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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼と私のゲーム事情

作者: ねね

初投稿作品です。

仄めかす程度ですが、本作中に『R15』『ボーイズラブ』に該当する言葉がネタとして若干登場します。

苦手な方はご注意下さいませ。

「勇者様……!」

「姫!」


それはとても険しく厳しい、長い戦いの終焉でのこと。

天から煌く光が降注ぐ中、麗しの姫と常勝の勇者が互いの無事に歓喜し、涙を流しながら抱きあっていた。

ふたりの周囲に散らばるのは、激しい戦いの末に崩れ落ちた古城の瓦礫。

そして、全ての魔と悪を司りこの国に災いを齎して来たとされる、巨大な竜の亡骸だ。


勇者が歩んだ道程は、過酷で悲惨なものだった。

生存確率はゼロに等しく、常に崖っぷちを綱渡りしている様なぎりぎりの状態だった。

然し、魔獣の生贄に捧げられた姫を取り戻すため……たった一人の愛するひとを助け出すために勇者は己の力を振り絞り、色々なものを犠牲にして、今此処に辿り着いたのである。


「姫、救出が遅くなり大変申し訳ありません。さぞお辛かったでしょう」

「いいえ……いいえ……! わたくしは、貴方がご無事なだけで嬉しいのです。故国に見放されたわたくしを、貴方だけは見捨てないでいてくれた……それだけで」

「姫……」


みつめあう二人。

姫の、まるで澄み渡る空の様な美しい青の瞳から、透明な雫が次から次へぽろぽろと零れる。

その涙を勇者は愛おしそうに拭うと、彼女の小さな額にくちづけを落とした。







*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*







ちゃららら~ん。ちゃ~らら~ららら~。




「はぁ……」




ちゃらら~んらららら~ん。




「つ、疲れた……」




感傷的なメロディをBGMに、私は途方も無い疲労感を覚えて肩を落とした。

此処は都内にある某アパート。

1LDKの、小さいながらもすごし易い私のお城だ。

先程から、ちゃ~ららら~んらら~と場違いなシンフォニーを響かせているのは、部屋に据えている机の上……ソファーに座った私の目の前に置いてあるデスクトップ型パソコン。

正確にいうと、そのパソコンで現在エンディングロール中の恋愛シュミレーションゲーム【DixenSaga 失われた光を求めて】が発信源である。


事の起こりは昨日の夕方。

話すと物凄く長くなるので端折るが「暇過ぎて死にそう!」と駄々を捏ねた私を見かねて「ならこれやってみる?」と幼馴染に押し付けられたのがこのゲームだった。






「お疲れ様、凜乃。どうだった?」


『凜乃』と優しい声で私の名前を呼びきらきらしい笑みを湛えて感想を聴いてきたのは、ゲームを勧めてくれた私の幼馴染、朔夜。

実は彼には、ゲームをしている間中ずっと隣に張り付かれてた。

こちらの様子を逐一観察していたらしい。

ぶっちゃけちょっと視線がうざかったのは秘密。


「……普通?」

「えー、なんだよその感想。もっとこう、他にない?」

「他にと言われても……」


目の前にいる誰かさんのせいで内容がほぼ頭に入りませんでした、とは言えないしなあ。

幼馴染とはいえ、彼は男で私は女。

お互い良い歳でもある。

……あまり直接面と向かっては言えないのだけど、隣に座られてニコニコされただけでも私は色々気にしてしまうのだ、イロイロ。

さてどう返事したものかなぁと溜息をつきつつ【DixenSaga】の華美なパッケージを眺めた。



祖国を魔族に滅ぼされた元王子が、復興を目指して旅をし、勇者として人から認められるようになるまでの物語。

剣と魔法の不思議な世界で、心から頼れる仲間達と出逢い、別れ、沢山の経験をして成長していく。

強敵と戦い、力を付け、恋をして、最終的に祖国の仇を討つ。

とそんな感じの……よくある極々普通の王道ファンタジーだった……と思う。



おざなりな私の返事に、どうやら幼馴染は気分を害したらしい。

明らかに不満げな様子で睨んできた。

あわわ、ごめんごめん。面白かったよ!


「登場人物が皆素敵だね」


当たり障りのない答えに聞こえるかもしれないけれど、これは私の嘘偽りのない本音。

とにかく性格設定のバリエーションが豊富、且つ見た目も美形揃いで素敵だった。

中心人物の勇者と姫が美人なのは勿論の事。

他にも、超紳士な賢者にクールな魔法使い、頼れるお兄様剣士や、やんちゃっ子の魔獣使い、中性的な雰囲気の吟遊詩人などなど、多岐に渡るジャンルの美形達が選り取り見取り。

敵側の登場人物も皆揃ってイケメンだ。

俺様な人狼とか、女好きの吸血鬼とか。

最強とか最狂とかいわれるドラゴン族の魔王様が人の姿で出てきた時などは、余りのふつくしさについ魅入ってしまった位だ。

何を隠そう、私はこういう俺様系人外キャラが大好き! なのである。

魔王萌え!! 敵役萌え!!! どゑすひゃっほう!!!! ただし2次元イケメンに限る!!!!!

……と言う本音は流石に幼馴染には言えないけれど、でもストライクど真ん中の見た目にときめきを隠せなかったのも事実。

そーいや中二病っぽい二つ名もついていたよ、流石ドラゴン。

それに、其々のキャラクターに声があてられていたのも面白かった。

魅力的で個性溢れるヴォイスばかり。

魔王様の声なんてもう、耳が蕩けるかと思ったよ。

台詞回しも格好良くて敵なのに惚れ惚れしちゃった。

だけど……だけど、ね?


