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蓮華ちゃんの事件簿  作者: 琴宮類
1/5

おや、これが友達なのでしょうか。

  少女連続腹裂き事件ってご存じですか?

  

数年前この町で実際に起きた事件です。

 私はその被害者の一人。

 狭いアパートの一室で、幼い私は腹を裂かれたのです。


 生と死を同時に感じ、なにもない天井をただ見ていました。

 幸い、近所の方の通報で私は間一髪助けられました。

 揺れていた天秤は生の方に傾いたのです。


 あれから、数年が経ち。今後の進路をどうするか、私はずっと迷っておりました。


 犯罪者を裁く側にするか。

 犯罪者を捕らえる者になるか。


 今もしっかり残る、お腹から胸にかけての大きな傷。

 これをつけた犯人はもうとっくに死刑になっております。

 だから、復讐心みたいなものはありません。

 ただなんとなく、ぼんやりとああいう者はいてはいけないのだと。

 でも、あの手の類いは世に溢れ、どんどん数を増やしていく。

 いらない、でも無くならない。だから。

 私の望む世界が、それを拒むというなら、私はさらにそれを拒絶しよう。


 

 彼女は蓮華。後に国家認定の犯罪者キラーとして名をはせることになる。

 深緑深層のマーダーマーダー、彼女がまだその名で呼ばれる少し前のお話。



 夕焼けが窓から差し込み始めた放課後。時計塔の一室で私は本のページを捲ります。

 周囲には誰もいません、だからとても静か。


「ふむぅ。やはり、これなんかいいですねぇ」


 読んでいるのは女子学生には少し似合わない銃火器雑誌。

 私はいずれ持つ事になるであろう(と決めつけている)得物を選んでいる最中でした。

 

 道はすでに決まった。犯罪者を捕らえる者になろう、と。でも、警察官とかじゃ駄目。それだと下は上の命令に従うだけ、上は下に命令するだけ。これじゃどっちにいても面白くない。 独自に動けるような立場がいい。それなりの権限もあって、自由にやれるような。

 でも、多分現状そんなところはないでしょう。でもいいのです。

 その時は私が作りますので。


「エス、アイ、ジー・・・・・・シグでいいんでしょうか。これいいですね。気に入りました」


 ページに載っていた銃に魅せられた。これなら女の私でも多分使えるでしょう。

 この銃をかまえる未来の私を想像する。

 髪も今よりは長くなってるかも。

 そう、現在の肩につくかつかないかの緑髪を掻き上げます。


「とはいえ、そうなると実績が欲しいですよね。それも誰も成し遂げられないような」


 警察でも手をこまねくような大事件や大犯罪。ここを卒業するまでにそんなのをいっぱい解決しちゃえばいいのです。そしたら即戦力ですもの。


 この国は、犯罪率、再犯率がとても低い。それは現行の司法制度がうまくいってるって事なんでしょうけど・・・・・・。逆に常軌を逸した異常者が多く生まれている。

 大抵は頭が悪い薄っぺらな偽物が多数、だからすぐ捕まる。

 でも、たまにいるんです。

 人という枠を外れた化け物が。

 先を見据え、決して綻びを見せない、本物。

人の枠を越えているから常人では奴らの影すら見えない。


「そういえば、この町で最近頻繁に少女が行方不明になってますね・・・・・・」


 この頃立て続けに起こり、毎日ニュースを賑わせている。現在12人。公開捜査をしてない分もあるかもしれない。警察も躍起になって情報を集めてるけど有力な手がかりは皆無。

