頭領は闘技大会から姿を消し、そして俺は失格措置となり、大会を追い出されるハメとなった。
まあ、自分で言うのもアレだが、そらそうなるわな。偉い人に喧嘩売った訳だし。
きっと今頃闘技大会じゃ、決勝戦でもやっているのではなかろうか。
……今冷静に考えると、あの場で殺してやるのは、少々無理があるか。
どちらにしろ、魔法が使えなかった以上、待っていたのは恐らく泥沼の長期戦だ。
そうなれば、どこかのタイミングで邪魔が入ったのは間違いない。
予選で使用した『王者の威圧』は、自分ではなく相手の魔力に干渉するスキルなので、魔法無効化状態であってもあるいは、と思わなくもないが……いや、無理か。
あれは、自分の魔力を相手にぶつけて相手の魔力に干渉する訳だからな。
やはり、使用出来なかっただろう。
……何だかもう少しやりようがあったような気もしなくもないが、まあいい、ステータスの見えないあの野郎の、大体の能力が推し量れただけ良しとしておこう。
「……そうですか。本当に、貴殿がいて助かりました。私は、彼女が苦しんでいたのに、全く力になることが出来ず……」
「いや、しょうがない。タイミングが悪かっただけさ」
眉根にシワを浮かべ、悔恨の感じさせる表情で呟く執事服のじーさんに、俺は苦笑を浮かべてそう言葉を返す。
そう、タイミングが悪かった。
このじーさんはどうも、俺と同じくこの闘技大会で目立つことを第一優先とし、行動していたらしい。
自分が、人間の自分が闘技大会で目立っている間に、裏で勇者一行が協力者の獲得に邁進すると。
ただ、途中で俺と対戦がマッチングしてしまった上に、ネル達の方でトラブルが発生してしまったため、あまり上手く事が進まなかったようだ。
ネル達に起こったトラブルについては、俺は当事者じゃないのでそこまで詳しくはわからんが、色々ご教授してくれた黒尽くめの野郎の話によると、偶々だったらしい。
どうも勇者がそこにいるとはヤツらも知らなかったらしく、黒尽くめどもは内通者から反乱の準備が整ったから、ということで翼人族の集落を襲いに行ったそうなのだが……そこで待っていたのはネル達の頑強な抵抗。
ヤツらからしても、青天の霹靂のような事態だったみたいだ。
その、翼人族を襲った理由としては、従わぬ強大な力があるのならば、敵に味方する前に潰してしまえ、という予防線的考えから。
内通者も得て、翼人族の内部に自分達の勢力に従う分派も作れたところで、ある程度殲滅したらソイツらに統治を任せるつもりだったようだが……まあ、その結果は大失敗だった訳だ。
翼人族の勢力の力を削る、という意味では上手くいったが、ネルに散々味方をボコボコにされ、しかも最後に俺に殲滅されたので、非常に割に合わない結果である。
ちなみに生き残った翼人族の彼らはというと、今は魔界の王の保護下にあり、完全に反悪魔族派の勢力として転換している。
翼人族のヤツら、パッと見た限りだと基礎ステータスがかなり高かったので、きっとあの王は嬉々として彼らのことをこき使う――もとい、協力を要請することだろう。
「アンタらは、この後どうするんだ?」
「そうですな……二人程、ずっと潜ってもらっている彼らと私はこのまま魔界に残ることになりましたが、メキナ殿とロニア殿には、一度本国に報告へ戻ってもらうことになりました。恐らく、すでに帰路についているでしょう。貴殿に、感謝をとおっしゃっていましたよ」
へぇ、他にもまだ別に仲間がいたのか。
「そうかい。会ったらよろしく言っといてくれ」
「フフ、伝えておきましょう。――ユキ殿。この度のご助力、本当に感謝致す。この老骨の命、貴殿のためであれば存分に捧げさせていただく」
好々爺然とした表情から一転し、真摯な表情を浮かべ、ペコリと頭を下げる老執事。
「よしてくれ。俺が俺のためにやったことだ。そのことにアンタは関係ないさ」
「それでも、です。私が守るべきものを貴殿が守ってくれたのだ。ならば、それ相応の礼はせねばけじめが付きますまい」
あくまでもそう主張するじーさんに、俺はしばし黙考してから、やがて徐に口を開いた。
「……ならじーさん。今度、暇が出来た時にでも、俺に剣を教えてくれねーか?」
「剣を、ですか?」
「俺、どうにも不器用でさ。器用値は高いんだが、いつまで経っても剣が上手くならないんだよなぁ。もう俺達は帰っちまうけど、まあじーさんがネルの仲間である以上、また会う機会もあるだろうしさ」