「……敵キャラはともかく、どうして仲間まで殆どのひとが途中で死んじゃったんだろ……?」

「そりゃ、凜乃のプレイの仕方が悪かったから」

「え」


ズバッと切り捨てられた。

えええ、私のせい?

はて、何が悪かったのかしら?

勇者様、無事に祖国の仇を討ったよね。

お姫様も救出成功したし。

ラブラブになったし。

どこが悪かったの?

本気でわからず首を傾げる私に、不満をさらに募らせたらしい朔夜が唇を尖らせた。


「あのさ、これ恋愛シュミレーションゲームだよ? なのに君は皆との好感度上げを放置してたじゃないか」

「えっと……だって、……このゲームの主人公って勇者様だよね?」

「うん」

「勇者様って男性だよね?」

「うん」

「で、他の登場人物も男の子ばかりじゃない?」


だから私、唯一攻略できそうなヒロインポジションにいた姫を助ける為に頑張ったんだけど。


「ん……うん、まあそうだね」


あれ?

あれれ?

なんかひっかかるぞ。

この歯切れの悪さ、まさか……


「ねえ、まさかこのゲーム……ぼ、ぼーいずらぶげぇむだったり、する?」


にこ。

今度は何故か妙に色気のある微笑を浮かべた私の幼馴染は、


「うん」


『漸く気がついたの?』と言いたげな瞳をしながら、満足そうに頷いた。

ちょ、まっ……!! なんですとおおおおお??!

思わず朔夜の顔目掛けてコントローラーを投げ出してしまったがこれは不可抗力だと訴えたい!


「わ、投げるなよ、危ないなあ」

「だ……だって! なんてものやらせるのよ!」

「凜乃、顔が真っ赤だよ」

「誰のせいですか誰の!」

「良いじゃないか、暇だったんだろ」

「そ、それはそうだけど……っ! 朔夜のばかばか!」

「ふふ」


く……くっそおおおおお……謀られた!

ああ、始めにゲームの趣旨に気付いていれば断固プレイを拒否したのに!!


誰が好き好んで、朔夜の……絶賛片思い中の男の目の前で、BLゲームをやらにゃならんのさ!!






――私の幼馴染の、朔夜は。

2次元のイケメン達を遥かに凌ぐ、それはそれは良い男だ。

少し長めの黒髪と、切れ長の黒い瞳、甘く掠れる優しげな声を持つ美青年。

物心ついた時から私は彼の事が好きだった。

残念ながら朔夜の方は、私を異性として意識してくれた事は今まで一度もなかったけれど。


それにしても……うわあああああああその綺麗なお顔で『悪巧み成功しましたーてへぺろ☆』みたいな表情しないで下さい心臓に悪いっ!

ほんとにもう、もう、何考えてるの?!!

殴って良いかな。

殴って良いかなぁ??!


怒りと羞恥に震えつつ座っていたソファーから飛び降りて、ずざざざざざざざっと勢い良く後ずさる私。

おおおおお落ち着け、落ち着くんだ、ひっひっふー。

というかなんでまたよりによってBLゲーなんですか、嫌がらせですかそうなんですか?

部屋の隅でぷるぷるしつつ必死に視線で抗議していたら、朔夜は何かを勘違いしたらしい。

よしよし怯えなくていいんだぞー、と、キラキラ笑顔を振りまきながらのたまった。


「だって凜乃、こういうの好きでしょ?」

「……っ?!」


な……

なに……

な、なな、な…………



な ぜ そ れ を し っ て い る ?!



思考が停止した。

え、なに言ってるんだろうこのイケメン。

びくっと大きく震え固まったままでいたら、私の耳元にいつのまにかコントローラーを拾い近寄ってきた朔夜の囁き声が降ってきた。

面白い玩具をみつけた時の、わくわく踊る心を隠しきれないような声で。


「……逃げないでソファーに戻っておいで?」


おにーさん楽しそうね。

ちくせう他人事だと思って!






私が常日頃から好んでこの手のゲームをやっているのかと聞かれれば答えはNOだ。

現に、ゲームのパッケージを見てもそうだと気付かない程無知である。

けれど……BLそのものに関して言えば、それほど嫌いではなかったりも、する。

最初に手を出したのは高校生の頃。

BLもGLもノーマルも大好きと豪語する雑食の女友達から影響を受けたのが始まり。

彼女はその時、私がたまたまはまっていた漫画の主人公が活躍する同人誌を描いていた。

それがたまたまそっち方向にきゃっきゃうふふな内容で。

もともと私自身がそれ程嫌悪感を抱いていなかったせいもあって、趣味を同じくする友達同士で話をする内に徐々に染まったのである。


でも、世の中の男性陣は『腐女子』『貴腐人』という名のいきものを物凄く毛嫌いするでしょう?

例えるならば台所に住まう黒いアレ的なものとかと同列扱い、するでしょう?

中には本や漫画やゲームが好き、絵や小説を書いてるってだけで、内容を問わず『腐ってる』と馬鹿にするような男子までいるのだ。

だから……高校当時から、朔夜にだけは必死で隠してきたのだ。

知られたくなかった。

嫌われたらどうしようと思うと、こわくて。



なのに、


ドウシテコウナッタ。



「ご、ごご、ご存じだったのデスカ朔夜サン」

「ん、前に本屋で見かけてさ。こういうの置いてるコーナーだったから、好きなのかと。というか何故カタコト敬語?」

「オ気ニナサラズ」


ああああ、私ってば自分でアウトゾーン曝してたあああああああああ?!

