対峙《2》
――あぁ、良かった。降りて来るか。
ドスゥン、と軽い地響きを起こし、ヤツはそのままこちらへと向かって悠然と進み始め――そして、爆発。
激しい爆風の後、一気に周囲一帯に煙が立ち昇る。
一々うるさい観客席から上がる、悲鳴混じりのどよめき。
起爆したのは、魔力地雷だ。
あのクソ野郎が下りて来る前に、先程仕掛けておいた。
「……このような小細工、効きはせぬぞ?」
だが、やがて少しずつ晴れていくその煙の向こう側から、何事も無かったかのようなムカつく澄まし顔で現れる、赤毛頭。
ちょっとぐらいはダメージを食らわせられるかと思ったが……無傷だな。
服が汚れたぐらいだ。
チッ、魔力地雷は以前の試合で一度見せてしまっているし……流石にそう上手くはいかねーか。
「バカが。挨拶代わりだ。そんなこともわからねぇのか?」
「フン、噛み付きよる。狂犬のようなヤツだな。全く、フィナルの奴め、ロクに手下の躾も出来とらんようだ。俺の部下どもも、仮面、貴様が潰してくれたようだしな?」
何だ、もうバレてんのか。
ヤツらは、全員……まあ、大地の肥料として転生してもらったつもりだったんだが、どこかに生き残りがいるのを見逃したか。
それとも、俺が去った後でコイツの部下がヤツらの死体でも見つけ、俺がやったと結びつける何かの証拠でも見つけたか?
まあ、どうでもいい。
元より、俺がやったことを隠すつもりもない。
「あぁ。テメェの部下は、実によくペラペラと喋ってくれたさ。誰が何のつもりで翼人族の集落を襲い、これから先をどうするつもりなのかも、な」
そう、仮面の下で俺は、ひどく嘲るような表情を浮かべながらエンを鞘から抜き放ち、その刀身を露わにする。
実際のところ、あの敵指揮官と思しき男の口はなかなかに固かったのだが、流石に二度目の悪夢は見たくなかったらしい。
二本目の『ナイトメア』の組み込まれた短剣を取り出したら、すぐに口を開き、色々と俺にご教授してくれた。
その後は彼もまた、土の一部として生まれ変わってもらいました。
赤毛頭は、俺の言葉が不快だったのか、ピク、と頬を反応させる。
「お、何だ?その鉄面皮みてぇなツラが歪んでるぞ。そんなに情報が漏れたことが気に障ったか?だったらもっと、部下の人選に気を遣うんだな、このマヌケ」
「……ご忠告感謝しよう、だが――ッ!!」
ヤツが何かを言いかけると同時、俺は全く無視してその懐へと飛び込んで行き、エンを上段から振り下ろす。
赤毛頭は一瞬だけ面食らうも、その巨体に見合わぬ俊敏な動作で攻撃を躱し、そこから大きく飛び退って、再び俺と正面から対峙する。
「……貴様は、人の話もまともに聞けぬのか?」
若干顔面に青筋を浮かべ、ス、と目尻を鋭くさせながらも、未だ冷静さを保った様子でそう言葉を放つ赤毛野郎。
「悪いな、俺は自己中心的な男なんだ。そこまでお上品には生きてねぇ」
それに、小学校でも、人の嫌がることは率先してやりましょうって教えられるだろう?
「……全く、貴様も、フィナルも、どこまでも不愉快な者共め。いいだろう、そうまで俺と戦いたいのであれば、相手をしてやる」
獰猛な笑みを浮かべ、そう言い放った赤毛頭は、突如グン、と腕を横に伸ばし、掌を開く。
と、その中心付近に多大な魔力が集中し、それがどんどんと一つの形を成していき――。
――やがて、一本の大剣が姿を現す。
人一人分はあろうかという程にデカい刀身は闇のように黒く、そこに血管のような赤黒い紋様が走り、かなり禍々しいナリをしている。
形状としては、俺が以前使用していた大剣、『破塞』に近しいだろうが……認めるのは癪だが、これは恐らく、破塞より相当に性能が良いだろう。
それに、あの大剣――。
「……呪いの魔剣か」
名:トートゥンド・ルーイン
種族:魔剣
品質:測定不能
攻撃:1644
耐久:1330
保有魔力:2428
固有スキル:念話、???、???
スキル:自己修復lv6、???、???、???
称号:インテリジェンス・ウェポン、死をもたらすモノ、破滅をもたらすモノ、???
