翼をください2
そうして、洞窟の外へとやって来た俺とレフィ。イルーナはお留守番だ。
「うぅっ……久しぶりの陽光は堪えるの」
「そう言えばお前、最近はずっと引き籠ってたもんな」
時折ふらっと出掛けて、高級菓子を俺に強請るためDPを稼いでくる以外には、滅多に外へ出ることがない。
完全にニート予備軍である。
不思議なのは、あれだけバカスカ食っていてほとんど運動していないのに、太りそうな予兆が何一つないことか。
前も思ったが、やはり今の姿は仮で、本体はあのドラゴンであるらしい。
そんなところで覇龍としての力を見せられてもな……。
「というか、縄張りはいいのかよ?ずっと放置してるだろ」
「あそこは上質な蜂蜜が取れるから、他の奴らに取られんよう確保していただけじゃ。今はもうそれより美味いものを食っておるからどうでもよいな。欲しいならくれてやる」
お、お前、そんな理由でここらに陣取ってやがったのかよ。
一応気を遣って、そっちにダンジョン領域広げないようにしていた俺がバカみてぇじゃねえか。
そう呆れた視線をレフィに送るも、「まあコイツの残念具合はいつものことだし……」と思い直し、苦笑を浮かべてから俺は、消していた翼を再び出現させる。
「おぉ……お主、結構立派な翼を持っておったんじゃな……」
どこに感じ入るポイントがあったのかわからないが、レフィがひどく感嘆した様子で俺の羽をしげしげと眺める。
「まあ、普段は邪魔だから――うひぃあっ!?ちょ、触るな!くすぐったい!」
レフィが思わずといった様子で、俺の翼に手を伸ばして触って来るのを、身を捩って躱す。
どうやらこの羽、魔力で構成されているはずなのだが、触られるとその感覚がちゃんとあるらしい。
出現させている間は実体があるのだろうか。
伸びて来るレフィの手から逃れていると、やがて彼女は諦め、些か残念そうな表情で呟く。
「こんな立派なのに勿体ない。ずっと出しておればよいのに……」
立派か?これ。
俺としては、もうちょっとこう、鳥の羽っぽいヤツの方がよかったとぶっちゃけ思っているのだが。ムダに骨ばっているし。
ドラゴンとじゃ、美的センスが微妙にずれているのだろうか。
「俺のよりは、お前の持ってた翼の方が綺麗だったと思うぞ。あとその手を下ろせ」
最初会った時は、コイツのあんまりなステータスに圧倒されてしまったが、あの姿は伝説の龍として相応しいだけの威厳と荘厳さを兼ね備えたフォルムをしていた。
翼もそうだが、あれは、今も俺の脳裏に深く刻み込まれている。
まあ、今の少女形態も初見であればそんな神秘性を感じるかもしれないのだが……残念ながら俺の中では、こちらの姿は近所のわがまま娘で定義されているので、もう威厳と荘厳さは毛程も感じない。
「……そ、そんなのは当たり前じゃ。と、というか、お主、儂を口説いても何も出んからな」
褒められ慣れていないのか、ちょっと照れたようにはにかむレフィ。
えっ、ちょっと待て、何、今のってこっちじゃ口説き文句に入るの。
つか、その反応はやめてくれ。そんな恥じらう乙女みたいな表情されたら、外見だけは超絶美少女なんだから、俺としても非常に返答に窮する。
「……う、うむ、ま、まあ、あれじゃ。お主も、翼のない普段であれば砂糖の付いてないどーなつのようなものじゃが、翼のある今のお主は、甘さたっぷりのけーきぐらいは魅力があるの。ひ、比較の対象として儂がいるからアレじゃが、他の龍どもと比べたら、まあまあ、そこそこ、いいんじゃないか?」
「そ、そうか、そりゃどうも?」
最初の例えがよくわからなかったが、一応褒められているってことでいいんだよな?
