10. 異世界でも普通の朝
誰かがおれの体を揺さぶっている。
ん? 母さん、今日は日曜日だよ。
昨日はいろいろ考える事があってさ、あんまし寝てないんだよ。
おれさ、動物は間違いなく襲ってくるものだと思ってたけど、
話してみたら意外と友好的っていうか可愛げがあるっていうか……。
語尾に「ピョ」とか付いちゃうんだよ……アハハッ。
ちょ、そんなに揺さぶんないでよ。
買い物は後で行くから、もう少し寝かせて……ん?
んん……?
おれは体をベットから身を引き剥がし、ぼんやりとしたまま周りを見た。
家具はベッドと、水差しが乗った小さなテーブルだけ。
床も壁も木のなんともすっきりした部屋だ。
そうだ、ここはジュラブルさんの家の客用寝室だっけ。
「ああ。おはよう、サンダー」
「おはようございます。みなさんもう起きているようですよ」
携帯で確認したら、9時だった。
そっか、この携帯もこっちでは使えないんだな……。
今どきガラケーなんて友達には驚かれるけど、スマホじゃなくて良かった。
充電してあるからバッテリーは後4日位もつと思う。
元の世界に戻った時、家の近所じゃないかもしれないし携帯は必須だろう。
おれは携帯の電源を切ってリュックのポケットに入れた。
部屋を出るとスープの良い匂いがした。匂いを辿って階下に下りる。
「おはよう、シュウ。起きたんだね。呼びに行こうと思ってたんだよ」
鍋をかき回す手を止めずにブルーナさんが振り返った。
ジュラブルさんが居ないのを確認してから、おれは挨拶をかえす。
「おはよう。何か手伝う?」
ブルーナさんはジュラブルさんの奥さん、ブラブル君の母だ。
ジュラブルさんにどうやってゲットしたのか一度問い正したい、
華のある彫りの深い美人だ。
で、いやなんというか……ボンキュッボンのバフーッな感じなのですよ。
16歳の健全な男子としては、バフーな方につい目が行ってしまうんですよ。
朝から眼福ではあるけど、ガン見するとジュラブルさんにぶん殴られそうだ。
いや、その前にイルミナード一強いブルーナさん(ブラブル談)に
タコ殴りされるかもしんない。
「もう出来るから手伝いは要らないよ。先に顔を洗っといでよ。
水桶の使い方は分かるかい。この下に桶を置いて、この石に触ると水が出るからね。
使い終わった水はこっちに流すんだよ」
凄い!! なんだこれ、まるで水道じゃん。
大きなタライの縁に水道の蛇口みたいなのが付いていて、
蛇口のひねる所の代わりに拳より小さい位の青い石がはまっている。
この青い石に手を当てると水が出る。
これが長老が言ってた魔石を使った魔道具かぁ。
おれは思い立って、歯磨き粉を取りに部屋へ戻った。
歯ブラシはないから指で磨かなきゃだけど、それは仕方がないよね。
母さんが言ってた予感ってこれだったのかなぁ。異世界で外泊?
どうせなら歯ブラシとパンツも予感して欲しかったよ。
ってか、パンツ大事でしょ!
あー、パンツも洗うか……サンダーはノーパンだしね……ハハッ。
歯磨きと洗顔ついでに洗濯を終え、ブルーナさんに即されて食卓についたおれに
「あら、シュウ。今日はいい匂いがしないね」
おれの首筋に鼻を近づけて、怪訝そうな顔をするブルーナさん。
そんなに近づいたらブルーナさんからいい匂いが……。
いやいや、ドキドキしていろいろヤバイから離れてください。
「まぁいいや。可愛いのは変わんないし。
もうじきブラブル達も帰ってくるから、ちょっと待ってなよ」
ちょ、サンダーまでおれの首筋嗅ぐなよ!!
「帰ったぞー!」
「お兄ちゃん、おはよーピョ!」
両手に一杯、パンやら野菜やらを持ってジュラブルさん達が帰ってきた。
広場まで買い物に行っていたらしい。
おれとサンダーをゆっくり寝かせてやろうってことで、
いつものジュラブル家の朝食の時間よりかなり遅くなったらしい。
ブラブル君がお腹を押さえ、耳も垂れて情けない顔になってる。
「あんだら、今日も忙しいんだろ。さあ、沢山食べな」
「いただきまーす(ピョ)!」
ブルーナさんが朝早くから煮込んだ野菜たっぷりのシチュー、
ブラブル君が焼きたてを買ってきた固めで麦の味がしっかりするパン。
ジュラブルさんが麻袋一杯に買ってきた新鮮な野菜は、塩と油で。
メニューとしてはシンブルだけど、手がかかっていてなんだか贅沢だ。
帰ったら、父さんと母さんに手間をかけた料理を作ってあげたい、
そんな気分になった。