 この犯人、同一ならとても頭がきれる。これだけ派手にやってるのに一切の証拠を残してない。

 確実に体型が似ている子を選んでる。ただの趣向か、それとも何か他の目的があるのか。


 そんな事を考えていたら、時計塔からチャイムが流れました。

 18時を告げる音。ここは本来生徒は立ち入りできない。だからこそここに来てるんですけど。


「帰りますか」


 部屋の鍵を閉め、外に出る。この鍵は無断で私が作りました。

 階段を下ると、校舎に繋がる廊下に出る。そこの窓から反対側の校舎が見えた。

 オレンジの逆光が眩しく私を照らす。薄目を開けると、窓の向こうの屋上に人影を確認しました。 


「んんん?」


 紛れもなく人だった。すでにフェンスを越えている。

 これは、まさかのまさかですかね。

 私はとりあえず走っていました。

 ここからあそこまではそこそこ距離があって・・・・・・。

 もし、あれが例のあれなら急がなくては。


 息を切らせて廊下を駆け、階段を二段、二段と飛ぶ越え、目的地に辿り着きます。


「はぁ、はぁ・・・・・・ちょっとなにやってるんですか・・・・・・は、はぁ」


 これは駄目ですね。体も鍛えなくてはいけません。たったこれだけ動いただけでもう息切れとは。これは今後の課題ですね。


「来ないでっ。私、もう嫌なの。お願い、このまま死なせて・・・・・・」


 眼鏡をかけた生徒が涙を流して私にそう懇願します。

 やっぱり飛び降りるつもりでしたか。


「ふむ、まぁ、なにがあったか知りませんが、ちょっとこっちに来て話しましょう」


 生徒もほとんどが帰宅し、辺りが暗くなってからですからね、本気なのでしょう。でも迷いがあるのも確か。じゃなきゃ私が間に合ってません。


「いやっ、もうほっといてっ!」


 女子生徒は頑なに私の接近を拒否しています。


「う~ん。でもあれですよ。ここで貴方が飛び降りたら、私一生のトラウマになるでしょうね。毎晩寝れずに貴方の顔が出てきます。だから、せめて今は止めてくれません?」


 明日ならいいかと言えばそうではないですが。そういう口実です。

 そんなの知ったことじゃないわ、なんて言われたらもう終わりですけど、さて。


「・・・・・・・・・・・・」


 少女は黙って俯きました。これはいけそうです。

 私は刺激しないようにゆっくりゆっくり距離を狭めます。


 目の前まで来ると、私もフェンスを越えます。そして彼女の隣へ。


「ここ高いですね。これは落ちたらコロリです」

「あ、貴方、危ないわ・・・・・・戻って・・・・・・」


 彼女は心配そうに私を見ていました。


「ふふ、貴方は優しい人です。では、貴方が戻ったら私も戻りましょう」


 こうしてしぶしぶ彼女は私の提案をのんでくれました。


 

 緊張が一気にとけた二人は屋上に大の字で寝そべりました。

 空には一つ、二つと星が顔を見せます。


「一体、なにがあったんですか? 彼氏に振られたとかそんなのですか?」

「ち、違う」

「じゃあ、あれですか、いじめられてるとか」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・図星ですか。ふむふむ、なるほど」


 ここから飛び降りようとするなんて相当な事ですよ。どれだけの仕打ちを受けたというのか。ここまで関わったのです、聞きましょう。


「・・・・・・私で良かったら話してください。どうせ今日はもう死なないんでしょ?」


 しばらくの沈黙、私の待ちの態勢に。やがて彼女は重たい口を開きました。


 彼女は、クラスのグループチャットでトラブルになり、リーダー格やその取り巻きに誹謗中傷を受けていたらしい。それは今やクラス全体に広がり、毎日死ね死ね言われ続けていた。

 

 話を聞いている間にも、携帯が音を鳴らします。彼女の体がその音でわずかに震えた、ように。

画面を見た、彼女の顔が曇ります。


「どれ、ちょっと見せて下さい」

「あっ」


 私はさっと彼女の手からスマホを取り上げると内容を確認しました。

 グループは7人。メーセッージにはこう書かれていました。

 

 いつ死ぬんだよ、今日死ねよ。

 

 その後、他のメンバー達も便乗してメッセージを送ってきたようです。


 まじ死ねよ。お前がいると教室くせーんだよ。

 明日来ても席ねーぞ。廊下いろよ。


 ふむぅ。これは非道い。こんなのが毎日毎日届くのですね。


「じゃあ、こうしちゃいましょう」


 私は、勝手ににそのツールを操作し、グループ全員を消去しました。


「え、ちょっとっ! なにしてるの、そんなことしたら、もっと非道い事に・・・・・・」


「いやいや、なんで自分から受け止めなきゃならないんですか。こんなの拒否すればいいんですよ」

「でも、それだと、あいつら・・・・・・」


「じゃあ無理してここに来なければいいです。なんで辛いのに来てるのです?」

「・・・・・・学校が、嫌なわけじゃない、それに・・・・・・休んだら親が・・・・・・」


「心配かけたくない、ですか。ですが親ってのは別にいつだって子供のことを心配してるものですよ、いまさらです」

「それでも・・・・・・」


 虐めをこの子自身が認めたくないんですね。とても自分が惨めに思えるのでしょう。

 ですがね。


「人間的にこいつらは屑ですよ。底の底です。頭は悪い、素行も悪い。駄目駄目づくしです。貴方はそのこいつらよりも人間的に下ですか? そうじゃないでしょう」

「・・・・・・・・・・・・」


「これ先生でも親でもいいので見せてください。それでなんとかなります。ならなかったら私がなんとかします。だから、まずは誰かに相談する事から始めましょう」

「・・・・・・・・・・・・」


「あぁ、そういえばグループ誰もいなくなっちゃいましたね。それじゃ・・・・・・」


 私は制服から携帯を取り出しました。普段ほとんど使ってないんですがね。調べ物くらい。

最初から入っていたその同じツールを開き。


「はい、私の入れときました。多分、これでいいはずです、あってますよね?」


 手探りでいじったのですがグループに人数が2になってるから成功したはずです。


「・・・・・・うん。入ってる。・・・・・・蓮華・・・・・・ちゃん」

「良かったです。えっと貴方が・・・・・・春菜さん、ですね」


 こうして私達は出会いました。さっきまで顔も名も知らなかったのに。

 人生は不思議ですね。どこでいつ誰と知り合うかわかりません。



 その後、私達はチャットで会話したり。

 時計塔で一緒にお昼を食べたり。

 週末に買い物に出かけたり。

 

