デート《3》
その後、レフィの元住処の探検を終え、思わぬ良い素材に気分を良くしながら、本来の目的である蜂蜜探索へと戻る。
「レフィの求めるその蜂蜜は、大体どこで手に入るんだ?」
隣を飛ぶ彼女へと、そう問い掛ける。
「巣の場所自体は、儂が毎回半壊させるもんで変わるんじゃが、まあ、特徴があるからすぐにわかる」
そうか……その辺りは俺はわからんから、レフィに任せるしかないな。
蜂の習性とか知らないし。
ま、でも、こうしてレフィのおかげで良い物が手に入ったんだ。俺も彼女のために気合を入れて蜂蜜を採らなければな。
「うし、頑張るか!」
「お、何じゃ、気合入っとるの?」
「あぁ。レフィのおかげで良いモン手に入れたからな。俺も頑張って蜂蜜採取するぜ」
「フフ、そうか。頼りにしておるぞ。――っと、うむ。見つけたぞ」
「えっ、もう?」
――そのままレフィに連れられ、滑空しながら下りたのは、山奥にある崖の下。
その手前には、湖とまではいかないもののそこそこ大きい池があり、どういう訳かその池の水は黄金色に輝いていて、周辺に甘ったるい香りを振り撒いている。
この香りは、もしや……。
「これって、もしかして……」
「うむ。これが――蜂蜜池じゃ」
この甘い香りに、レフィは幸せそうな顔をしながら、そう言った。
「……蜂蜜ってのは俺、蜂の巣から採れると思ってたんだが」
その池から漂って来る香りは、まさしくホットケーキに塗ってよく食べる、蜂蜜のその香りだった。
……異世界じゃ、蜂蜜ってのは池から採れるんすか。そうすか。
「まあ、そうじゃ。彼奴らは巣に適した場所を見つけると、そこに蜜を溜め込むための池を作る。これがそれじゃの」
……なるほど。随分豪快な巣作りをするんですね、異世界の蜂さん達は。
――マテ。
こうやって地面に穴を穿って池を作り、そこにこんな量の蜂蜜を溜め込む蜂ってのは、一体どれ程の大きさなのか。
そして、その肝心の蜂の姿が見当たらなければ、蜂の巣らしいものも見つからない。
「……あー、っと、レフィさんや。その、池の主はどこにいらっしゃるんで?」
恐る恐ると問い掛けるとレフィは、ニヤリと笑みを浮かべてこちらを見上げた。
「頼りにしておるぞ、ユキ」
と、彼女が先程と同じ言葉を言うと同時に、どこからともなくブーン、という無数の羽音が耳に飛び込んで来る。
同時、索敵スキルがこちらに対する多大な害意を伝えて来る。
慌ててその方向へと顔を向けると――俺の視界に飛び込んで来たのは、ちょっと想像していたより一線を画したサイズの、蜂。
具体的に言うと、一匹一匹が大型バイクぐらいのサイズという、大分フザけた大きさの蜂だ。その尾に見える針など、もはやランスの領域である。
それが、正面の崖の中腹にあるデカい横穴から、大群となってわらわらと這い出て来ている。
「ちょっ、おま、これ、ちょ、えぇっ!?」
混乱して言葉にならない言葉を吐く俺。
恐らくはあの崖の横穴が巣なのだろう。どれだけ中に詰まっていたんだ、と言いたくなるような数がどんどん飛び出て、敵意剥き出しで一直線にこちらに向かって来る。
「じゃ、儂は蜂蜜採取するから、そっちの相手は頼んだぞ」
「おっ、おま、マジか!?」
のんびりした口調でそう言い、土から一瞬でガラス瓶を作り出して嬉々として蜂蜜採取を始めたレフィに、俺は慌ててアイテムボックスを開き、中から罪焔を取り出す。
『……ん。出番?』
「あぁ!!エン、頼む!!最大火力だ!!」
瞬時に魔力を練り上げると俺は、それを罪焔へと流し込んで魔術回路を起動した。
エンに関してだが、基本的に彼女の戦闘における扱い方は以前と変わっていない。