隠してるつもりだったのに!

本屋。身に覚えがありすぎる。

きっとあれだ、背徳的な世界観と美麗なイラストが特徴の【ぴゅあらぶ】っていう本。

乙女系月刊誌で大人気連載中のBL漫画……高校時代に私をこの世界に引きずり込んだ女友達本人の描いている、漫画の単行本である。

そっか~あれを探してるのを見られてたのか~、わ~い気がつかなかったな~……。


……あ、どうしよう。

とんでもないことに気が付いてしまった。

世界はとてつもなく広いけれど、♂同士でイチャコラするゲームを女子に……それも、好意を持ってる娘に薦める男なんて、居ないよね。

居ないよね?

……はう。

つまり、朔夜にとって私の存在ってその程度の人間なんだろう。

ううう。出来れば気付きたくなかったなぁ。

羞恥プレイからの失恋でダブルパンチを食らわされた気分だ。

くっ、ちょっと泣いていい?


「で、凜乃はどのキャラが気にいった?」


そんな私の心境を知ってか知らずか、のんびりと朔夜は問う。

首を傾げつつ覗き込むようにしてみつめられ、途端に動悸が激しくなった。

あ、あからさまに今の状況を楽しんでるよねぇ、その瞳……!


「しらないっ」

「全部で10人くらい出てくるんだけど、この中でどれが一番好みだった?」

「し、ししししらないしらないしらないっ」

「凜乃、教えて?」

「うううう……!!」


頬が熱い。

身体中の血が沸騰してるみたいに熱い。

彼にじっとみつめられるだけで、私はいつも竦み上がってしまうんだ。

こういうのを俗に”蛇に睨まれた蛙”と言うのだろう。

暫く無言で反抗してみるけれど、過去一度も彼に勝てた試しはない。

然し女は度胸である。

此処で抵抗せずしていつするのだ!

かくして、人には言い辛い乙女の黒歴史を純粋な眼差しで聞いてくる朔夜 VS BLゲーのオシメンを片思い相手に知られてなるものか! と口を塞ぐ私こと凜乃の、生死をかけた攻防戦が幕を開けたのであった。






中略。






激闘でした。

本当に死ぬかと思った。

然し私は生き残ったぞ!!

ぜーはーと息を整えつつソファーを見遣れば、朔夜が右腕を抑えて転がっている。

私が仕掛けた渾身の関節技のせいで痛めたのかもしれない……自業自得だ。

呼んでみたけど反応がない。

どうやら痛みを堪えているようだ。

……ふっ、他愛無い。



――……で、ええと、何の話だったっけ?



「……ったキャラ」

「??」

「凜乃が、気にいったキャラ、は、」


あー……うんうん、そうでしたね。

確かにそんな話、してた。

っていうか今うっかり墓穴掘ったかな、私。

ねーそろそろいい加減にあきらめようよ。


それより朔夜、腕大丈夫?

なんだか瞳が切なげに潤んでますよ。

なんて言いつつ覗き込んだら視線が絡んだ。

胸がどきんと高鳴る。

朔夜に他意は無いのだろうけど、そんな瞳で見られると、私の方はどうしてもそわそわしてしまう。

なんですかその顔。

まるで私がいぢわるしてるみたいな気分になるのだけれども。

あああ、そ、そんなに物欲しそうにしなくても……

ご、ごめんってば、ちゃんと答えればいいんでしょ、こたえれば!


「……し、強いて、言うなら。敵役の人が良かったかなぁ……と……」


結局負けました。

がくり。


「敵?」

「うん、勇者の仇のドラゴンの……魔王、だったっけ? 見た目が好みだったし、声もすごく素敵だなーって」

「……!!」


途端、ぱああああああああっと朔夜の顔に笑顔の花が咲いた。

うわあ眩しいっ

一応赤ちゃんの頃からお互いを知ってる間柄だし見慣れているのだけど、美麗すぎて直視できません!

ええっと、そ、そんなに嬉しかったの、かな?

戸惑う私を尻目に、1人でテンションゲージが振り切れてる幼馴染。

ど、どうしたの。

私何か変なこと言っちゃった?


「流石俺の凜乃! きっと選んでくれると思ってた!」


はい?


「魔王リゼルディードはね、俺が声をあてたんだよ」


……はいいい??






よくよく話を聴けば、なんと朔夜は【DixenSaga 失われた光を求めて】の登場人物、魔王リゼルディード(っていうんだって、正式名称)の担当声優として制作に携わっていたらしい。

先日発売したばかりの完成品を会社から貰ったは良いものの、何しろBLゲーム。

目指せスキルアップ! どんな役でもドンと来い! という姿勢で仕事を引き受け、アフレコもすごく楽しんだらしいんだけど、いざプレイする段階になって腰が引けたようだ。

曰く、


「俺ノーマルだし。好きな娘いるから」

「あーはいそーですかそーですね」


……心臓をハンマーで殴られたような気がした。

ずきりと鈍い痛みと動悸と、強い眩暈。

本日二度目。ついに失恋確定しちゃった。

先刻感じた戸惑いは、私の気のせいかもしれない! って前向きに考える事も出来たけれど。

どう考えても今の台詞は決定打です……やばい本当に泣けてきた。

という私の事情はさておき。


そんなこんなでプレイに迷ってる時に、たまたま私の暇アタックが炸裂し、じゃあ俺の代わりにこれやってみる?と餌を差し出してみたところ、見事に生贄が釣れた……という事らしい。

長い足を優雅に組みながらソファーにゆったり寛いで「出来を確認してみたかったんだけど、自分で自分声のキャラを攻略する気がどうにも起きなくて」と、のほほんと笑ってる朔夜には少々理不尽さを感じるけれど、同時に妙に納得してしまった。


私、朔夜が声のお仕事してる事は前から知ってたんだ。

けど、実は出演作品をきちんと見るのって初めてだったりする。

アニメ今日放送するよとか、今度ラジオに出るよっていう情報は何度か教えて貰ったんだけど、どうも変に意識しちゃうみたいで、平常心でいられなくなるのだ。

例えて言うなら、子供のピアノの発表会。

参加してる当の本人より聴いてる親の方が緊張しちゃうのと同じような心境に陥ってしまう。

気分は朔夜の保護者です!

