夜の王都
「ハァ……ったく……」
俺は膝の上でスースーと眠る王女を、騒ぐ俺達の様子をずっと微笑ましそうに見ていたメイドさん達の一人に託し、椅子にもたれ掛かって一息つく。
結局、酒癖の悪い勇者に絡まれ続け、すんげー飲まされてしまった。
こんなに飲んだことなど、いつ以来だろうか。この身体のおかげか、吐きそうなどといったことは無いのだが、腹がもうタプタプだ。
全く……今日ほど魔王の身体に感謝した日もなかなか無いぞ。戦闘狂と戦った時と、どっこいどっこいでこの身体の強靭さに感謝しているぐらいだ。
ちなみにその勇者は今、俺の肩にもたれ掛かって寝ている。
こうしていると、普通に愛嬌のある可愛い子ではあるので、彼女の柔らかい身体の感触に役得と思わなくもないのだが……このあどけない寝顔のヤツに嫌ってなる程飲まされた今となっては、ただただ忌々しい思いしか浮かばない。
ペンとか持っていたら、顔に落書きしてやりたいところだ。
「……ま、油性なら持っているが……勘弁してやるか」
苦笑してそう呟いた俺は、起こさないように優しくネルの頭を俺が座っていた椅子に横たえてから、そのまま立ち上がる。
「リル、行くぞ」
身体を最小である普通の狼サイズまで小さくし、俺の足元に避難していたリルを呼ぶと、すぐに俺の意図を察して隣に並ぶ。
「どうされましたか?」
何か用があると思ったのだろう。壁際で控えていたメイドさんの一人がこちらにやって来る。
「あぁ、俺は帰るよ。楽しかったって後で国王に伝えておいてくれ」
その国王はと言うと、途中で本格眠りに移行したので、現れた執事さんが俺達に――というか正気を保っていたのが俺だけなので、俺にぺこりと頭を下げてから、彼の肩を持ってどこかに連れて行った。恐らくは寝室まで連れて行ったのだろう。
「お帰りに?そろそろ、夜も更ける時間帯ですので、お泊りになられては……」
「いや、悪いな、元々今日中に帰るつもりだったんだ」
それに、このまま泊っていったら、何だかんだと長く滞在することになっちまいそうだからな。主に王女に引き留められて。
強く引き留められたら「ノー」と言えない日本人の性よ。
メイドさんは「畏まりました」と言うと、王都の門所まで馬車を出してくれると提案してくるが、俺はリルに乗ってさっさと帰るつもりなので、謝意を言ってから遠慮する。
そうして、メイドさんの案内で部屋を出ようとしたところで、俺に掛けられる声。
「む……仮面、帰るのか」
チラリと顔を向けると、声の正体はカロッタだった。
彼女はさっきまで、部屋の隅にあるソファにもたれ掛かり、腕を組んで眠っていたはずなのだが……音で起こしてしまったか。
まあ、彼女は言わば軍人のようなものだからな。事態に即応出来るよう、酒を飲んでいようが基本的に眠りが浅いのだろう。
「あぁ。世話になったな。ネルにもよろしく伝えといてくれ」
「フッ、いや、世話になったのはこちらだ。今回は助けられた。お前であれば、教会はいつでも歓迎してやる。何か困ったことがあったら、私に頼って来い。ネルも喜ぶだろう」
「アンタに頼ったら、そのまま教会加入コースじゃないのか?」
「ま、多少は勧誘するかもしれんな。なに、悪いようにはしないさ」
そう言う彼女に苦笑を溢してから、俺は手をヒラヒラと振って部屋を出て行った。
* * *
「待って!おにーさん!」
城の内部をメイドさんの案内で通り、そのまま王城を出ようとしたその時。
後ろを振り返ると――フラフラしている頭を押さえながら、城の方から勇者が慌てて俺を追い掛けて来ているのが視界に映る。