ただ、彼女自身が明確に意思を持つようになったおかげか、俺が魔力を流し込んでから、魔術回路ではなくスキルとなった『紅焔』の発動までに要する時間がかなり早くなった。
加えて彼女自身が魔力を有しているために、俺が魔力を流さずとも五分ぐらいであれば『紅焔』を発動させ続けることが可能となり、発生させた炎の制御も以前と比べ大分楽になっている。
そして――その発生させる炎の範囲についても、制御が楽になったためか、かなりの範囲に広げることが可能となっている。
俺が一番最初に飛び掛かって来た蜂野郎の胴体を真っ二つにすると同時に、ソイツの身体から巨大な轟炎が発生し、飛び掛かって来ていた蜂どもを一緒くたにして燃え上がらせる。
グオン、と立ち昇る熱気が、辺りの温度を急上昇させ、全身で熱を感じる。
効果は抜群なようで、まるで竜巻のようなその轟炎に巻き込まれた蜂どもが、ポトポトと身体を燃やしながら落ちていく。
うむ、やはり『むしタイプ』は『ほのおタイプ』には勝てない運命のようだ。
「よしっ!やっぱ虫には火が一番――うおっ!?あぶねっ!?」
炎を迂回したのだろう、いつの間にか横に近付いて来ていた蜂の繰り出した尾の針を、キンッ、と罪焔を間に挟んで防御し、お返しにその首を吹っ飛ばしてやる。
フゥ……今のはちょっと危なかったが、けどこの程度なら――。
「あ、そうじゃ。其奴らの針は気を付けろよ。非常に鋭く、鉄ぐらいだったら余裕で貫く上に、猛毒持ちじゃからな。掠りでもすれば、今のお主なら十分もせずに死んでしまうぞ」
「それを先に言えッ!!」
何とかなりそうだと余裕ぶっこいてたじゃねぇか!!
だが、さっきの俺とエンの本気の轟炎で、敵の数は大分削れたはず――って、いねぇ!?
どうも、俺がレフィにツッコミを入れている間に、一塊となって炎の渦の中を抜け出したようだ。
蜂の大群は今なお健在で、まず攻撃目標を武器を持つ俺に定めたらしく、俺の方だけにその大群が襲い掛かって来る。
わらわらと虫が群がって来るあまりにも気色の悪い光景に、俺はゾッと鳥肌を立たせながら、尾の攻撃を注意し、『紅焔』を使いまくって迎撃していく。
「おわっ、クッ!」
「其奴ら、儂が散々巣を壊しまくって蜂蜜を奪っていったもんじゃから、どんどん学習して、かなりの知能を持つようになってな。いやぁ、助かったわ。全滅させたらもう蜂蜜が採れなくなるから、いつもは時間を掛けて蹴散らしてから蜂蜜を奪って行ったんじゃが、お主が相手してくれているおかげで大分採取が楽じゃの」
「テメェ、このッ!!コイツらがムダに連係いいの、お前のせいか!!」
一匹が突進するのに合わせ、左右全てから俺に逃げ場がないように同時に攻撃してきたり、味方の背後に隠れ、まるで暗殺者のように隙を見て攻撃してきたり。
しかも、群れで生活する生物である故か、蜂どもの統率は一糸乱れぬという表現がピッタリ来るもので、例え味方が死のうが、その足並みを乱すということが全くない。
レフィの言う通り、非常に知能が高く、全体で一匹の生物のような印象を受ける。
全くもって、嫌になる敵だ。
というか、まず何よりこのサイズの虫に集られるというのが、あまりにも気持ち悪過ぎる。さっきから鳥肌が止まらない。
あぁ、ヤバい。マジで虫嫌いになる。虫絶対殺すマンになっちゃう。
「カカ、我が相方よ、儂のためにそっちは頼んだぞ」
「調子の良い時だけ相方とか言ってんじゃねぇぞ!!」
「あ、それと、もうちょっと向こうの方でやってくれ。あんまり近くで戦われると、蜂蜜に不純物が混じる」
「どこまでも蜂蜜優先かコイツ!?」
クソッ……しかし、頑張るとか言っちまったのは俺だからな……数分前の俺のクソッタレめ!
それとレフィ、我が家に戻ったら覚えてろよ!