おまけに彼の声って聴いてると背筋がむず痒くなるというか……腰が砕けそうになるというか……。

こ、恋心って複雑だよね。


……あれ?

予備知識無しで冷静に聴いて、朔夜の声に気付かなかったって我ながらちょっとショック、かも。

その上でこの声好きーって思ったとか……わあああ。

改めて考えると、うわああああん恥ずかしい!

しかも、本人に言っちゃったよ! 恥ずかしいいい!

機械を通すと意外と気がつかないものなんだって思っておこう、そうしよう……。

ほら、私のパソコンのスペックちょっと古いしね!

スピーカーが悪いのよ!


……なんて脳内自己弁論大会に走ってたせいで、私は完全に油断していた。

意味有り気に此方をみつめる朔夜の視線に気づけなかったのだ。


「じゃあそういうわけだから、2周目行ってみようか?」

「……へ?」

「次は魔王をオトそうね」

「ええ??!」

「俺のスキルアップの為だと思って、付き合って」

「……」

「最新作の出来が如何しても知りたいんだ。お願いだよ凜乃、」

「…………」

「……協力してくれないかな?」


序盤は押せ押せで強請ってきた朔夜だが、私が言葉を失っているのを見ると自信を失ったのか、徐々に声が萎んでしまった。

困りきって、途方に暮れたような瞳をしている。

他に頼める人居ないんだよね、と、呟く姿は何だか寂しげだ。

まあそうだろうなあ。

朔夜の人間関係を全て把握してるわけではないけれど、彼の声優業務をある程度知っていて、気軽に物事を頼めて、お互いの時間をある程度合わせる事が出来て、尚且つBLにも理解がある人間って、私以外にはそうそういないだろうなと思う。

内容が内容だけに男友達にお願いするわけにはいかないだろうし。

例の『好きな娘』に頼むわけにもいくまい。


「……。しかたないなぁ。終わったら何か奢ってね?」


不承不承頷くと、朔夜はほっとした様に、ありがとうと微笑んだ。

……うう。

なんだか押し切られた感がある。

けど、朔夜のおねだりやお願いに私は昔から弱い。

この癖、治さなくちゃ……。






その後私は【DixenSaga】の魔王ルートを何周も頑張った。

純愛エンド、恋人エンド、友情エンド、略奪エンド、果ては破壊エンドと言われるらしいバッドエンドまで。

膨大な量のシナリオを一日で全クリアするのは流石に難しかったから、適度に休憩を入れつつ、出来なかった部分は後日に回して時間をかけじっくりやりこむ事にした。

あの日以降、朔夜は何かと時間や理由を作って部屋に押しかけてきては私のゲーム攻略を隣で眺めてる。

大変な時は無理しないでと言ってくれたんだけど、本心では自分の担当したキャラが登場する所を出来るだけ確認したいようだったから、私もついつい張り切ってしまった。

このゲーム、やりこみ要素が沢山あって同じキャラを何周しても飽きないよう凝った構造になってるから、恋愛シュミレーション初心者でもかなり楽しめたんだ。

ちなみに私が初めに到達した勇者と姫のラブエンド(?)っぽい話は、誰とも仲良くなれずに主人公以外が全員死亡すると到達するというストーリーで、このゲームのファンの間では一番つまらないと大評判のものだったらしい。

どうりで面白みに欠ける話だと思った。

朔夜からは、初プレイでここに辿り着くなんて流石だねって誉められてるのか貶されてるのかわからないお言葉を頂戴致しました。とほほ。


だけど……誤算もあった。

ゲームそのものは楽しめたんだけど、何というか……こう。

ラブラブできゅんきゅんで甘々なシーンだけは、うん、その、ええと……ごにょごにょ。


正直に言わせて頂きたい。

片思い中の人の声のキャラのラブシーンを片思い中の人の隣でガン見しなくちゃいけないのが、こんなに辛いだなんて思わなかったよ!

ひいいいいいはずかしいいいいいいいいいいい!!!

わたくしのそれ程鍛えられていない精神力ポイントがじわじわがりがり削れてく音が聴こえましたとも!幻聴だけどさ!!


『好きだ……お前しか、いらない。お前以外はいらない』

「……」

『お前に俺の全てを捧げよう』

「………っ」

『愛してる』

「……………!!」


うわーうわーーーうわーーーーーーーこれはやばい、やばいです!!!

今日も魔王声のご本人様がいるから、悲鳴を上げる事も耳を塞ぐ事もできないけれどもっ。

ソファーの上でゴロゴロ悶えたくなる衝動に必死で耐える!

荒くなりそうな呼吸にも絶対気付かれたくない、死ぬ気で耐える!

頑張れ私、やればできる子!

