検証
「……なぁ、そういえばレフィ、これ見えてないんだよな」
俺は、「乗せて乗せて!」とおねだりするイルーナとピョンピョン跳ねて同じように主張しているらしいシィのお願いを聞いて、自身の背中に一人と一匹を乗っけて玉座の間を徘徊しているフェンリル君の様子を眺めながら、隣のレフィにそう聞く。
「む?能力値の表示か?うむ、見えておらんぞ」
「いや、実はこれ、ステータス見てる訳じゃないんだ」
俺は軽くメニューの説明をする。
「なるほどの。お主の不思議な物を出す力はダンジョンによるものじゃったか」
「そんでこれ、どうやらイルーナには見えてるらしいんだよな」
「ふむ……何が聞きたいのかは理解した。まあ、何故あの童女にはそれが見えるのかは知らんが、儂とあの童女との違いなら説明出来るぞ」
「何だよ違いって」
「そりゃお主、あの娘っ子とは婚姻の儀を結んだじゃろ」
「………………へっ?」
マヌケな声を漏らして、隣のレフィの顔を見る。
「血とは身体を構成する重要な要素。その一部を自身の体内に取り込むということは、いわゆる性行為に等しい。故にヴァンパイア族にとって、血を吸うことは婚姻の儀を意味する。まあ、中には節操無しに血を吸う倫理の低い吸血鬼もおるが、大抵は本当に気に入った者からしか吸わんな。それこそ、伴侶とするような」
――え。何その事実。
「で、でも、吸血鬼にとって血ってのは大切な食糧なんだろ!?全員が全員既婚者って訳じゃねーだろうし、そういうヤツらはどうしてんだよ!?」
「彼奴らが必要とするのは血、そのものじゃ。そこらの動物のものでも構わん。ヴァンパイア族の未婚者は大抵がそれで済ませておる。まあ、そこな童女は、まだそこまで詳しく教えられとらんかったかもしれんが、吸血行為は本能に根差したものじゃ。幼いながらも、お主という男を心から欲したのは間違いないぞ。よかったの」
レフィから語られる新事実に、思わず愕然とする俺。
「な、な、何で教えてくれなかったんだよ!?」
「? そりゃ、小児性愛者のお主であれば、それは本望じゃろう?儂の裸を見た時も興奮しておったし」
「こ、興奮しとらんわ!!」
コ、コイツ、まだそんな勘違いを……ッ!
その時、俺はハッと気が付き、慌ててメニューのDP収入の欄を開く。
これ、実は何からDPを得ることが出来たのかを詳細に見ることが出来るのだが……うっ、思った通りだ。
レフィからは未だ莫大なDPを得られているのに対して、イルーナからのDP収入がゼロになっている。ダンジョンモンスターであるシィと同じように。
外で探索している時に見る機会のあった、ゴブリンの子供ですら、3DPの収入があったのに。
つまり――イルーナは侵入者ではなく、ダンジョンにとって身内であると判断されているのだ。
「クッ……普段は唯我独尊を地で行くくせに、こんな時に限ってムダな気を遣いやがって……ッ!」
「な、何じゃその言い草は!せっかく儂がお主のためを思って黙っとってやったのに!」
「そういうのをな、余計なお世話っつーんだ!お前、今日から三日間菓子抜きだからな!」
「んなっ!?横暴じゃ!!断固抗議させてもらう!!」
ギャーギャーとうるさいレフィを無視して、俺は深くため息を吐く。
イルーナは昨日の夜以降、血は特に欲して来ていない。
どうやら一度吸えば一週間は吸わなくていいらしく、普段は俺達と同じように普通のものを食べるらしい。
……あれだ、とりあえず、先延ばし作戦だな。
イルーナが俺を好いてくれているというのは嬉しい限りだが、子供のソレは一過性のものである場合が大きい。
きっともうちょっと成長したら、「おにいちゃんなんて嫌い!」とか言い出すに違いない。あ、なんかちょっと悲しくなってきた。
……ま、まあ、だからとりあえず、大きくなるまでは知らなかった態だ。「え?吸血鬼の生態?そんなもの私何にも知りませんよ?」だ。これで誤魔化す。うむ。
……そんで、大きくなってもまだ俺を好いてくれているようであれば――。
――その時は、俺も本気で考えることにしよう。
* * *
イルーナに対しての方針を決めた俺は、気を取り直して、さっそく新たなおもちゃ――もとい、アイテムの性能検証をすべく、魔法短銃を片手に玉座の間手前の洞窟を抜けた。
眼下に広がる、壮大な大自然。
いつもはこれを見る度に胸が躍るのだが、今はそれよりも手の中のこれに心踊らされる。
まさか異世界に来て初めて銃を撃つことになるとはな……。
まあ、これを銃の範疇に入れていいのかどうかは定かではないが。名前に銃って入ってるからよしということにしよう。