――その後も俺は、地面を転がり、空を飛び、全身を使って蜂どもと戦い続ける。
地に落ちたヤツらの死骸も数十はきかないが、しかし未だ空を飛び回って俺に襲い来る敵はまだまだその倍以上いるのが現状だ。
「なぁ、レフィさんや!!まだですか!!まだ採取終わらないんすか!!」
「もうちょっとじゃ、もうちょっと……んむっ、やっぱりこの蜂蜜は最高に美味いのぉ」
「おまっ、何のんびり食ってやがるんだッ!?そんなことしてねぇでさっさと手伝えや!!」
「お?そんなこと言って良いのかの?もう少し儂を敬った態度を取らんと、採取が長引いてしまうぞ?」
「はい、嘘です!!麗しく美しいレフィ様!!弱卒なるこの身のために、そのお力をお見せして頂けないでしょうか!!」
「何か気持ち悪いからヤダ」
「お前ええぇぇッ!?」
必死な俺の様子に、レフィはひとしきり愉快そうに笑うと、ようやく腰を上げて、やれやれと言いたそうな表情を浮かべる。
その顔にものすんごいイラッとするが、しかし今何かを言うと放置されそうな気がするので、ギッと歯を食いしばって言葉が漏れるのを我慢する。
「全く、仕方ないのぉ。どれ、仕方のないお主のために、この儂が覇龍の力の一部を見せてやるかの」
「何でもいいから早くして!!」
悲鳴混じりに俺が叫ぶと、お凄い覇龍様はフッと不敵な笑みを浮かべてから口を大きく開き、そして――。
「ガアアアァァッ――!!」
――ビームだった。
彼女の口に莫大な魔力が集まったかと思った次の瞬間、俺の眼に映ったのは、彼女の口から発射される、極太で、スペシ〇ム光線顔負けの、そして文字通りの『はかいこうせん』。
空気を震わす程の轟音。
思わず両手で耳を塞ぐ。
ビームを食らった蜂は、消し炭になるどころかもはや存在を完全に消滅させ、その背後にあった崖も、抉り取られたかのように大部分が円状に消失し、一番向こう側に青空が見えるようになる。
そしてその『はかいこうせん』の余波を食らった蜂もまた、直接攻撃を受けた訳じゃないのにもかかわらず、大きく吹っ飛んだかと思うとそのまま地に落ち、ピクピクと痙攣して動かなくなる。
もしかして、ビームからソニックブームでも出ているのだろうか。
完全に死滅した訳じゃなさそうだが……レフィの一撃だけで、俺達以外にその場に動く者はいなくなっていた。
「フッフッフ、見たか、ユキ。これが龍族の最大にして最強の攻撃、『龍の咆哮』じゃ!」
ドヤ顔を浮かべる覇龍様に、俺は辺りの惨状を見て思わず真顔になってしまいながら、口を開いた。
「……その攻撃が凄いのは、よくわかった。だが、レフィ」
「何じゃ」
「その攻撃を最初から放てばよかったのでは?」
「まぁ、そうじゃな。儂が誘った時、お主が素気無く断ったもんじゃから、ちょっと痛い目に遭わせてやろうかと」
「やっぱり私怨混じりだったのかよっ!!」
俺の渾身の叫びは、青空にどこまでも響き渡って行った。
* * *
「んっ……あ……うくっ、んんっ!」
艶めかしい喘ぎ。
ハァ、ハァ、と熱のこもった吐息が、俺の耳朶をくすぐる。
「ユ、ユキ、儂が、儂が悪か、んっ!……悪かった。じゃから、そ、その手を、あっ、は、放してくれんか?たっ、頼む」
「あぁ……最高の抱き枕だな、こりゃ」
「ユっ、ユキ?聞いておるか?んぅっ、な、なぁ、聞いておるのであれば、はんっ……反応、してくれんか?」
「聞いてないから反応しない」
「ユキっ!?」
頬を赤くし、ウルウルしながら懇願してくるレフィを完全にシカトして、俺はその翼に指を這わせ、その感触を最大限に楽しもうと、ぐりぐりと顔を羽の中に埋める。
――蜂蜜採取を終えた夜、俺は「そうだ、レフィ。たまには翼の手入れしてやるから、出してみろよ」と彼女を騙して翼を出現させ、そしてその状態で仕返しのために抱き枕とし、布団の上でコイツの翼を弄りまくっていた。
翼は基本的に出し入れ自由だが、しかし他人に触れられていると、感覚が少々鋭敏となり、しまうことが出来なくなる、ということを実体験で知っている。
今の俺が触りまくって、よがっているレフィでは、しまいたくとも上手く翼を収納することが出来ないのだ。
「どれどれ……うむ、この尻尾の肌触りも、なかなかに気持ち良い」
「あうっ、しっ、尻尾をスリスリするなぁ……!」
「わかった。じゃあ翼の方弄る」
「ひうっ、そ、そっちはもっと駄目じゃあっ!」
そうして俺は、寝るまでの間ずっと、涙目で身体を火照らせる彼女を横目に、レフィ枕を堪能し続けたのだった――。
そう言えば採ってきた蜂蜜は、とても美味しかったです。