トートゥンド・ルーイン:死と破滅をもたらす、災厄の剣。そこに希望は存在せず、絶望だけが鎮座する。これを手にした者は、二度と現世にて安息を得ることはなく、生を戦乱と共に歩むこととなる。装備者のステータスを著しく上昇させるが、代わりに所有者を多大な狂気に陥れる。
ヤツの持つ大剣から発せられる、昔のエンが放っていたのと同じような、この禍々しい魔力。
やはり、呪いの魔剣。それも、特大級にヤバそうなヤツだ。
能力的には……チッ、エンよりヤツのあの大剣の方がかなり高い。
スキルや称号も、何故かまともに見ることが出来ないが、武器の詳細やその能力値からして、ヤバいものが一式揃っていそうだ。
そんなとてつもない性能をしているあの大剣だが……それを握っているヤツが、正気を失っているような様子は見られない。
つまり、その力を捻じ伏せ、自分の方が主であると認めさせ、完全に支配下に置いているのだろう。
赤毛頭は掌に出現した大剣の柄を片手だけで掴むと、俺の言葉にニヤリと笑みを浮かべ、構えを取る。
「ほう、よくわかったな。コイツには、意思があってな。今も、血をよこせ血をよこせとうるさくて、とても敵わぬわッ!!」
「ッ!!」
言葉尻と共に、鋭い踏み込み。
瞬きする間に一気に距離を詰め、赤毛野郎は横合いから空を斬り裂くような勢いで大剣を放つ。
俺もまた、前に踏み込み、ヤツの大剣の軌道に合わせエンを思い切り振り抜き、迎撃する。
やがて、ぶつかり合う力と力。
まるで爆発でも起こったかの如く鳴り響く、甲高い剣戟。
トラックとでも正面衝突したのかというような衝撃が腕を伝わり、全身を伝わり、踏み込んだ足先からステージの床へと流れていく。
そのあまりの力の大きさに、周囲を激しい風圧が吹き荒び、俺の服とヤツの服を荒くはためかせる。
そして――両方同時に、弾かれた。
――コイツ、俺と力で張り合いやがった!?
クソ龍をぶち殺し、今のステータスとなってから、俺と同等、もしくは俺より力の強い者など、魔境の森に棲息する魔物かレフィぐらいしかいなかった。
確かに、俺のステータスの中で、『筋力』の数値はそこまで高くはない。
高くはないが、今まで見て来た他人のステータスからして、低くもないはずなのだ。
別に、自分の実力が、とりわけ優れているなどと自惚れちゃいないが……それでも、こうして真っ向からの力の張り合いで、互角になるとは全く考えていなかった。
剣聖のじーさんですら、正面からは絶対に俺とぶつかり合おうとしなかったのに、だ。
武器である程度能力値が上昇しているのだとしても、コイツ自身も、恐らくとんでもねぇステータスしてやがるな。
「俺と力で張り合うか!!大したヤツだな、仮面!!」
向こうもまた、同じように思ったらしい。
そう言いながらも、弾かれた格好のままその場をグルンと回転し、斜め上から振り下ろすようにしてさらなる斬撃を叩き込んで来る。
遠心力の乗った、岩すら叩き割れそうなその攻撃を、普通であれば避けるべきなのだろうが……しかし俺は、その場を逃げない。
何となく、コイツの攻撃を避けるのは……癪だ。
ドシリと腰を下ろしてその場を踏み止まると、弾かれて後ろに流れたエンを引き絞り、一刀に全ての力を乗せんばかりの勢いで、下段から上段に向かって斬撃を放つ。
――再びぶつかり合う、二つの力。
今度もまた同時に弾かれるが、それでもなお、俺も、ヤツも、互いに引きはしない。
何度も何度も愚直なまでに正面から打ち合い、斬り合い、ぶつかり合う。
きっと、俺もあの野郎も、考えていることは一緒だろう。
俺達はステージの中心で、観客の怒声にも似た歓声を浴びながら、その力で以て相手を叩き潰さんとただただがむしゃらに、意地のぶつけ合いを繰り返す。
その最中、どうにか状況を打破するため、幾度か魔法を発動させようとしているのだが……どういう訳か、それが発動しない。
魔力を練り上げ、魔法を構築しようとした瞬間、その全てが霧消してしまう。
……これは、ヤツの能力か?
