4. 森の動物達
今日は1話から連続投稿しています。
「結婚してクダサイ!!!」
「「はあ?!」」
「お断りします」
口をぽっかり開けたままのおれの代わりに、サンダーがさっくり端的に返事をした。
白馬はキッとサンダーを睨んだ。
「なっ、なんでサ! この白銀に輝く毛並み、力強くエレガントなボディ、
ウルトリーネ様も美しいと褒めてくださったこのボクを振るというの?!
いや、犬族の君はボクに嫉妬したのサ。この麗しいボクにハニーがメロメロになると思ってね。
ボクの美しさはなんて罪深いんだろう。犬族の君が泣く事になろうとも、愛こそ真実。
さぁハニー、君の口で《イエス》と言っておくれ」
白馬の視線がまたこっちに向いちゃった。おれは、微妙に視線を逸らしてみる。
「残念ですが、シュウはオスですよ」
「………」
「………」
白馬がねぇ嘘でしょ?と言うような目で見ている気配がするので、目を逸らしたまま
「ごめんね」と、謝ってしまった。おれが悪いわけどゃないけど。
ぽとり。白馬の口から花が落ちた。花びらがハラハラと風に攫われていく。
振られ馬はおもむろに立ち上がると
「ボクのハートはブロークンなのサーッ!!!」と意味不明な叫びを残して走り去っていった。
「シュウ、ここでは動物も話せることが判ったところで」
サンダーは、今の一件を無かったことにするつもりらしい。
それについては、当然おれにも異存はない。
「他にもこの世界の事を知らなければ」
「うん、人か、害の無さそうな動物を探して聞いてみるのはどう?」
「そうですね。人里に出られるといいのですが。
何かの事情で人に聞けなくても、集落の近くなら危険な生物が少なそうですし。
最悪、野宿することになるかもしれませんから、
安全な場所を探しながら人里を探してみましょう」
とりあえず、喉を潤すことにした。公園で走った後だったんだよね。
おれはペットボトルのコーラを飲み、サンダーは滝壺で水を飲む。
どれだけ歩くことになるか分からないので、水は確保しておこう。
空いたペットボトルに水を汲みながら、サンダーの水飲み用の皿が無い事に気づいた。
「サンダーの水どうしよう。ペットボトルから飲める?」
サンダーは少し考え込んだ様子だったが、
「大丈夫そうです。この姿なら…」
と、答えながら体を伸ばした。
伸びでもするのかと思えば、ガガガガと音がしそうな程体が伸びていく。
サンダーの居た場所に立っているのは、黒髪、全裸のイケメン。
20代前半位か。細マッチョな体に、唯一身に付けているのは赤い首輪で。頭には犬ミミ!
変態さんだ! 変態さんがいるっ!
妙なテンションの白馬が居なくなったと思ったら、次は犬ミミ裸族が来たっ!
「この姿でも違和感はありませんね。どうです。これなら問題無いでしょう」
「いや、おれとしては違和感も問題もありまくりだけど……。さ、サンダーなの?」
「はい」
1時間足らずの間に、どれだけ驚けばいいんだろ。
気づいたら知らない場所にいて。サンダーが渋い声でしゃべって。
頭の悪そうな白馬に求婚され。サンダーが男前に変身して。
これ以上ビックリしたら、チキンなおれの心臓は爆発しそうだよ。
誕生日だからって、こんなサプライズプレゼントは欲しくないよ!
結局、おれの口から出たのは常識的なものだった。
「サンダー、前隠してくれる?」
「すみません。服を着る習慣がなかったもので」
そりゃそうだよね。さっきまで犬だったし。
リュックから、先週から入れっぱなしだったTシャツと短パンを出してサンダーに着せた。
洗濯に出し忘れたので、汗臭いかもしれないけど勘弁してもらう。
パンツもあったけど、おれの使用済みパンツを履かせるのも悪いので渡さなかった。
Tシャツが若干パツパツだ。短パンはウエストを紐で縛れるようになっているので大丈夫。
ジーパンじゃなくて良かった。丈の足りなさを見たら、おれ凹むから。
いざという時、対処出来そうなのはサンダーの方なので、
両手が空くリュックをサンダーが背負い、おれはエコバッグを手に提げた。
改めて見ると
「小川沿いに進んでみましょう。
俺達の知らない生物がいるかもしれないから、あまり水に近づかないで」
サンダーが先頭になって歩く。木は密集していないし、下生えも短めでさほど歩きにくくはない。
落ちている枯れ枝に躓かないよう注意するくらいだ。
おれ達は今まで話せなかった分を埋めるように、ずっとしゃべりながら歩いた。
サンダーが父さんに連れて来られた日、知らないところへ連れて来られて不安で泣きたかったのに
おれが怖がってサンダーより先にギャン泣きしたこと。
先に泣かれると泣けなくちゃいますね。とサンダーは言った。
シュウの方が体は大きいけれど、その時から守らなくてはと思いました。とも。
今までの事をいろいろ話しながら歩くこと3時間。
歩きにくくはなくても慣れない道を進んできたので、休憩をとることにした。
少し開けた場所の草の上に直に腰を下ろし、伸びをしながら空を見ると、鳥が降りてきた。
ペットショップでよく見る、インコのような緑が鮮やかな羽だ。インコより2回りは大きいけどね。
近づいてきたので、プチトマトを放おってみる。
鳥はプチトマトを丸呑みすると満足そうに「ケッコー」と鳴いて、おれの肩に止まった。
重い、握力強っ! そして、クチバシが近くて怖い!