……だけど、顔色だけはどうにもできない。

私は悲しい事にポーカーフェイスができない人間なのである。

鏡が無いから今自分がどういう顔してるか詳細は見えないけど、最近朔夜の定位置になりつつある私の隣――いつも部屋に置いてあるソファーの右端に陣取っている――から視線がびしばし飛んでくるから何と無くわかる。

きっと今恐らく多分絶対赤くなったり青くなったり白くなったり強張ったりデレたり震えたり蕩けたりを何往復も繰り返しているに違いない。

ぐぬぅ……お願い今だけでいいからひとりにして!

っていうかこっち見ないでええええええええええええ!!!!


「凜乃、手が止ってるよ?」

「……~~っ、ふあぁぁいっ」


リアル魔王(もう朔夜なんて呼ばない。魔王で十分ですコイツは)から厳しい指令が飛んできた。

くそぉ、私の気持ちも知らないで!

こっち見んな!!

悔し紛れに睨んだら超イイ笑顔が返ってきた。

だ、だからこっち見ないでってば!!


リアル魔王はもともと普段から押しが強い上に一端仕事モードが入ると容赦などしてくれない。

私がちょっとでも魔王以外のキャラにぶれ始めると、くらっときそうな極上の笑顔で「やり直し」って囁いてくるんだ……ああ、思い出しただけでも寒気がする。

熱のこもってない氷の様な声は拷問以外の何物でもなかった。

魔王以外のキャラも攻略してみたい! カッコいいし! って正直に言おうものならきっと命取られるに違いないと思う。

マジ勘弁して下さい。

お願いだから画面の中と同じセリフを耳元で囁かないでくれないかなぁ、もう!

何なのこの羞恥プレイ!!

しかもこのゲーム、さっきパッケージをよく見てみたらR指定だったんだ……。

どうりで、あはんうふんな場面が多いと思った。

ああ、朔夜、演技うまいなあ……はああああああああ。






ちゃららら~ん。ちゃ~らら~ららら~。






「はぁ……」




何度目かの終焉を迎え、美麗なエンディングミュージックを聴きながらその場で文字通りぐったりと力尽きる私。

もうこの曲も聴き慣れてしまった。

最近は気を抜くと職場でこの曲を鼻唄で歌いそうになっていることがある程だ。

洗脳、のレベルを超えてると思う。

なんて恐ろしいゲームだろう……。


「お疲れ、凜乃。頑張ったね」


誉められても正直全然嬉しくない。

ちなみに今さっきクリアしたのはかなり際どい……もとい、攻略難易度最上級ランクの極甘ストーリーだった。

詳しい内容はあえて何もいうまい。

今なら砂糖をバケツ3杯くらいは余裕で吐けると思う。

もうやめて、凜乃のライフはゼロよ!


そんな私の心の叫びを知る由も無い朔夜は、今日も私の横で【DixenSaga】の攻略本をぱらぱらと捲っている。

ソファーに座って本を読むだけというさり気無い仕草でもばっちり様になるからイケメンってお得よね!

然しその見目麗しい情景も、攻略本の帯に書かれている煽り文句のおかげで台無しである。


≪そして男は立ち上がる……愛するモノを手に入れる為に。DixenSaga完全攻略!これで隅々丸解り!気になるアイツをオトしまくれ!!≫


……私、このキャッチコピー考えた方と小一時間程お話したい。

朔夜も朔夜だ、この本いつ買ったんだろう。

というかどんな顔して買ったんだろう。

ある意味エロ本より恥ずかしいと思うんだけどな。


「これで一通り攻略できたかな。ありがとう凜乃、おかげで助かったよ」

「そう……よかったぁ」


おわった?やったああああ!!

朔夜様からお許しが出た!

思わず諸手をあげて勝利のポーズを取る私。

凄まじい達成感と解放感。

つーかーれーたーーーー!

大喜びでパソコンの電源を落としゲームを完全に終わらせた後、ぐったりとソファーにへたり込んだ。

朔夜も何か思う所があったのか、よしよしと頭を撫でてくれる。

えへへ。切っ掛けはどうあれ、少しでも彼の役に立てたのなら嬉しい。

頑張ったかいがあったかな?


「朔夜、ごほーびちょうだい!」

「ご褒美?」

「うん、朔夜のお願いをきいて魔王ルート全クリアしてあげたでしょ? ごほーびごほーび!!」

「まて、そもそも凜乃が最初に暇過ぎて死ぬっていうからこのゲームもってきたんじゃないか」

「えー!朔夜のケチ。鬼畜。仕事馬鹿。エロヴォイス」

「今何か言ったかな」

「イイエ、ナニモ」


ちぇ。

途中色んな意味でかなりハードだったから(失恋とか公開羞恥プレイとか失恋とか失恋とか、あと失恋とか)ご褒美を強請る権利がある! と思ったけれど無駄だったかぁ。


「……どうしてもっていうのなら。ご褒美、あげようか」


えっほんと?ほんとにほんと?

朔夜、鬼畜外道オープンエロヴォイスとか言ってごめんなさい!

あのねあのね、私最近駅前にオープンしたドーナツ屋さんの新作を所望します。

出来れば今すぐに!


