ホッとしてカオス
…ストン。
「っ…ぇ…?」
なぜかドラゴンの近くで下ろされた。
《ちょっと待ってよ~。どうして離れるの? もうすぐみんなが来るから待っててね》
(みんなって誰さ!!)
とりあえずこのドラゴンは今わたしたちをどうにかする気はないらしい。
ただ、みんなっていうのが何なのか。まさか他の仲間のドラゴンが群れでこちらに来るというのか。
そうしたら今度こそ食べられてしまうのか。
「みんなって、誰? 誰がもうすぐ来るの?」
深呼吸して尋ねる。
足が震えて、へたりこんでしまいそうだ。
《みんなっていうのはね~、隊長たちだよ~。馬に乗ってて遅いから、シギが飛んで聖女を探しに来たの!》
シギはすっごく速く飛べるんだから、と胸を反らす。したり顔といったところか。
シギ、とはこのドラゴンの名前なんだろう。
馬に乗ってる隊長たちっていうのはドラゴンではないってこと?
「あなたは、わたしたちを食べないの?」
今一番大切なことを聞く。
《えぇ~!? 食べないよ~!! シギ、ちゃんと巣でご飯食べてるもん。拾い食いはしないんだよ~》
ビックリしたように言われたけどそれは、ちゃんと食べてなければ食べられてたってことだろうか。ホッとしたと同時に汗が背中を伝っていった。
《あ、ねぇ、来たよ。ほら、あっち》
ドラゴンが、自分の斜め後ろに頭を向けた。
つられてわたしもドラゴンの背中、その奥を見る。
途端、ドラゴンが吼えた。
「! ヒッ」
腰が抜けた。二人分の体重でお尻に思いっきり衝撃が来た。
腕にも力が入らない。
もう、マジ勘弁してください!!!
「ぅ~、うえ~、あ~や~」
さすがにあかりが起きた。
むずがるように体をくねらせる。
わたしは力の入らない腕を叱責して落とさないように必死に支える。
あかりは寝つきが良い代わりに寝起きにグズる。
しかも今は無理矢理起こされたようなものだから、余計に長引くだろう。
そういえば保育園の同じクラスの子は、寝る前に大騒ぎして寝起きはメチャクチャ良いって言ってたっけ。
しかし、今までよく寝てられたね…。
《あれ~、赤ちゃん泣いちゃった~。どうして~?》
後ろを向いていたドラゴンの頭があかりの顔を覗きこむ。
それを見て、ぐしゅぐしゅ言ってたあかりが大声で泣いて抱きついてきた。
「ぎゃああぁぁぁああぁぁん!」
正しく、『まるで小さな怪獣だ』だ。
でもヤバい!
食べないとは言われたけど、ドラゴンの機嫌損ねたらどうなるか分からない。
慌てて泣き止ませようとしたけど、それより先にドラゴンが慌てだした。
《え? え? どうして泣くの? シギ、何かしちゃった? ごめんね、ごめんね》
「ぎゃああああん!」
《ごめんね、ごめんねってば、もう泣かないで~。ねぇ、もう泣かないでよ~、ごめんねって言ってるでしょう~?》
ドスンドスンと両足を鳴らしながらオロオロするドラゴン。
大泣きするあかりにひたすら謝ってたと思ったら今度はドラゴンまで泣き始めた。
「ぎゃああああん、ぎゃああん」
《もう泣かないでってば~! どうして泣くの~? うわああぁん》
何このカオス。
さっきまでの恐怖と緊張と、一転して変な安心感やらで体の力が抜けて疲労感が半端ない。
なんなのこれ、どう収拾すればいいのよ…。
もう、ホント勘弁してください…。
「なんだ、何があった? シギ、落ち着け」
疲れきってグッタリしてたら、突然知らない男の人の声がした。
ハッとして体がビクリと震えた。
見るとドラゴンの後ろから西洋風の鎧を着た人が、泣いてるドラゴンに近寄ってきて首元を擦って宥めていた。
がっちりした太い腕に鎧の下も鍛えているだろうことがよく分かる。
その後方には馬を引いた同じような鎧を着た人達が10人ほどいた。
騎士、かな?
《うわあん、隊長さぁん。赤ちゃんが泣き止まないの~! ごめんねって言ってるのに~》
「そうか、でもシギは謝ったんだろう? それならもういい。泣き止め。お前が泣いていると赤ん坊も泣き止まないぞ」
父親かよ!!
なんで人んちの躾をこんなところで見なきゃいけないのさ!
本来微笑ましい光景のはずなのに、ドラゴンと男の人のやり取りに何故か自分の心が荒んでいくような気がした。