「い、痛いから、肩から下りて」
肩から下りた鳥のために、プチトマトを数個まとめて地面に置いた。
「この鳥、さっき「ケッコー」って言ってたし、おれが肩から下りてって言ったのも通じたみたいだ。
この鳥も話せるのかもしれないね」
「そうですね、聞いてみましょうか。君、近くに村はないか知らなかい」
インコ風の鳥は、首を傾げただけだった。
「通じないのか。残念」
おれ達もお腹が空いてきたので、何か食べたいところだ。
「持ってる食べ物は、生玉子、生肉、ニンジン、プチトマト、アメ。
お腹に溜まりそうなものはどっちも生って……」
「火を起こせるか試してみましょう。俺は枯れ枝を集めてきます」
サンダーが森へ入ると、おれは使えそうな物を探してみた。
BBQをする時に、着火剤代わりに新聞紙を使うって聞いた気がする。
ノートがあったので数枚破り、捻って代用品にした。
ペンケースにあったカッターで、苦労して木の皮を剥いだ。
火を起こす時の板代わりになるかもしれない。
そんな事をしているうちに、枯れ枝を抱えたサンダーが戻って来た。
「火が付くようなら、また拾ってきます」
おれは出来るだけ真っ直ぐで細めの枝を選んで、火起こしを試してみた。
木の皮に垂直に枝を当て掌で揉むように擦り合わせる。
ゴリゴリゴリゴリ……。
10分経っても、煙も立たず。
鳥が寄ってきて不思議そうに見ているので、言葉が通じないのは知っているけど
「こうやって、火をつくるんだよ。まだ時間がかかりそうだけどね」
と、つい話しかけてしまった。
「ゴッ!」
鳥の開いたクチバシから火が!
おおお、フェニックス?! あれ、フェニックスは火に飛び込むんだっけ。
「あ、ありがとう」
鳥の危険な特技に若干引いたけど、お礼は言っておいた。
火が消えないうちに、早速調理。
食材は誕生日の晩餐用に用意した100g・102円の肉。焼くだけ。
調味料・香辛料なしの、肉の味のみというワイルド料理。
さっき火起こしに使った枝を肉に刺す。今度こそ枝を活用できそうだ。
また火が確保出来る保証はないので、全て焼いておくことにする。
肉を火で炙ろうとしたら、ずっとおれの手元を見ていた鳥が
「イケズー」と鳴きながら慌てて飛び去った。
「あれ、行っちゃった。これ鶏肉だから?」
「自分の起こした火で仲間が焼かれるのは、やるせない感じがするでしょうね」
「悪いことしたなー。でもよく鶏肉だって気づいたね。野生の勘ってやつ?」
待つことしばし、いい感じに肉が焼きあがった。
「塩が欲しー。よく噛めば味があるけど、やっぱりなんか物足りないや」
「犬の俺でも物足りなく感じますね。遠田家では良い物を食べさせ……」
「あっ、ウサギ!」
馬、鳥の次はウサギが跳んで来た。そのうち十二支が揃うかもしれない。
と、さらにその後ろからおれの腰の高さ位の生き物が。
「ん? オバQ?」
デカ目でタラコ唇の白いアレがウサギを追ってきた。毛が3本靡いている。
まさか、マヌケな顔してウサギをパクッと一飲みするんじゃないだろうね。
それとも、まさか……血まみれの口からダラリのサガッたウサギが……。
おれはスプラッタ場面を想像してしまい背筋を凍らせた。
「助けてピョー!!」
逃げてきたのは、話すウサギらしい。