「さっき外道とまでは言ってなかったよね……」

「え、そうだったっけ? 細かいことは気にしなーい!」

「……まあ、今日だけは許そう。えーと、駅前のドーナツ屋の新作?了解、行ってくるよ」

「わーい!」


一緒に行く? というお誘いは、謹んで辞退させて頂いた。

だって……朔夜には好きな子がいるらしいって聞いた、し。

相手が何処の誰かは知らない。

もう告白したのか、付き合ってるのか、両想いなのかどうかすらも知らなかったけど、その子を差し置いて彼の隣を歩くのは何だか気が引けてしまう。

勿論本人にはそんな事言えないから、疲労がピークなのですもう動けません許して! と拝み倒すと案外あっさり納得してくれた。

いってきますという軽い挨拶の後、遠くで私の部屋の扉が閉まる音を聴いて、ほぅと溜息が零れた。

パシリ君にさせてごめんなさい。




本当に、どうしてこうなっちゃったのかな。

最初は軽い気持ちで、暇だ~! と愚痴っていただけのつもりだったのに。

未だ癒えていない失恋の傷は日を増す毎にじくじくと痛み、血を流している。


――そう言えば、私。

非常に恥ずかしい形で恋に敗れたのに、涙が一滴も出なかった。


彼との付き合いは生まれて直ぐ、0歳児の頃からかれこれ20年以上になる。

家が隣同士で親達が物凄く仲が良く、家族ぐるみで長年交流してきた。

幼・小・中・高と学校がずっと一緒だったこともあり、兄弟同然で育ったのだ。

物心ついて以来、私はずっと異性として彼を見てきた。

大学は其々別の所に通う事になって、卒業後に社会人の第一歩として1人暮らしを経験して、初めて『朔夜が隣にいない日常』を知って……それからは、彼への想いがますます強くなる一方だった。

他の誰かへ目移りは一切せずに、朔夜の事が只々管好きだった……のに。そのはずなのに、な。


悲しいし、失恋したってこともちゃんと理解してるんだけど、なんだか実感がわかない。

それどころか、好きって気持ちに歯止めが効かなくなってる。

暇だと難癖をつけて朔夜に連絡をしたのもそのせいだ。

まさかそのせいで凄いゲームやらされる事になるとは思ってなかったけれど。

この想い、諦めることができるのだろうか。

……嗚呼、ダメ。これではダメだ。

ひとりになるとついつい後ろ向きな気分になっちゃう。

んん、暗い気持ちは排除です、排除!

ぱしんと己の両頬を手で叩く。

じんわりと広がる痛み。

くじけそうになる心に喝を入れた。

……うん、私、大丈夫。

完全に彼を忘れるにはまだ時間がかかりそうだけど、今まで彼氏いない歴=年齢の状態で寂しいとは思わなかったし、友人達が色恋事で騒ぐ中長年一人でやってこれたのだ。

これからだって一人でやっていける。

実家が引っ越しでもしない限り、朔夜と家族ぐるみの付き合いは続くだろうけど……。

でも、でも諦めなければ。

彼の為に、そして彼が想いを寄せている見ず知らずの彼女の為に。

NLでもBLでもGLでもなんでもござれの腐った女だけど、略奪愛だけは大嫌いなんだ、私。

頑張って振り向かせてみせる! なんて偉そうな事言えない。

20年以上一緒だったのにかまけて、自分の想いを伝える勇気を持とうとしなかった罰だと思えばいい。


そうだ、気分転換に紅茶を淹れよう。

以前奮発して購入した高級ティーセットを2客棚から出し、大好きな香りの茶葉を用意して、ヤカンを火にかけた。

ドーナツ早く帰ってこないかな。

あっ違った、朔夜早くドーナツ買って帰ってこないかな。

食い気全開で楽しいことをつらつら考えていたら、あっという間に時間が過ぎていたようだ。

アパートの扉が開く音と共に「ただいまー」と色っぽい声が部屋に響いた。

おおお、改めて聴くとこんな風に何気ない日常言葉であっても色気垂れ流しなのねぇ朔夜。

彼女さん苦労するだろうな……、はぁ。




「ただいま戻りました、姫君。ご所望のおやつを買ってきましたよ」

「わーい、ドーナツおかえりなさいー!」

「……おい。真っ先にドーナツに飛びつくって乙女としてどうなんだ」

「えっ。ああ、朔夜も、おかえりなさい?」

「……。お前にちょっとでも期待した俺が悪かった……」


なんだか妙に楽しそうな気配を漂わせつつ帰ってきた朔夜は、部屋に来るなりまるでゲームに登場する騎士みたいに恭しくドーナツの入った箱を差出した。

ちらっと顔色を窺えば、悪戯っ子の様な目とかちあう。

ぎゃあ、また何か企んでるでしょう?!

こういう目をした朔夜に隙を見せると碌な事がないのは長年の経験で骨身に染みている。

泣きを見るのはいつも私なんだもの、先に相手を制して無難にやり過ごす事に努めた。

ふふん、私は花より団子、色気より食い気なの!!

どーだ参ったかと胸を張れば、御見逸れしましたと苦笑しつつ素直にお菓子を渡してくれた。

うむ、素直でよろしい!


「わ、わ、ココナッツチョコクルーラーがあるー! ふわもちカスタードもっ」

「凜乃、前からそれ好きだったよな?」

「うんうん、これ大好き! 憶えててくれたのね、ありがと!」

「……どういたしまして」

「ココナッツの私が貰ってもいい?」

「勿論。その為に買ってきたんだから」

「やった! 紅茶淹れてくるから待ってて」


えへへ。嬉しいな、ドーナツドーナツ。

大好きな味だというのもあるけど、朔夜がそれを覚えててくれて、わざわざ私の為に買って来てくれたという事実が何よりも嬉しい。

今日だけは、嬉しいと思ってもいい……よね?