「お?何だネル、起きたのか」
「う、うん、すごい頭は痛いけど……」
「当たり前だ、飲み過ぎだっつーの。おかげでヒドイ目に遭ったぞ」
ジト目でそう言うと、勇者は「ウッ」と言葉を詰まらせ、顔を赤くする。
この様子からすると、俺に絡んでいた記憶はあるんだな。
「そ、その、ご、ごめん、飲んでたら楽しくなっちゃって……」
「ったく……気を付けろよ?俺のような紳士の中の紳士じゃなかったらお前、襲われてたかもしれないぞ」
「紳士の中の紳士って言葉にすごく異議を挟みたいけど……でも、それは大丈夫!流石に、知らない男の人とか気を許してない人がいるような場所で、あんなに泥酔したりはしないから!」
薄い胸を張る勇者。
「お、なら、俺には気を許してんのか?」
「まあ、おにーさんはそういうことしないってわかるぐらいには信頼してるよ。それに手を出して来たら僕、レフィに泣きつきに行くから大丈夫」
「おいやめろ。それは恐ろし過ぎる」
フフン、と得意げにそう言う勇者に苦笑を溢してから、俺は言葉を続けた。
「――それじゃあな、勇者。お前がいて色々と助かった。短い間だったが、楽しかったぞ」
「……僕も、おにーさんと一緒にいて、とっても楽しかったよ。ここで別れちゃうのは、ちょっと寂しい気もするけど……でも、これで完全にお別れって訳じゃないもんね」
「おう。またウチに遊びに来いよ、お前だったら歓迎だ。ダンジョンまでフリーパスで通してやる。いつでも待ってるぞ」
「……うん!また遊びに行く。その時にはもう、魔王のおにーさんが思わず恐れ慄いちゃうような、もっと勇者らしい勇者になってるから、覚悟しておいてね!」
「そりゃ楽しみだ」
彼女にニヤリと笑ってから俺は、通常のサイズに戻っているリルの背中に飛び乗り――と、その時ふと思いつき、アイテムボックスを開く。
「――そうだ、ネル。これやるよ」
「え?うわっ――」
俺が虚空の裂け目から取り出し、投げ渡したソレ――鞘に入った短剣を、慌ててキャッチするネル。
「これは……?」
「俺の作ったヤツだ。作ったはいいんだが、全然使わなくてな」
彼女は少しだけ鞘から刀身を抜くと、月の光に反射して輝くその刃を見て、ポツリと呟いた。
「…………綺麗」
月華:魔王ユキの作成した、純白の刀身を持つ短剣。その刀身の煌きは闇夜を切り裂き、一筋の光を差す。品質:A+。
銘は『月華』。少し前に、魔法金属の特性を知るため色々試していた時、アダマンタイトを使って作り上げたものだ。
性能は胸を張れる程に良いのだが、他に普段使いのナイフを持っているため全く使わず、死蔵していた一品だ。
俺のメイン武器は大剣だし、サブ武器には魔法短銃があるもんで、戦闘でも使わないしな。そうでなくても、剣技が乏しい俺に短剣術は、ちょっと無理だ。
「ま、性能は良いはずだから、予備武器として一本持っとくぐらいのつもりで使ってくれると嬉しい。それか、解体用のナイフとか」
「……ありがと、おにーさん。とっても嬉しい。大事にする。大事にするよ」
勇者は胸に短剣を抱き――内に秘めた感情が滲み出るような、とても綺麗な笑みを浮かべて、こくりと頷いた。
「あぁ。そうしてくれ。――じゃあな、ネル」
「バイバイ、おにーさん」
手を振るネルを後目に、リルに乗った俺は、そのまま王都の夜陰の中に溶け込んで行った――。
勇者ちゃんとはここで一旦別れますが、彼女は再び登場します。私、レフィの次ぐらいに勇者ちゃん気に入ってるもんで。
次回、閑話を一話挟んでから、ダンジョンに帰ります。