 よくわかりませんが、友人関係、そんな間柄だったのでしょう。


 彼女とは学科こそ違いましたが、学年は同じで、そして話も合いました。

 私、友達って作らなかったので実のところ毎日が新鮮でした。

 

 はっきりとした未来の目標ができたのでただそれだけを見ていたんです。

 一つの事に優先して、そのために一切脇目を振らない、それでいいのだと。

 でも、案外すぐ近くにこんなに有意義なものがあったのですね。

 光り輝いていたのに、私ぜんぜん見ようとしませんでした。


 なんでしょう。同じ雑誌でも二人でみるとなぜか楽しい。同じ場所でも二人だと心が躍る。

 なにもないキャンバスに色が描き込まれるように。

 私自身途惑っていたんですよ。

 これほど景色が違うのかと。


 

 そして知り合って一ヶ月と半分ほど経ったある日。


 彼女は飛び降りました。


 出会ったあの場所で。

 たった一人、夕焼けが辺りを照らし始めた、そんな時間。



 そして、翌日私の元に一通の手紙が届くのでした。


 蓮華ちゃんへ。


 まずはごめんなさい。

 そしてありがとう。

 蓮華ちゃんはこんな私と友達になってくれた。

 貴方に出会ってから辛かった日々に光が差した。

 本当にありがとね。

 

 もっともっと一緒にいたかった。色んな場所にも行ってみたかった。

 でも、もう限界です。

 あの日、蓮華ちゃんは私に虐められてる事を親でも先生でもいいから言いなさいって、そう言ったけど、私やっぱり言えなかったの。

 家に帰ると笑顔でおかえりって言ってくれるお母さんに、どうしても言葉がでなかった。悲しい顔するんだって、わかっちゃうから、心配してくれるって、分かるから。

 それでも蓮華ちゃんがいたから我慢できた。学校に行く勇気にもなれた。

 だけどね、あいつらの虐めは日々非道くなっていったの。

 呼び出されて殴られたり。蹴られたり。恥ずかしい写真も撮られた。それをクラス中に送るって。

 死ねって。早く死ねって。今すぐ死ねって。私なにかしたかな。毎日みんなに死ねって言われるような事したのかな。


 辛いよ。もう無理だよ。

 蓮華ちゃん助けて。それも何度も何度も言おうと思った。でも二人でいる時間がとても楽しくて、それを壊したくなくて。

 本当にごめんなさい。

 貴方に出会え一緒にいられた、それだけがこの学校にいた私の証だよ。

 


 さよならと、彼女は最後にそう書き記した。

 読み終えた私は不思議と涙が出ない。

 かわりに口からでたのは。


「・・・・・・ふふ、ふふふ・・・・・・あはは」

 

 乾いた笑い声。

  


 数日後。

 彼女の葬儀がおこなわれました。

 その日は激しく雨が地面を叩き、昼間なのにどんより空は暗く。


 春菜ちゃんのお母さん、発狂するほど取り乱していましたね。涙を流し名前を何度も叫んでいた。 

 最愛の娘があんな死に方すれば、ああもなるのでしょう。


 彼女のクラスメイトはほぼ全員参列してました。別のクラスは私だけ。


 傘を差し会場を後にします。

 雨はさらに強くなっていました。

 その道すがら。


「あいつ、まじで死にやがった、うける」

「ま、いいんじゃね、でも明日からなんかつまんなくなるよねー」

「そういや、この前とったあいつの裸踊りの動画どうする? 拡散しちゃおうか、反応すごい来そうっ」


 前方から遅れてきたと思われるクラスメイト達が。


「つーか、雨ふってんのに、なんで私らが来なきゃなんねーんだよ」

「しゃーない、行かなきゃ、後であべせんになんか言われるっから」

「文句はあれだ、線香みたいなのあげっとき、あいつの写真にいってやろ」


 私達はすれ違う。


 こいつらか。


 私の友達を貶めたのは。


 もう全部調べた。なにもかも。


 顔もしっかり焼き付けている。名前も覚えた。


 交差する瞬間、私は小さく呟きました。


「・・・・・・待っててくださいね。すぐに・・・・・・ふふふ」


 これはこの人達に言ったんじゃなく。

 春菜にいったのです。

 どうか、見ていて下さい。

 私が必ず貴方の。


 だって、私達、友達ですものね。


 

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