若干罪悪感は感じるけれど。これで、最後にしようと思う。

子供の時と同じようにゲームして遊んだり、お互いの部屋に行ったり、甘えるのはお終いにしよう。

そう考えたらまたずきりと胸が痛んだ。

……ダメだなぁ本当に。

修行不足だ。

せめて彼の前では必要以上に動揺したりしないよう、深呼吸をして気分を落ち着かせる。

それから急いで紅茶を用意しリビングに戻ると、朔夜はいつもの定位置でいつもの様に寛いでいた。

通常運行で、かえってほっとした。


――……あれ? パソコンの電源がついてる?


さっき消したはずだよね?

不思議に思って首を傾げてたら、私が手に持ったままだったティーカップを立ち上がった朔夜が2客とも攫った。

あ、ありがとー。

ごめんね、棒立ちになってたよ。

ソファーにふたり並んで座るようにカップを置かれたから、仕方なく朔夜の隣に腰を下ろす。

そして、ありのまま今感じた疑問を口にした。


「ね、朔夜。なんでまたゲーム機を起動してるの?」

「それはドーナツを食べてからのお楽しみという事で」

「……?」


にこ。

朔夜がきらきらとやけに神々しい笑顔を浮かべた。

ここ数日間嫌というほど味わった、邪気が無い様に見えて物凄く腹黒いことを考えている時のリアル魔王の表情だ。

だからその顔怖いってば……!

失恋する前だったらどきどきしてただろうけど、今は違う。違うったら違う。

ぞくりと背筋が痺れるような感覚は、きっと恐怖のせい。

すごぉく嫌な予感がする。


「それとも、食べる前に聴きたい?」


メーデー、メーデー、メーデー、こちら平凡女。

此処から逃げたい、出来れば今すぐに。

何か聴かされる前に撤退あるのみ!

大事なティーカップがかしゃんと粗雑な音を立てたけどこの際構わない。

さよーなら! ……しようと思ったのに即座に腕を取られ、あっさりソファーに引き戻された。

いやああああ捕まった?!

し、しかもがっちりホールドされて逃げられないんですけどなんぞこれ。


「怖がらなくていいんだよ、凜乃」

「こ、怖いのは朔夜の笑顔が悪い!」

「酷いな、いくら俺でも傷つくよ?」

「ごごごごごめんなさああああい」

「ふふ、だーめ。許してあげない」

「ぴゃっ?!」

「ほら、凜乃の大好きなココナッツチョコクルーラー、まだ食べて無いじゃないか。はい、あーんして?」


ひぃ、何言ってやがるんですか朔夜さん?!

あーんって!

そんなの……小学生の頃インフルエンザによる高熱で朦朧としてた私に、お母さんが看病でご飯を食べさせてくれた時以来誰にもされた事ないのに!!

絶対できませんそんな恥ずかしいこと……!!

然し、私の全身全霊をかけた拒否を朔夜は澄ました顔でスルーした。

長い指で器用にドーナツを一口分千切ると、羞恥で引き攣った私の唇の前に差出してくる。

あーんしろって? 絶対嫌です。

ぷるぷる。

首をめいっぱい横に振る。

絶対に口を開いてなるものか。


「あーん」


ぷるぷるぷる。

必死の抵抗。

口を開けたら負けだ。


「……凜乃」

「ひゃぅっ」


ひいいい、耳元で囁くの禁止!

息ふきかけるのも禁止いいいいいいいい!!

びっくりして震えあがりつつ悲鳴をあげてしまった私の口に、容赦なくドーナツが突っ込まれた。

眩暈がするほど甘い食感。

離れる間際、朔夜の指先が私の唇に触れたような気がして、カッと身体の芯が焼ける様に熱くなった。




負けた……。

負けてしまった……。

あーんとか屈辱的すぎる……。

リアル魔王め、憶えてろよ……。

もぐ。もぐもぐもぐ、ごっくん。



――あ、おいし。



「もう一口食べる?」

「けっこうですううううううううううううう」


追加で差し出されたドーナツを見て、反射的にぶぶぶぶぶんと首を横に振る。

一瞬脳が現実の受け入れを拒否してたせいか、拒否する声が裏返ったけど仕方ないよね!

ああ、顔が熱い……私、もう二度と絶対にご褒美を朔夜に求めたりなんかしない!!

固く固く、とにかく固く心に誓う。


「……ふうん。じゃあ残りは俺が貰うよ」

「ふえ? ……ああっ私のココナッツチョコ!」

「いらないんだよね?」

「い、いるもん!いります、食べます!」


2度目のあーんは諦めたのか、朔夜は残念そうに肩を竦めると手の中にあった欠片を自分の口の中に放る。

指についた粉砂糖に、ぺろりと舌を這わせる様子がなんとも色っぽ……いや、いやいや。

危なかった!

私また危うく流されるところだった!

ドーナツを罠にして攻撃を仕掛けてくるなんて、流石極悪非道な魔王様だとつくづく思う。

彼が突然こんな意味不明な事するのには絶対何か裏にあるに違いないっ!

例えば、そう――再起動されてるゲーム、とかね。


「話、逸らさないで。なんでまたゲーム機を起動してるの?」

「……、それは……」


追及を始めると、朔夜は言いにくそうに口籠った。

ずるいよね、此方を散々翻弄しておいて自分の本音は隠したままなんて。

暫く様子を見ても教えてくれそうにないのを悟ると、私は自主的にパソコンのスクリーンをゲームモードに切り替えた。

画面がぱあっと変化して……






ちゃららら~ん。ちゃ~らら~ららら~。

ちゃらら~んらららら~ん。






あ、この曲。

【DixenSaga】のエンディングテーマだよね?

何度も聴いたからもう覚えちゃった……けど、あれれ、なんだか曲調がちょっと違うような?

