予選、開始
『皆さま!!大変長らくお待たせいたしました、これより第167回、闘技大会デステア・トルムを開始させていただきます!!』
何かの魔導具を使用しているのだろう。司会の声が闘技場内部全てに響き渡り、それに呼応するようにして、観客の歓声が会場を満たす。
俺はエン――罪焔に戻っているエンを肩に担ぎながら、手摺りにもたれ掛かり、その闘技場全体の様子を眺めていた。
ここは、控室に隣接している、闘技場のステージに出る一つ手前のところだ。
この場所からだと、下から見上げる形で観客席の様子が手前の席以外一望出来るのだが、もうすでに結構な数の観客達が席についていることが確認出来る。
『――そして、午後からは我らが王フィナル様と、悪魔族の頭領ゴジム様もいらっしゃいます!是非皆さま、その際には盛大な拍手でお出迎えいたしましょう!!』
あ?アイツ、来るのか。
何か裏工作するとか言ってたが、別に本人が指揮を執る訳じゃないからいいのか?
そして――へぇ、なるほど。敵側の偉いヤツも来るんだな。
魔界のトップであるはずの王と共に紹介される辺り、やはりこっちでは相当な権威を持っているようだ。
是非とも、どんなツラをしているのか拝んでやりてぇところだな。
――そう言えば、俺は少し『悪魔族』について勘違いしていたのだが、悪魔族は何も特定の種族を示す訳ではないそうだ。
元々『悪魔族』というのはレフィの言っていた古の魔族達のことを示す言葉であり、そして現在の悪魔族というのは、その血を引いている自分達は優れた血統と力を有する者だ、という血統至上主義的価値観を持つ者達のことを指すとのこと。
その血統大事大事マン達が中心となり、仲間になる者には「お前もまた優れた血を有する悪魔族の一員だ」と言い、仲間にならない者には「アイツらは優れた血を有さない弱者達だ」と見下し、そうやって勢力を広げて来たのが、今の『悪魔族』という集団であるらしい。
なので、種族名の最後に『――デーモン』とか付いていても、必ずしもソイツらが悪魔族であるとは限らない訳だ。悪魔族である可能性も高いが。
まあ、要するに宗教みたいなもんだな。
力を神とする、悪魔族教。教祖様はさぞ、ご立派なヤツなんだろう。
そんな益体も無いことを考えながら司会の言葉を聞いていると、その時控室の扉がガラリと開き、帳簿のようなものを持った係員が現れる。
どうやら、試合の出場順を伝えに来たようだ。
ここからでもよく声が聞こえるので、闘技場ステージの手摺りに寄り掛かりながら話を聞いていると、どうやら『1~50番』が第一試合、『51~100番』が第二試合という風に、五十人単位で進んで行くとのこと。
「――ということはつまり、俺は第三試合か」
俺は『113番』だからな。
『……三番目?』
「あぁ。そうみたいだ。だから恐らく……俺達が出るのは、早くてお昼かお昼後だろうな」
聞いた限りだと、予選は一試合に一時間か二時間ぐらい掛かるって話だし。
今現在は、時刻としては大体十時ぐらいなので、第三試合が始まる頃はちょうどお昼時だろう。
うーん、微妙な時間帯。
『……お腹、空いちゃうね』
「ハハ、そうだな。終わったらいっぱい美味いモン食べような」
『……ん。楽しみ』
そうして、武器に話し掛ける俺に対し、周りが気味の悪いものを見るような目でこちらを見ていることに気付かぬまま、エンと雑談して過ごすこと数分。
『――これより、予選第一試合を始めます!!』
観客の熱狂の声に包まれながら、ようやく第一試合の出場選手達がステージへと上がり、闘技大会の幕が切って落とされた――。
* * *
今日行われるバトルロイヤルは予選であり、一対一で戦う本戦が始まるのは、明日から。
また、今まで行われて来たこの大会で、一度でも本戦に出場し、その本戦で一回戦を突破した経験のある者達は、シードで予選には出ないそうだ。
つまり、何が言いたいのかと言うと――弱い。
五十人が一斉に戦うのは、見ていて非常に派手ではあるのだが、正直その闘い自体のレベルはそんなに高くない。
基本的には、やはり力の強い魔族同士の闘いであるためか、真っ正面から殴って殴られて、みたいな攻防ばっかりである。
中には「おっ、すげぇ動き」と思うようなヤツもいるのだが……率直に言って、曲芸の域を出ていない。
平均的な実力を見れば、恐らく人間の国の王都で戦った、いつかのオリハルコン冒険者の方が圧倒的に強いだろう。
やっぱりアイツ、結構強かったんだな。
まあ、今はまだ予選だし、ある程度は仕方ないのかもしれない。
ハイレベルな闘いを見て楽しみたいなら、明日からの方が良さそうだ。
『――これより第三試合を始めます!!選手の皆様は、ステージへどうぞ!!』
とうとう出番のやって来た俺は、そのアナウンスを聞いてゾロゾロと控室から出て来た選手達と共に、巨大なステージへと出る。
――途端に感じる、途方もない熱気。
何と言えばいいのだろうか、先程までいたステージ端のところから一歩踏み出しただけの場所なのに、まるで全く別世界のような印象を受ける。
ふと上を見ると、野球場の電子表示板ぐらいの大きさはありそうな、巨大な水晶球のようなものがプカプカと宙を浮いており、ステージの様子を拡大して映し出している。
あんなものまであるのを見る限り、ヘンなところで技術が進んでるよな、こっちの世界は。
『準備が整ったようです!それでは――第三試合、開始!!』
カァン、と響き渡ったゴングの音と共に、一気に場の熱量が高まり、それに応じて観客達もヒートアップする。
辺りに響き渡る、怒声と剣戟の音。
「オラァッ!!死に晒せやぁッ!!」
「くたばれッ、ガキィッ!!」
見ると、こちらにも数人、突っ立ったままの俺に対し、武器を手に身体から闘気を発して襲い掛かって来ようとしている者達の姿がある。
――さて、それじゃあ。
お昼が待っていることだし、予選はさっさと終わらせて、レイラと合流しようか。
「エン、耳塞いでろよ」
『……ん』
……あれ?そう言えば、武器状態のエンって、耳あるのか?