俺は、最近になってようやく特に集中せずともスムーズに循環させられるようになった魔力を、手の中の魔法短銃に流し込んでいく。
とりあえず最初ということで、ステータス画面を確認しながら、俺の総魔力量の値であるMPが10きっかり減ったところで流すのをやめる。
そして――少し先にあるゴツい岩を的にして、映画とかの見様見真似で銃を構え、撃つ。
軽い反動。
ヒュッ、という空気が鋭く抜けるような音の後、刹那遅れてゴス、という何か硬い物を抉るような音。
俺はすぐさま撃った先の岩に近付き、銃痕の後を指でなぞる。
なるほど……10じゃこんな感じか。
見ると、撃った後と思われる岩の表面が少しだけ削れている。
……確か威力は、込める魔力量によって変わっていくんだったな。
俺は次弾を装填するため、再度ステータスを確認しながら魔力を手の中のソレに流し込んでいった。
* * *
――以下が、その結果だ。
10:岩の表面が削れる。
100:岩に穴が開く。
500:岩に開いた穴が反対側まで貫通する。
1000:大砲大の弾が発射され、岩を大きく抉り取る。
5000:銃身の先から、なんか極太のビームみたいなのが発射され、対象の岩を完全に焼き尽くし、背後の山の斜面を三十メートルぐらい抉り取って平らにする。
「…………」
その結果に、思わず無言になる俺。
……これ、思っていた以上に当たりだったかもしれない。
後のハズレ祭りでテンションダダ下がりだったが、これ一つで元が取れていそうだ。
威力としては……確実に五千もいらんな。千もいらんわ。
まあ、五千つぎ込んだ時なんかは、銃身が激しくカタカタ振動していたしな。この銃の性能としても、それ以上は限界なのかもしれない。
魔力全開でつぎ込んでみたいとも実は思っていたのだが……やめておいた方が賢明そうだな。
弾を複数装填するには、流していた魔力を一度止め、そして再度流し込むという手順をする必要があるようだ。
故に、一発目は込める魔力を100、二発目は1000といった具合にすることも出来る。
これは結構アドバンテージになるんじゃないか。
一発目は10MPだけにしておいて、大した威力が無いと思わせておきながら、二発目は1000MPを込めておいて相手の意表を突く、みたいな。
まあ、そんなことしなくとも初めから5000、いや3000も魔力を流し込んでおけば、それで相手は詰みだろうが。
込めた魔力はどうやら、漏らさない仕組みがあるようで、魔力眼で確認してみても全く漏れている様子がない。
この調子なら、弾を込めたまま放置しておいても大丈夫そうだが……さっきのを見た後だとなぁ。もし暴発とかしたら怖いから、弾は絶対に込めたままにしないでおこう。
思っていた以上に恐ろしい武器だった魔法短銃の威力に、ちょっとビビりながらアイテムボックスへとしまっていると、その時ダンジョンの入口から、のそりと大きな影が出現する。
「……お、やっとイルーナ達に解放されたか。お疲れ様」
現れたのは、我がダンジョン二体目のダンジョンモンスターとなった、フェンリル。
ちょっと疲れたような表情をしている辺り、俺が玉座の間を抜けた後もずっと相手をさせられていたのだろう。
俺が出る前には、菓子禁止令を出されて自棄になったレフィもそこに参加して騒いでいたからな。疲れて当然だ。
そう言葉を掛けると、フェンリルはその場に腰を下ろして「クゥ」と一声鳴き、「恐縮です」とでも言いたげに頭を下げる。
どことなく、苦労人臭が漂う狼である。
薄々そうなんじゃないかとは思っていて、コイツが来たことで確信したのだが、どうやら俺が出現させたダンジョン産の魔物とは、意志の疎通が図れるようだ。
明確にコミュニケーションが取れる訳ではないのだが、何を伝えたがっているのか、ということが、大体だが理解出来る。
さっきシィとコイツで会話をしているっぽい場面を見たが、きっと魔物同士も同じような感じでコミュニケーションを取っているのだろう。
ちなみにこの狼君は雄で、そしてイルーナによって『モフリル』と命名された。
モフモフで、種族がフェンリルだからだそうだ。コイツのステータスを確認しても、名無しだった名前の欄にしっかりそう登録されていた。
正直、ちょっと可哀想だなと思った。
種族がフェンリルというのをイルーナに教えたのは俺なのだが、失敗だったかもしれない。いや、そういう問題じゃないか。
俺が呼ぶ時は、後ろを取って『リル』と呼んであげよう。
「そうだ、お前、なんか面白そうなスキル持ってたろ?それ、見せてくれねーか」
リルが持っていたスキルは七つ。