前のはしんみりゆったりした荘厳な雰囲気だったのに、今流れているのはこれから何かはじまりそうーって空気のアップテンポなメロディ。

おろ?この曲に歌なんてついてたっけ?

ちょっと甘く癖があるけど、柔かく透き通った歌声……って、この声!

ちょ、これ、もしかしてもしかしなくても朔夜の声に聴こえるんだけど?

疑いつつ隣を見遣れば、当の容疑者は感情の読めない顔でじっとこちらを見つめ返してきた。

え、なに、どうしたの??

……えええ、まさかこの歌手本当に朔夜?!

思わず目をしぱしぱと瞬いて、ゲーム画面と本人を何度も見比べる。

わー、うわー、今度カラオケで歌って欲しいな!

し、ししししかもこの映像のキャラ達、コスチュームが違くなってるんですけどなにこれ!

勇者も姫も煌びやかにイメチェンしちゃって、きゃああああ魔王様カッコいい!!

そうこうしてる内に曲がクライマックスに達し、ゲームのタイトルが画面に大きく躍った。



【DixenSagaⅡ 果てしない闇の底で】



へー、光の次は闇か。

とことん王道まっしぐらなのねぇ……ってちょっとまった!


「……Ⅱ??」

「うん、Ⅱ。DixenSagaの最新作」

「……さ、さっきまで私がやってたのは?」

「Ⅰだね」

「そっか、どうりで。……、……で、どうしてそれが此処に在るの、かな」

「Ⅰが終わったならⅡやらないとでしょ」

「……えっ」

「俺、最初に言ったよね?」

「…………」

「最新作の出来が気になるから協力して、って」



……??


…………っ!!



過去の記憶を掘り下げる事数十秒。

思い出した。

思い出しました。

た、確かに、協力してって言ってたけれどもっ。

私、その時に目の前にあったⅠが朔夜の言う最新作なんだと思ってたし……。


「……凜乃もあの時頷いてくれたじゃないか」


しまった言質取られてたーーーー!!


「というわけだから、はい、コントローラー」

「何が『というわけ』なのかわからないよ朔夜! ……はっ。もしかしてドーナツ買ってくれたのって、このⅡをやらせる為……?」

「酷いなぁ凜乃、俺を誰だと思ってるの」

「そ、そうだよね、ごめんね。私の考えす」

「ドーナツよりももっと凄いご褒美を考えてましたけど何か」

「……」

「……」

「ふふ、そんなに眉を顰てると皺になっちゃうぞっ☆」

「デスヨネー……朔夜リアル魔王様デスモンネー……」

「はいはい、遠い眼してないで。ゲームスタートするからな、主人公の名前はリノで良いよな?」

「……はっ! よよよよよくないよくないよくないお願いだから本名だけはやめて!」

「あ、Ⅱでも俺魔王役だからよろしく」

「誰もやるなんて言ってなぁい!」

「ご褒美、全部おあずけされたいのかな?」

「……!!」



リアル魔王 が リアル極悪鬼畜魔王 に 進化した !!



ニヤリと極上の笑みを向けられて、気が遠くなる。

あれよあれよという間にコントローラーを握らされ、キャラに名前を付け(『リノ』は全力で回避したよ!)、最初の章をプレイし始めてしまったけれど……どうしよう。

Ⅰの時は、覚悟してやったから仕方ないのだけれども、好きな人の前で当の本人(が声をあてているキャラ)が口説き口説かれまくるBLゲーをやる恥ずかしさを知ってしまった今となっては、冬の北国へ寒中水泳に行く方がまだマシだと思ってしまうの!

わかってほしい、この辛さ!!

どうにかして逃げられないかな。

逃げられないか。

……くそぉう、私のふわもちカスタード……。


「はぁ……」

「凜乃、いい加減そろそろ諦めようね」

「……はぁい……」


本当にどうしてこうなっちゃったんだろうなぁ……。

切ない溜息が、冷めきった紅茶の上で弾けて溶けた。

■登場人物紹介■

【凜乃】

主人公。女。23歳。

ごくごく普通にオシャレとかバイトとか学業とか頑張ってる乙女。

普段はNLもBLもGLもオールオッケーな腐女子である事をひた隠しにしている。

幼馴染の朔夜の事が物心ついて以来ずっと好きだが、相手がイケメンでモテすぎて言い出す勇気と切欠がなかなか掴めない。


【朔夜】

主人公・凜乃の幼馴染。男。24歳。

黒髪黒目のイケメン。歌って踊れる新米声優。

自分の声の仕事にプライドと飽くなき探究心を持っていて、どんなジャンルもバッチ来いという態度を貫く懐の広い人。

目下の悩みは『好きな娘』に熱烈アプローチを繰り返しても想いがなかなか届かない事。

隠れ腹黒のリアル魔王。



御閲覧有難う御座いました。

誤字・脱字の報告、感想等頂けましたら嬉しいです。

また、2013年4月1日の活動報告にて、作中に登場したゲーム【DixenSaga】の魔王のイメージイラストと「もしも○○だったら」なエイプリルフールネタを公開中です。

宜しければご覧下さいませ。


※最終更新2012/4/2 本文一部修正。あとがき追加。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続編とかないでしょうか…?とても面白かったです!
[良い点] 凛乃ちゃんが可愛いです。焦りがすごく伝わってくるのが面白い(笑)主人公の感情がリアルに書かれてるのがいいですね。 [気になる点] とくにないですね~。しいて言うなら、2人のハッピーエンドが…
[一言] 面白かったです! 凛乃ちゃんかわいい。 続きがきになります♪
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