5. 獣人カルテット
スプラッタな予感に震えるおれにウサギが跳びついて来たので、
思わず抱きとめてしまった。
ウサギの感触に、幼い頃のもふもふトラウマが蘇り固まるおれ。
膝の上でプルプルと震えるウサギ。
サンダーだけが素早い動きをみせた。
焚き火から太い枝を掴み、あっという間に間合いを詰め、おばけ型のアレを殴打した。
先端が赤く焼けた枝で、頭を腹を、殴る殴る殴る……。
あっ、崩れ落ちた相手に蹴りまで入れた。蹴られる度、白い塊がバウンドする。
やめてあげてぇぇ、校舎裏のヤンキーでもそこまでしないよおおおお。
タコ殴りされたオバQもどきは、こっちに切なげな瞳を向けて縮んでいき
プルルンッとゼリー状の何かが地面に残った。
「もう大丈夫ですよ」
うわぁ、眩しい笑顔の中に、やり切った感が出てるし。かいてない汗まで拭いてるし。
あまりに一方的すぎて、サンダーのほうが悪役チックに見えてたということは
内緒にしておこう。
「ありがとう。おれ何も出来なかったよ。(いろんな意味で)凄いねサンダーは」
「助けてくれて、ありがとうピョ。お兄ちゃん、お姉ちゃん」
ちょっと、お姉ちゃんって誰。
「父ちゃん達と狩りに来たピョ。
アリを100まで数えて父ちゃんに教えようとしたら居なかったピョ。
100まで数えられるようになったからいけないピョ。
30までだったら父ちゃんまだいたはずピョ。
オバスライムに負けないピョ。父ちゃんは村で一番強いピョ。
でも、前にナットの父ちゃんとお酒呑んで喧嘩してたとき、
二人を母ちゃんがぶん殴って止めたピョ。
母ちゃんはイルミナードで一番強いかもしれないピョ。怖いピョ。
ぼくも帰ったら母ちゃんに怒られるピョ。100も数えたのが……」
要するに、父親たちの狩りに付いてきたが、アリに気を取られて迷子になったと。
見た目は小学校のウサギ小屋にいたウサギと同じ位だから大人だと思ってたけど、
話からすると小さい子のようだ。
子供と校長の話は長いのが常識。こちらから話を切らないと止まらない。
「おれはシュウ。こっちのお兄ちゃんはサンダーだよ。君の名前は?」
「ぼくはブラブルです。ピョ。6歳です。ピョ」
ブラブル君は、キリッと背筋を伸ばして礼儀正しく答えてくれた。
どうしても"ピョ"は付いちゃうのは仕様なのかね。
「住んでる村までの道は知ってる? 送ってあげるけど」
「分からないピョ……ぼく、もしかして迷子?」
"ガーン"と擬音が聞こえそうなポーズで、ショックを受けているブラブル君。
自分の状況に気づくの遅すぎだよ。お兄ちゃんは君の未来が心配です。
「ブラブル!!!」
「あっ、父ちゃん?」
うわ、でっかいウサギが来たー!
足音をドスドス響かせながら中型犬くらいのウサギが。
「どこに行ってたんだ! 勝手に動くなとあれ程言っただろう!」
ガツン!とゲンコツが落ちた。ウサギチョップに見えなくもない。
「ごめんなさいピョ。オバスライムに追いかけられたピョ。
お兄ちゃん達に助けてもらったピョ」
「オバスライムが……北から流れてきたのか。
君達、息子を助けてくれて、ありがとう」
「いえ、無事で良かった。ところで、オバスライムって何なの?」
「アンデッドのスライムだ。魔物と人が戦った場所でまれに発生する。
それ程強くない魔物だが、音も気配もなく近づいてくるから、
気づいた時にはすぐ後ろにいたなんてことになる。
最近、北の方で魔物の大討伐があったらしい。そこから流れてきたんだろう」
アレ、スライムだったんだ。スライムってゼリー状のプヨプヨしたイメージだけど。
「他の……普通のスライムってどんなの?」
「スライムを知らないのか? どこにでも居るだろう? 半透明の丸いやつだ。
生き物は襲わない。草を食うからな。畑に入った時は厄介だか。
干すと食える。コリコリして旨いぞ」
「食べられるんだ……。クラゲみたいなものかな」
「そういえば、君達は珍しい衣装を着ているな。他国からの旅人なのか?」
「おれ達は……」
「日本からです。気がついたらこの森にいました」
あぁぁ。サンダー直球で行っちゃったよ。
常識的に、違う世界から来ましたなんて怪しさ満載だし!
狂人だと思われて、知らない世界で監禁ライフなんて、おれは嫌だ。
「ひょっとして、移界人か?」
「イカイビト?」
「あぁ、別の世界から来た人ということだ。前に現れたのは120年前だったか。
王都ならそれ以前の移界人の記録もあるはずだぞ」
「おれ達、その移界人みたい。地球の日本にいたんだ」
あっさり、信じてもらえちゃいました。前にも別の世界から来た人がいたなんて。
でも、120年も前の人なら会えないだろうなぁ。
「前の移界人はどうなったか知ってる? 元の世界に帰れた?」
「隣の街を作ったぞ。最初は小さな村だったが、
彼が陶器の技術を持ち込んで発展させたんだ。
彼の名前をとって街の名は《ジロー》になった。今は孫が町長だな。
元の世界には帰ってないぞ。帰らなかったのか、帰れなかったのかは知らん」
ジローさんって、二郎とか次郎とか治朗とかだよね。思いっきり日本人じゃん。
で、陶芸家だったと。
「サンダー、ジローさんの孫に話を聞きに行ってみない?」
「そうですね。お祖父さんの話を聞いているでしょうし、何か分かるかもしれませんね」
「ジローまでは俺が案内しよう。その前に、息子を助けてくれた礼もしたいから村に来てくれ」
ブラブル父は焚き火をチラッと見て
「食事の途中だったか。食べていてくれ。その間に、仲間に息子が見つかった報告をするから」
そして立ち上がると、ダン・ダン・ダダン・ダン・ダンと力強くステップを踏む。
おれ達は、豪快なステップを横目で見ながら、冷めた鶏肉を齧った。
「それ何の肉ピョ。美味しそうだピョ」
「鳥の肉だよ。味付けしてないからあまり美味しくないかも」
「とりっ! お祭りの時しか食べられないピョ! ごちそうだピョ!