固有スキル:神速、万化の鎖、身体変化
スキル:爪闘術lvⅡ、氷魔法lvⅣ、雷魔法lvⅣ、危機察知lvⅣ
その中で俺が気になったのは、神速、万化の鎖、身体変化の三つだ。
そのことを伝えると、リルはコクリと頷いてすっくと身を立たせ、スキルを発動させた。
神速はどうやら、移動速度上昇スキルのようだ。発動すると、一瞬だけだが目に見えない程の速度で移動することが出来る。
万化の鎖は、自身の周囲から鎖を出現させ、それを自由自在に操ることが出来る。込める魔力によって鎖の太さや頑強さが変わるようだ。
最後の身体変化は、自身の身体を大きくしたり小さくしたりでき、普通の狼サイズにもなれるようだ。あの部屋じゃ窮屈だろうからどうしたもんかと思っていたのだが、問題なかったみたいだな。
「ほぉぉ、かっけぇな!」
特に万化の鎖がかっこよすぎる。何その汎用性の高さ。
鎖で盾を作ったり、空中に足場を作ったりしていた。普通に相手を拘束したりも出来るようだし、使いようによってはかなり強力そうだ。
俺も欲しいところだが……残念ながら固有スキルだからな。恐らくゲット出来るとしても相当DPつぎ込まないとダメだろう。
俺が褒めると、やはり嬉しいのだろう。表情に差異は生まれなかったが、フリフリと尻尾が機嫌良さそうに左右に揺れている。
「…………」
それを見ている内に、俺の中に一つの欲求が生まれる。
その欲求に従い、俺は即座にメニューのカタログを開くと、ソレをDPと交換し、遠くへと投げた。
「――そら、リル、取って来い!!」
「――――!」
俺が投げたのは、フリスビー。
リルはそれを見た瞬間、何やら葛藤したような表情を浮かべ幾ばくか逡巡するが、しかし本能の誘惑には逆らえなかったらしい。
一目散に駆けて行って、見事空中でキャッチ。そのまま俺の方へと戻って来る。
「そら、次だ、行け!!」
リルからフリスビーを受け取った俺は、魔王としての全能力を持って、再び遠くへと投げる。
「わははは――って、おま、ちょ、やめ、ふごっ――!」
フリスビーを持って帰り、楽しくなっちゃったらしいリルに全体重で乗っかられ、地面に押し倒される俺。
「くっ、やったなお前!」
そう言ってニヤリと笑った俺は、仕返しとばかりに上の巨体へと腕を伸ばし、全身全霊でリルのじゃれつきに応じ始めた。
* * *
「ハァ、ハァ……流石フェンリルだ、大したもんだぜ……」
そうしてひとしきり遊んだ後、地面に横たわったまま俺は、何が大したことなのかわからないが息も絶え絶えにそう溢す。
俺、犬よりは猫派だったんだが……こうして遊んでみると、犬も可愛いもんだ。犬じゃないけど。
隣で伏せっているリルはというと、ハッと我に返ったのか、思わず自分が本能的にじゃれついてしまったことに自己嫌悪の念でも生まれたらしく、苦悩の垣間見える様子で落ち込んでいる。
リルにとって本能に準じることは、プライドにでも障ることなのだろうか。俺としては楽しかったらそのままでいいんだけども。
それにしても、イルーナはすごいヤツを引き当てたもんだ。
スキルもそうだが、このフェンリル、出現されられるモンスター一覧を確認したところ、必要DPが上から数えた方が早いぐらいに位置する魔物だったのだ。
まあ、まだまだ上には上がいるが、それでもこれから成長していけば、レフィが昔苦戦したと言っていたフェンリルのように、この世界のトップ争いをすることも可能になるかもしれない。
「――なあ、リル、ダンジョンの魔力、わかるか?」
寝っ転がったままそう問い掛けると、隣のリルは伏せていた状態から首だけを起こし、コクリと頭を縦に振って肯定の意を示す。
「こっから山の上の方は全部レフィの縄張りなんだが、逆に裾野に向かって、ダンジョン領域となっている地域――俺の縄張りが広がっている。リルには、そこで魔物を狩って暮らしてほしいんだ」
シィは戦わせたら確実に死んでしまうし、ペット枠なのでウチにいてもらっているが、初期ステータスが俺よりも高いリルには、戦うための力がある。
それを寝かしておくのは損ってもんだ。ビシバシ働いて、DPを稼いでもらわなきゃな。
ふふ、しっかり働いて、頑張って強くなってくれ。そして俺を楽させてくれ。
「後は自分の好きに暮らしてくれりゃいいからよ。ま、俺も外にゃあ出るから、そん時にでも一緒にまた遊んだり、狩りをしたりしようぜ。――ただ、お前もウチの子になったんだ。だから、ちゃんと顔見せに帰って来いよ?イルーナも悲しむだろうし」
――お前の家は、ここなんだからな。
そう言うとリルは、俺に向かって深々と頭を下げた。
 