「う、うむ、光栄に思うがよい。儂が褒めることなぞ滅多にないからな」
と、そこでレフィは気を取り直すようにコホンと咳払いして、言葉を続けた。
「……まあ、それは置いておいて、本題に入ろう。お主、魔力眼持っておったじゃろ?それ、発動して儂をよく見ておけ」
「了解」
俺が頷くのを見ると、レフィはすぐさま自身の背中から、美しい一対の翼を出現させる。
俺の真っ黒な翼とは正反対の、陽を反射して煌く銀色の翼。
「それは……龍形態の時の翼か?」
「いや、これは魔力で構成した疑似的なものじゃな。まあ、機能はほとんど同じじゃが」
確かに、魔力眼で見ると魔力で構成されていることがわかる。
まあ、そりゃそうか。普通に考えてサイズが違うもんな。
「それよりも、ユキ、何か言うことがあるのではないか?」
「え?あ、お、おう、ええっと……ま、まるで夜を照らす月のように美しい翼ですね」
「あれじゃな、お主にはそういう言葉はほとほと似合わんな」
コ、コイツ、人に促しておいて……ッ!
引き攣った俺の表情を見て、ニヤリと笑みを浮かべるレフィ。
グッ……担がれたか。
「ふふ、ま、こっからじゃ。よくみておれよ」
そうレフィが言うと同時、濃密な魔力が翼に渦巻き始める。
……翼に、魔力を流し込んでいるのか?
と、俺が思ったと同時、レフィはヒュッと翼を羽ばたかせ――。
――気付いた時には彼女は、すでに中空へと飛び上がっていた。
その飛び上がるしぐさは見惚れる程に優雅で、すっかり鳴りを潜めていた覇龍の威厳を感じさせた。
「おぉ……っ!」
歓声を上げる俺。
そうか、その考えはなかった。
俺の翼は魔力で構成されているのだから、そんなことをせずともその力が通っているものだと思っていたのだが……。
「わかったなひな鳥よ。同じようにやってみぃ」
俺はこくりと頷き、さっそくとばかりに魔力を循環させ、それを背中の翼へと意識して集中させていく。
――動く!
すると、今まではちょっとパタパタ動くぐらいだった俺の翼が、まるで自身の手足と同じぐらい滑らかに動かせる。
翼が、今になってようやく俺の身体の一部と化したかのような、非常に馴染む感覚。
……なるほどな。
例えるなら、今まで俺がやっていたのは、油の切れた自転車のペダルを必死になって回している状態だった訳だ。
そりゃ、上手く行くはずがない。
「よし!その状態で一気に飛び上がれ!」
言われた通り、ようやくまともに動くようになった翼を力いっぱいに羽ばたかせ――。
フワッと全身を襲う浮遊感。
と同時に、頬を切る風。
――そう気付いた時、俺は、空を飛んでいた。
「うおおぉぉっ!!――って、止まらねぇ!?」
飛んだはいいものの、勢いよく真上へと上昇し続け、それが止まらない。
見る見る内に地上が遠ざかっていく。正直すごい怖い。
「翼に魔力を込め過ぎじゃ。もう少し抜け」
いつのまにか真横を併走しているレフィの声。
そのアドバイスに慌てて従い、魔力を抜いていく。
最近は魔力の操作にいくらか慣れてきたためか、すぐに調整に成功し、不格好ながらもどうにか身体を滞空させる。
「…………すげぇ」
――ようやくまともに景色を堪能する余裕の出て来た俺は、下を見下ろして、思わずそう言葉が漏れていた。
近付く雲と太陽。
眼下に広がる、いつも見ているものと同じ場所のはずなのに、全く違う景色のように感じる、雄大な大自然。
感動が、全身を貫く。
空からここらを一望出来たら、さぞかし最高だろうとは思っていたが……実際は、その何倍も美しい光景が俺の目の前に広がっていた。
「ふふ、すごいじゃろ」
ちょっと自慢げな表情で、俺を見るレフィ。
だが、気持ちはすごいよくわかる。
これは確かに……誰かに自慢したくなる光景だ。
その状態で少しの間景色に魅入っていると、ふとレフィが声を掛けて来る。
「よし、ユキ、そのまま儂に付いて来い。儂が飛行の真髄を見せてやる。――ま、付いて来られたら、の話じゃが」
ニヤリと挑発気味に言うレフィ。
「ほう?言いやがったな?空を得た今の俺はあれだぞ、もうなんか最強だぞ」
「ハッ、片腹痛い。まだまだお主はひな鳥じゃ。最強とは、こういうことよっ――!」
「あっ、待てっ!」
唐突に加速を始めたレフィに、俺は翼に魔力をさらに込めて追い縋る。
そうして俺とレフィは、些かスピードは出ていたが、気の済むまで空中散歩と洒落込んだのだった。