いつもみんなで分けるからチョッピリしか食べられないピョ!」
「えっ! ウサギなのに肉食べるの?」
じゃあ狩りって、キノコ狩りとか山菜狩りとか筍狩りとか紅葉狩りじゃないの?!
「食べるピョ。大好物だピョ。
獣人は見た目が父ちゃんか母ちゃんのどっちかに似るピョ。
ぼくも父ちゃんに似たから兎族ピョ。
母ちゃんはヒョウだピョ。肉食べてもおかしくないピョ」
「見た目は両親から受け継ぐが、体質や能力はいろいろな種族の性質が
混じっていることが多い。今は純粋な種族はほとんど居ないんだ。
他種族との子ができにくい人間やエルフの場合、
跡継ぎが必要な貴族なんかは同種族と婚姻するがな」
ブラブル父のダンスは終わったらしい。
「獣人ってことは、もしかして人型になれるの?」
「あぁ、なれる。普段は人型で生活してるな。狩りの時は身を潜めやすいからこの姿だか。
俺は偵察兼、囮だからな」
と得意気に言いながら、ブラブル父は伸びをする。
ちょ、待って待って。ここで変身しないで。ああああ。
マッチョなウサ耳オッサンが出現しちゃったよ……目つきも鋭いし……。
変身してしまったものは仕方がないので、お約束の一言。
「確かにその姿じゃ囮は出来ないよね。とりあえず、前隠してくれます?」
ブラブル父がウサギ姿に戻ったところで、残りの鶏肉を4人で分けて食べる。
改めて自己紹介をして、ブラブル父はジュラブルという名で
サファゼという村に住んでいるということが分かった。
そこへジュラブルさんの仲間たちも加わった。
「ブラブルが見つかったって?」
狐族で弓使いのチャルナさん、猫族で剣士のフォルマさん、熊族で斧使いのアマーボさん。
皆さん、人型・ケモ耳オッサンでした。もちろん、衣服着用。
いつも4~7人程で狩りをするそうだ。
村の子供は7歳からメンバーに入り狩りの方法を学ぶ。
その準備のため、6歳半になると近くの狩場へ連れ出し見学をさせるらしい。
そういった話を聞きながら冷めた肉を齧っていると、後から来た3人の視線が痛い。
鶏肉が狙われている。とっても食べづらい。
「あの……鶏肉はこれしか無くて……後は玉子くらいしか……」
「「「「タマゴ!」」」」
「生卵ですけど…」
「も、もしや、鳥の卵ではあるまいな」と、チャルナさん。
「そうですけど、こっちでは鳥の卵は食べないの?」
「食うぞ。最高級食材だ。鳥は崖に群れで巣を作るんだ。
危険な場所な上に、親鳥に気づかれれば集団で襲ってくるからな。
木の上に巣を作るやつもいるが、親鳥は強い魔物だ。
俺達の村では、タマゴはめったに手に入らないんだ」
と、力説するジュラブルさん。
「俺は王都で一度だけ食べた。あぁ、あのトロリとした食感。
口に残る豊潤な香り。思い出すだけで……」
うっとりと、チャルナさん。
「滋養強壮に効くらしいじゃないか。
この頃若い時分の勢いが無くなってきた気がするんだよなー」
充分ギラついてます、フォルマさん。
「ウン、食わせろ」
簡明直截、アマーボさん。
「じゃあ、村におじゃましたら卵料理を作って……」
「「「「タマゴは生で!」」」」
またも息ぴったりな低音四重奏。
結局、獣人カルテットに押された形で玉子を配った。
おれは生卵はご飯にかける派だし、サンダーは「いりません」と顔をしかめたので、
オッサンカルテット+ブラブル君に各一個ずつ。
おっさん達が生卵を一気飲みする姿は、戦いに赴くロッキーに重なる。
「エイドリアン!」いやごめん、言ってみたかっただけ。
ウサギの親子は、両手で玉子を持ってズルズル啜っている。可愛いやら、シュールやら。
大きいウサギの中身はオッサンだけどね。
そんなこんなで、そろそろ日が暮れる時間なので村に移動することに。
山火事防止。焚き火は水をかけて始末をしておいた。
おれがブラブル君を抱き上げ、アマーボさんがジュラブルさんの首を無造作につまみ上げ、やっと出発。
斧を背負ったアマーボさんの腕からぶら下がるウサギは、獲物に見えるけどそれは言わないでおこう。
途中で一際大きな木の上から荷物とイノシシらしき獲物を回収し
(フォルマさんがスルスル登った。さすが猫族。身軽だ)、
ブラブル君とジュラブルさんは人型になって服を着た。
ブラブル君は可愛らしいタレ耳の幼児になっても、おれに「抱っこ、抱っこしてピョー」とせがみ、
ジュラブルさんに「甘えるな」とゲンコツをもらってた。