レフィとユキ
――頭部と、頬に感じる、何かの温かい感触。
それはとても心地良く、そして頬に感じる方の感触は、何度も何度も上から下へと流れて、俺の頬を優しく撫でてる。
まるで、ゆりかごの中で揺らされているかのような安心感。
そんな天上に昇るかの如き微睡の中で、その温かな何かの感触に夢現の意識が少しずつ覚醒していき、うっすらと眼を開けていくと――上から覗き込むようにしてこちらを見下ろしているレフィと、目が合った。
「む、目が覚めたか」
「……はよ、レフィ」
ボーっとした頭でレフィをしばし見詰めてから、動きの鈍い脳味噌が今どんな状況なのかを把握し始める。
「……あれ、何で俺、お前に膝枕されてんの?」
――俺は、レフィに膝枕をされていた。
頭の裏の感触は、レフィの太ももだったようだ。頬に触れていたのは、彼女の手か。
太もも、とても、気持ち良い。メッチャスリスリしたい。スリスリして顔を埋めてしまいたい。
……あぁ、なんか、思考がはっちゃけてるな。どうしたのだろうか。
「ま、それは、儂がお主の頭の下に、儂の脚を入れたからじゃの。どうじゃ、どんな枕よりも最高の感触じゃろう?」
「あぁ。最高。メチャクチャ気持ち良い」
「……そ、そうはっきり言われると、こっちが恥ずかしくなるの」
「いや、待て、最高と言ったら、以前のお前の翼も最高の枕だった。どちらが究極かと言われたら翼枕だが、どちらがよりずっとされていたいかと言われたら膝枕だ。それを考えると、枕の頂点を一つに絞るのは無理だな……あぁ、でも、方向性が違うのだから、どっちも最高ってことでいいのか?」
「……お主、意外と元気そうじゃな」
呆れたように笑うレフィに、俺は不思議そうに彼女のことを見詰め――その時になってようやく俺は、レフィだけではない周囲の状況が視界に飛び込んで来る。
青空。
ボコボコとクレーターだらけで、ところどころ黒く焦げている大地。
遠くに生えている木々にも、根本から折れていたり、一帯が消失していたり、メチャクチャだ。
そして、俺達の少し横に倒れている――黒の鱗を持つ、巨大な龍の躯。
……そうか、そう言えば俺、クソ龍と戦って、アイツのそっ首斬り落として殺したんだったな……。
その後の意識が無いのは……恐らくそこで、ぶっ倒れたのだろう。
かなり極限状態だったもんな、俺。自分でもよく生きていたと思うわ。
「……んあ?治ってる……?」
と、ゆっくりと首を曲げた俺の視界に映ったのは、着ている服は未だボロボロながらも、惨殺死体かと思わんばかりの大量の傷が、全て閉じて治っている自身の身体。
無くなっていたはずの腕もいつの間にか生えており、背中の翼も二対健在で、問題なく動かすことが出来る。
ただ、怪我自体は治っているようだが、全身がすんげーダルい。
指先一つ動かすのに、メッチャ気合入れないと動かせない感じだ。
「これ……もしかして、レフィが治してくれたのか?」
「儂を誰じゃと思っておる。泣く子も黙る覇龍じゃぞ?お主の傷を治すぐらい、造作もない。と言っても、失った体力までは戻せんから、しばらくは安静にすることじゃな」
「ハハ……そうか。ありがとな。――って、あー……この辺り、俺が毒ガスばら撒いてたと思うんだが、そりゃどうなった?」
「全部、効果を為さないまでに拡散したから、気にせんで良いぞ」
「そうか……何か、後始末押し付けたみたいで悪いな。助かったよ」
「何、お主は儂の相方じゃからな。相方がやったことの始末を付けるぐらい、当たり前じゃ。それに――儂を守ってくれた結果じゃしな?」
そう言ってレフィは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「……俺は、お前を守れたか?」
「うむ、お主はしっかり儂を守ったと言えるじゃろう。敵はちゃんと倒したしの」
「なら、まあ……無茶した甲斐があったな」
ボロ雑巾になったのが報われるってもんだ。
「全く、本当に無茶しおって。龍族相手に喧嘩を売るなぞ、狂人と言われても否定出来んぞ。お主は冷静に見えて、すぐ熱くなるから困る。儂がどれだけ内心でハラハラしていたと思っておるのじゃ」
「へへ……カッコよかっただろ?」
「……ま、そこらの男よりマシなのは、認めてやろう」
フフッと綺麗な声で笑うレフィ。
俺もきっと今、笑みを浮かべていることだろう。
「――なあ、レフィ」
「ん?」
