11. 非常識なの?
「そんなの聞いたことない! いくら移界人でもありえないわ!」
おれは今、白いローブの美少女に責められている。
おれに理不尽な怒りをぶつけている彼女は、この教会の神官長だ。
色白な肌を紅潮させて睨みつけてくる彼女に、おれとブラブル君は震えた。
怒りの矛先のおれはともかく、小さい子供まで怯えさせるのはどうなのよ。
彼女の背後にメラメラと青い炎が見える気がするが、
ここはひとつガツンと……
「ご、ごめんなさい」
うわあああ、おれ謝っちゃったよ。ねぇ、おれが悪いの?
朝食を済ませたおれ達は、ブルーナさんに掃除の邪魔だと追い立てられ家を出た。
着替えの服が欲しいし、お金が足りれば異世界っぽいカッコイイ装備なんか揃えたい。
しかしまず教会に行ってからっていうことで、
おれとサンダーとジュラブルさんとブラブル君の4人で神殿に向かった。
サンダーは娘さんやら奥様方やらに挨拶されて爽やかに返事をしている。
うんうん、爽やかな男前って最強だよねー。
いや、別に羨ましくないからね。
おれはというと……あれ、子供達が寄ってこない。
挨拶はしてくれるんだけどさ、昨日と比べるとなんていうの、あっさりしてる?
「ブラブル君、ここの子供って朝から忙しいの? 誰も昨日みたいに絡んでこないけど」
「今日はお兄ちゃんいい匂いがしないピョ。
だから今日は、ぼくがお兄ちゃんを独り占めピョ」
「ブルーナさんも言ってたけど、いい匂いってなんなんだろ……。
みんなが寄ってくるのが匂いのせいなら、無くなって嬉しいけどさ」
「くふふ、お兄ちゃんはぼくのこと、ブラブルって呼ぶといいピョ。
ぼくはお兄ちゃんのことシュウ兄って呼ぶピョ」
「ブラブル君……ブラブル、サンダーからはいい匂いがしないの?」
「シュウ兄は~ぼくのもの~、ピョン♪ ぼくが拾ったぼくのもの~、ピョン♪」
繋いだ手をぶんぶん振るブラブルは、全く人の話を聞いてないし。
ってか、拾われてません。
教会に着くとおれ達を待っていたかのように、すぐに神官たちが出迎えてくれた。
「サファゼ教会へようこそお越しくださいました。
移界人がお二人もお見えになると、長老から聞いてお待ちしておりました。
わたくしがここの神官長、カルダメルトの神官のリーフデルカでございます。
水と治療の魔法を使います」
白いローブを纏った15・6歳の清楚な美少女が進み出て、
赤みがかった金髪をふわりとさせて頭を下げる。
うおお、こういうの待ってた! 巫女さんと言えば美少女だよね。
テンション上がるね、分かってるね、異世界!