恐らく、俺の分析スキルが使えないのも同じ理由だろう。
魔力地雷も、発動こそしたもののダメージを与えられてなかったしな。
じゃあ、何故アイツの武器には分析が通ったのかが謎だが……チッ、考えてもわかりそうに無いな。
「使えないだろ?魔法」
ニヤァ、と笑みを浮かべ、そう言葉を放つクソ赤毛に、俺は「ハッ」と嘲るように吐き捨てる。
「テメェなんざ、魔法がなくとも倒してやるよッ!!」
こうなっては仕方がない。
どちらにしろ、向こうにとって非常に都合の良い状況であるにもかかわらず、ヤツも魔法を一切使っていないことに鑑みるに、恐らくこの魔法無効化には制限があるのだろう。
条件に、そう差はない。
であれば後は、やれるだけ、やるだけだ。
「オラァッ!!」
「ヌゥンッ!!」
俺の放った渾身の一撃と、ヤツの放った渾身の一撃が衝突する瞬間、俺は少し前に戦った剣聖のじーさんが行っていた技を思い出し、少しだけ激突のポイントを意図的にずらして、赤毛頭の大剣を滑らせる。
「ぬっ――」
「食らえボケッ!!」
ヤツが若干体勢を崩した隙を見逃さず、俺は片手をエンから放して拳を握り、赤毛頭の頬を狙って正拳を繰り出す。
その俺の拳は見事狙ったところに飛んで行き、殴られた赤毛頭が地面をズササ、と擦りながら後ろへ大きく下がり、倒れはしなかったものの、そこに間合いが開く。
「よし!!――エン、平気か!?」
『……大丈夫。負けない』
大分アイツの大剣と打ち合ったので、少々心配でそう問い掛けるも、珍しく闘志を燃やしている様子で、負けん気を滾らせて言葉を返すエン。
「クク、なるほど、やはり貴様のソレも、呪い憑きの類か」
「呪いだと?バカ言え、うちの子はそんなもんじゃねぇ。テメェのソレと一緒にすんな!」
「ならば、どちらが優れているか、試すのも一興――チッ」
殴られた方の頬を触りながら、野獣の如き笑みを浮かべ、再び大剣を構えた赤毛野郎だったが……途中で何故か、ひどく冷めた表情を浮かべると、剣を下ろした。
「今だ!!いけえぇぇ!!」
――その掛け声と共に、ステージに流れ込んで来たのは、多数の警備スタッフ。
その陣頭指揮を執っているのは……確かアレは、闘技大会中、あのクソ赤毛野郎の隣にずっと立っていたヤツだ。
警備スタッフ達は俺と赤毛頭の間に何十人も入り込むと、厚い人壁を形成し、そして俺に向かってだけ警察が暴徒鎮圧で使うような縦長の盾を構え、身動きが取れないようにする。
「なっ、この……ッ!!」
俺は群がる警備スタッフどもに抗い、蹴り飛ばし、投げ飛ばし、力尽くで道をこじ開けようとするが……ヤツらは吹っ飛ばされた傍から俺の包囲に舞い戻り、必死にこちらを押し止めようとするせいで、全く前に進むことが出来ない。
飛んで避けようにも、警備スタッフどもの中にもまた、空を飛んで空中に包囲網を形成しているヤツらがいるので、コイツらを全員殺すつもりならまだしも、これでは突破は無理だ。
……全員殺すか?
……いや、ダメだ。俺だけならそうしたかもしれないが、こういうあまり関係の無いヤツをエンで斬りたくないし、殺すところも見せたくない。
今更何を、という話であるのも至極最もだが、しかしダメだ。
向かって来る敵や魔物を殺すのならともかく、殺意も何もなく、ただ俺を止めようとしてくるだけのヤツらを殺すところなど、彼女に見せたくない。
ならば魔法は……クソッ、まだ発動しねぇ!
「チッ――おい!!逃げんのか!!」
「フン、これではロクに剣も振るえんだろう。――安心しろ。貴様とはその内、しっかりと決着を付けてやる」
ニイィ、と牙を見せるように笑ったクソ赤毛は、手に握っていた大剣を、出現させた時とは逆に空中へと溶けさせるようにして消すと、そのままクルリと俺に背を向け、ステージの出入り口へと向かって行く。
「頭領!お怪我は!?」
「怪我など無い。それより貴様、俺の戦いを邪魔してくれたな?」
「ハッ!どのようなお咎めも、お受けしましょう!ですが、それも全て貴方様が生きていればこそです!」
「……良い。よくやった。……多少は相手をしてやったのだ。これで、馬鹿共の気も晴れるだろう」
――ここがダンジョンであれば!!
「クソッ!!おいッ、待てよ!!俺と戦えェッ!!」
そのままヤツは、俺の叫びなど完全に無視して、側近の男と共に舞台の裏側へと姿を消したのだった――。