「好きだ」
その言葉は、スッ、と俺の口から、飛び出していた。
「――――」
全身の動きが固まったレフィに、俺はさらに言葉を続けていく。
「俺、お前が好きだ。惚れている。ベタ惚れと言ってもいい」
「――な、な、な、何じゃ急に!?」
ようやく俺が何を言ったのか理解したらしく、かぁっと顔を真っ赤っ赤にしてそう捲し立てるレフィを見て、俺もまた小さく首を傾げた。
急に……確かに急だな。
どうしたんだろう、俺。
やっぱ極限状態で、今回死をかなり近くまで感じたから、色々精神が極まっちゃっているんだろうか。
まあ、でも……そんなこと、どうでもいいか。
「あんなクソ龍に苦戦する程度の実力じゃ、お前には不釣り合いかもしれないが……ま、これからもお前の隣に立てるぐらいまで、頑張って精進するからよ。そこは見逃してくれると嬉しい」
「…………フッ、何を言っておる」
レフィは、未だ顔が赤いながらも、幾分か混乱が回復したようで、優しく俺に語り掛けるようにして言葉を紡ぐ。
「ユキの雄姿は、しかと見届けた。お主の戦っている姿は……その、み、見惚れるぐらいには、格好良かったのも確かじゃ。……お主なら、儂のところまで来る――いや、儂を超えることも、可能じゃろう」
「覇龍様のお墨付きか。そりゃ、光栄なこって」
口端を笑みの形に変えて俺は、重い腕をのろのろと伸ばし、銀髪の少女の、白い頬に手を触れる。
「――レフィ。俺はお前が好きだ。どうしようもなく好きだ。離れたくない。だから……これからもずっと、一緒にいてくれないか?」
「そこは『俺のものになれ』ぐらい言うのが、普通ではないのか?」
「それだと束縛してるみたいだから嫌だ。俺はもっと、お前に自由でいて欲しい」
「フフ、我が儘な相方じゃの」
するとレフィは、頬に触れる俺の手に自身の手を重ね。
「――あぁ。お主が望むのであれば、儂……レフィシオスは、ユキ」
慈愛の籠った表情で、俺に微笑みかける。
「ずっと、ずっと。お主と、共にあろう」
そう言うと、ゆっくりと顔を下ろしていき――。
――その唇が、俺の唇に触れた。
甘く、柔らかく、心地良く。
脳が蕩けてしまいそうな感触。
唇を通し、彼女の体温と、その熱い思いまでもが伝わって来るようで、まるで一つに融合したかのような官能的な錯覚すら覚える。
数秒とも数分ともわからないような時の中で、俺とレフィは唇を交わし続け――やがて、少しずつ彼女の顔が俺から離れていった。
再び、俺とレフィは、間近から顔を見合わせる。
「これは……あれだな、恥ずかしいな」
「フフッ、お主がそんな顔を浮かべるのを見られたのであれば、儂も恥ずかしいのを我慢した甲斐があったというものじゃ」
頬をリンゴの如く真っ赤に染め上げながらも、まるでいたずらっ子のような表情を浮かべるレフィ。
その彼女の表情は、目が離せなくなる程に美しく、あどけない子供のように可愛らしく、俺の心臓がドクンと大きく跳ねる。
「そ、それと、ユキ。今のは……りゅ、龍族における契約の証じゃからな。た、違うでないぞ!」
「へぇ?何の契約なんだ?」
「そ、その……この者の番になるという――って、何をニヤニヤしておるんじゃ!!」
「別に?いつもこんな顔ですよ?それより、じゃあつまりお前は、今日から俺の『嫁』ってことでいいんだな?」
「よ、嫁……ま、まあそうじゃが、調子に乗るでないぞ!こ、今度から、お主がまた新たな童女を増やそうとしたら、儂は怒るからな!」
「いや待て嫁さんや。言っておくが、一度たりとも俺の意思でそれを増やそうとしたことはないからな?」
いつも、いつの間にか増えているだけだ。
何でだろうね、ホントに。
思わずそう目の前の少女に抗議してから俺は、ハハ、と笑みを溢す。
「? 何じゃ?」
「いや……嫁さんって響き。いいなって思って」
「……あ、あまり恥ずかしいことを言ってくれるな。儂まで恥ずかしくなってくるじゃろう」
「照れてるレフィも可愛いぞ?」
「そっ、そういう小っ恥ずかしいことを言うなと言っているんじゃ!」
俺に怒りながらも、実際には満更でもなさそうな様子のレフィに笑ってから、俺はさらに言葉を続ける。
「なぁ、レフィ。さっきのもっかい」
「……仕方のない奴じゃの」
『さっきの』が何を指すのかすぐに察したレフィは、ヤレヤレといった表情を浮かべながらも、しかし俺の言葉を断らず、もう一度俺の顔に、自身の顔を重ねていき――。