「私はオンダヨークの神官、アッコルソ。私が持つのは真偽を見極める技」
腕を組み反り返って自己紹介したのは、2m超えのガタイのいい40歳位のオッサン。
どう見ても神官に見えないけど。白いローブが格闘技ガウンに見えるし。
「私はウルトリーネの神官です。サナーロと申します。土の魔法を使います」
色の薄い金髪をさらりとかき上げて挨拶するのは薄幸(そうに見える)美青年。
かなり整った顔に尖った耳。顔だけなら王子様系イケメンなんだけど、
線が細すぎてローブ姿がサナトリウムで療養してる病弱な青年にしか見えない。
声まで細いし、胃腸も弱そうだし、なにかと大丈夫なのかな。
「どの神のご加護を受けているか、お知りになりたいのでしたわね。
なんでも、移界の時に神にお会いにならなかったとか。
それならば尚のこと、教会で調べなければなりませんね」
神官長は口元を押さえて楽しそうにクスクスと笑った。
「お二方もわたくしと同じ、カルダメルト様のご加護を受けられていると嬉しいですわ。
わたくしここ最近、治癒の魔法を教えていませんの。
神の恩寵を受けられた異世界の方は魔力が大きいと伝えられてますし、
魔法をお教え出来るのは名誉なことですわ」
おれ達は、礼拝堂の奥にある3体の石の像の前に案内された。
3体とも両手を差し出す形になっている。
「早速ですけど、オンダヨーク様の左手の上にあなたの左手を重ねてください」
マッチョなアッコルソさんが、歴戦をくぐり抜けた戦士のような
イカツイ男性像の手の上に自分の手を重ねている。
「シュウ、何が起こるか分かりませんから、俺が先に試します」
神官長を胡散臭そうな目で見ていたサンダーがおれの前に進み出て、
像の左手の上に手を重ねた。
「おお、熱い。間違いなくオンダヨーク様のご加護が。魔力も大きいようだ」
アッコルソさんはなぜかホクホク顔だ。
「では、サンダーさん。次はわたくしの方へ。
ご加護は本来1神のみですので、他の神をお調べにならずとも良いのですけど。
極々まれにですけど、例外もあるのですわ。
《賢帝ロザナ》《大賢者サンガルジオン》のように、
2神のご加護を受ける幸運な者もいたとのこと。
ですから、全ての神のご加護を調べるのが慣例になっていますの」
サンダーは続けてカルダメルトの像、ウルトリーネの像を試したけど反応はなかった。
オンダヨークの加護で確定らしい。
「今度はシュウさんがお手を……。ウォッ! 熱ぢっ!!」
おれが像と手を合わせた途端、アッコルソさんは像から飛び退った。
失礼な。サンダーの時は嬉しそうだったのに……。
「ちょっと、熱いってなに? 大丈夫? おれの方は何とも無いけど」
「これ程の魔力は初めてだ。これがオンダヨーク様の恩寵の力か」
オッサンは赤くなった掌にフーフー息を吹きかけながら、独りで唸っている。
おれの話を聞いてない。重ね重ね失礼なアッコさんだ。
「神官は神の像を通して、魔力を感じ取れるのですわ。
神の像は左の手で魔力を集め、右の手で神の御業を施すと言われています。
左手に神の力の欠片を授かる者が触れると、
右手に触れる神官に熱として魔力が伝わるのです」
「神の像が魔力伝導体みたいなものなのかな。
それで、伝わる魔力が大きいと熱く感じるってこと?」
「ええ。感じる温度は魔力によりますね。
ご加護があっても魔法が使えない方はほんのり温かくなる程度。
ほとんどの方がそうですわ」
「次はカルダメルト様だっけ? リーフデルカさんが調べてくれるんだよね」
「はい。お手数ですが、念のためですの……キャァァァァ!!!」
神官長も飛び退った。うん、美少女が跳ねる、善きかな善きかな。
たとえ、後ろっ飛びで2mとか、がに股で着地したとかでも。
「ありえないわ。2神のご加護を持って、これだけ大きな魔力なんて……。
私と同等……いいえそれ以上の魔力だわ」
「あのー、さっき聞いた2神のご加護ってやつなの? 何か問題でも?」
神官長も赤くなった掌にフーフー息を吹きかけながら、独りで唸っている。
質問するのは後にすることにして、先に調べてもらおうとサナーロさんを見た。
「最後は私ですね。さすがに3神のご加護の例はありませんから。
さあ、どうぞ……わあああああ!!!」
大きい声も出せるんだねぇ、肺活量はあるんじゃないのなんて考えてたら
サナーロさんはぶっ倒れた。なぜだか幸せそうな顔で。
「ちょっと、なんなのよあんたっ!! 非常識すぎるじゃない!!
3神の加護持ちってどういうことよ、
しかも神官が火傷を負うほどの魔力ってなんなのよ!!
誰の恩寵だかわからないじゃないの!! と言うかなんで本人が知らないのよ!!」
急に神官長が切れました。
おれだって訳がわからないよ……。