「……ふむ、まあ、ステータスの値は、あくまで目安ですからな。個々人の得意不得意でその辺りの数値の意味は変動します故。わかりました、この老骨で良ければ、貴殿に技を授けましょう」
「あぁ、助かるよ。俺も、もっとこの子が上手く扱えるようになりたいしな」
そう言って俺は、膝上ではむはむと必死に肉を頬張るエンの頭を撫でる。
「……今見ても驚きですな。そのお嬢様が、貴殿の使用するその武器の化身であるとは……」
「……?……一切れなら、いい」
と、目の前のじーさんが自分を見ていることに気が付いたエンが、何を勘違いしたのか、そう言って切り分けた肉の一つを彼に向かって差し出す。
「フフ、いえ、お気になさらず。それは、貴方が食べてしまいなさい」
「エンちゃん、ちょっとはしたないですよー」
「……ん」
レイラに窘められ、伸ばしたフォークを大人しく自身の口に持っていくエン。
その様子を、老執事は微笑ましそうに笑みを浮かべて眺めていた。
* * *
――所変わり、魔界の首都、レージギヘッグにある、王城の玉座の間。
「悪いな、勝手にやって、しかも失格になっちまって」
「いやいや、全く気にしないでいいよ。君が色々と動いてくれたおかげで、僕も大分やりやすくなってね。これで、心置きなく動くことが出来る。君は、協力者として最大限に活躍してくれたよ」
腹黒さの垣間見える笑みを浮かべ、そう言う魔界の王に、俺は苦笑を溢す。
コイツはコイツで、やっぱり色々と暗躍していたようだ。
敵のアジトを潰したりだとか、寝返り工作を行ったりだとか、内部分裂を引き起こさせたりとか。
悪魔族は、自分が悪魔族だと主張すればその瞬間からヤツらの一員となれるので、内部に潜入するのが容易く、そうやって工作するのも大して難しいことではないそうだ。
この非常に頭の良いらしい腹黒がそう思っているだけで、実際どれだけ簡単なのか、というのはわかったもんじゃないがな。
まあ、なので、闘技大会で敵の目が俺の排除に向いている間に、それはもう好き勝手にやりまくった、という話だ。
まだまだ勢力劣勢は否めないが、大分芽は蒔けたと嬉々として語っていた。
「って、そういや今思い出したけど、例の人間の剣聖のじーさん、メッチャ強かったじゃねーか!あんな強いのがいるとは、聞いてなかったぞ!」
「え?でも余裕で勝てたでしょ?特にまともにダメージを食らっていたようには見えなかったけど」
いや、まあそうだけどさ。
あれを強者と言わずに誰を強者と呼ぶんだ。
「まあ、確かに彼があそこまでやれるとは僕も予想外だったね。人間は、やっぱり侮れない子達だ」
「そう思うんなら一言ぐらいは警告しておいてくれ。大分ビビったぞ」
「フフ、ごめんごめん」
何が面白いのか、ころころと笑いながら魔界の王はそう言った。
「――それで、見送りはホントにいいの?」
「あぁ。帰りは一瞬で帰れるからな。すまん、こんな中途半端なところで。報酬も貰っちまったし」
「君は十二分に働いてくれたから、その正当な報酬さ。というか、元々今回は、君には闘技大会に出てもらうだけのつもりだったしね。それに……また、来るんだろう?」
「おう。こんな結果じゃ、俺も気が晴れないからな」
あのクソ赤毛は、まごうことなき俺の敵だ。
今回は、ちょっと長居し過ぎてダンジョンの方が心配なので、一度帰るが……決着は、付ける。
「だったらその時にも、出来ることなら仕事を頼みたいからね。こうしていっぱい報酬をあげておいたら、また僕に協力してくれる気にもなるだろう?」
「ハッ、この腹黒め」
ニヤリと笑みを浮かべて言った俺に、肩を竦めて、同じようにニヤリと笑みを浮かべる魔界の王。
「智謀と言って欲しいな。――それじゃあ、ユキ君と彼女達、また会おうね」
「あぁ、またな。――ハロリアも、世話になった」
「ご歓待の程、感謝致しますー。ハロリア、あなたも元気で頑張りなさいねー?」
「……ばいばい」
「この身がお役に立てたようで、何よりでございます。ユキ殿、エン殿、レイ……うぅ、レイラ様ぁ」
若干泣きそうになりながら言葉を放つフードちゃんに、俺達は笑いながら、城を後にした。
回収できなかった伏線とかを回収してから、次章に入ります。