というか、擬人化した時ならまだしも、その武器に宿っている状態で、いったいどうやって周囲の音を聞いているのか――。
……今更だが、結構エンって、謎の存在だよな。
苦笑を浮かべてから俺は、襲い来る集団を前にスゥッと息を吸い込み、そして――。
「――ガアアアアアァァァァッッッ!!」
――吠えた。
地面を震わし、空気を震わし、轟雷の如く鳴り響く、咆哮。
それを聞いた選手達は、俺の近場にいた者から順にバタバタと気を失うように倒れていき――やがて、そこに立つものは俺以外に誰一人いなくなった。
あれだけ騒がしかった闘技場が、その瞬間シーンと静まり返る。
……あれ、数人ぐらいは残るかと思っていたんだが……まあ、いいか。
――固有スキル、『王者の威圧』。
クソ龍と対戦した後に得た、このスキル。
効果としては、使用者の周囲一定範囲内にいる全ての敵に対し『威圧』を放ち、対象の動きを鈍らせる。
そんな、本来ならただ鈍らせるだけのスキルなのだが……しかし、使用者と敵とのステータス差が著しいものになると、相手を気絶させる程に対象の動きを鈍らせることが出来るようになるのだ。
『――な、な、な、何と言うことでしょう!!い、一選手の咆哮だけで、試合が終わってしまったああああッッ!!』
司会のその驚愕の声に、俺の咆哮で静まり返っていた観客達が、再び騒ぎ出す。
よしよし、これで魔界の王の要請通り、『目立つ』という第一目的はひとまず達成ということでいいだろう。
だが、まあ、まだまだこれからよ。
フハハハ、刮目せよ、お前達。魔王の力はこんなもんじゃねぇぞ。
――こうして、俺の第一試合は、エンを鞘から抜くことなく終了した。
* * *
――観客席へと出るための、闘技場内に張り巡らされた通路の一つ。
すでに試合が始まっているため、非常に人通りの少ないそこに、熱狂した様子も興奮した様子もなく、ステージの様子を鋭い眼つきで観察する二人の男の姿。
「……あの仮面は?」
「数日前に、突如フィナルの手により、大会の出場選手として捻じ込まれた者です。レージギヘッグ出身ということですが……まあ、十中八九嘘でしょう」
「もしや……噂にあった、奴が新たに雇ったという傭兵か?」
「可能性は高いでしょう。恐らくは、この大会で我々のメンツを潰すために送り込まれたのかと」
メンツ。
それだけを聞くと大したことがないように思われるが、しかし「力」というものが支配する世界において、メンツという言葉が持つ重要性はとても高い。
それが潰されることの危険性を、二人はよく理解していた。
「……確かに、実力はあるようだな。正体は?」
「現在調査中ですが、未だ詳しいことは」
「……全く以て、ままならぬものだな。だが、邪魔があれば、ただ潰すのみ。もし、我々の障害となるようなら――奴が本戦で暴れる前に、消せ」
「仰せのままに」
「――おやおや、随分と物騒な会話をしていますねぇ」
「ッッ!!」
突如後ろから聞こえて来たその声に、振り返った二人が見たのは、フードを被った何者かの姿。
「シッ――!!」
男達の内の一人が瞬時に反応を示し、懐から抜いたナイフで攻撃に出るが――そのナイフがフードへと届く前に、男の腕がズ、とずれ、根本から綺麗な断面を見せてボトリと地に落ちる。
――フードの手には、いつの間にか血濡れの剣が握られていた。
「ッ、あギああァァ!?」
腕を切り落とされたことを、少し遅れて知覚した男が悲鳴を上げる。
が、しかし観客の熱狂の声にかき消され、その悲鳴を聞く者はいない。
「チィッ――」
「おっと、逃げられたら怒られちゃいますからねぇ」
フードの実力を見て、もう一人が仲間を切り捨て即座に逃げ出そうとするが――しかし、一歩を踏み出したところで、仲間の腕と同じようにその首が根本からずれ、ボトリと落ちる。
血のシャワーをぶちまけながら、首を無くした男はガクンと膝から崩れ落ち、そのまま身体を横たえて動かなくなった。
「ヒッ、ヒィ――」
「あぁ、君は殺さないから安心していいですよ。色々聞かなければいけないことがありますからねぇ。……いやぁ、それにしても、王の新たな協力者のおかげで、仕事が捗りますこと」
クックック、と笑いながらフードは、怯える腕を無くした男の首根っこを掴み――。
――次の瞬間には、死体も、血の跡も、腕を無くした男も、そしてフードの姿も、何もかもが無くなっていた。
予選、終了。
まあ、まだ予選だし、多少はね?




