クリスマスケーキと『彼女』
「どういうこと? 何があったの? 緩士が何かしでかした?」
高田さんがひとりになったタイミングを見計らって、人気のないところに連れ出した。短い休み時間の間だから、じっくりは話せない。それでもできるだけ真実を聞き出そうと、私は少し早口になる。
高田さんは「まあまあ」と私をなだめる。まるで知らない誰かのことを話すように落ち着き払っていた。
「緩士と付き合わないことになったって、本当?」
火曜の朝、登校するなりもたらされた情報に、私は愕然とした。
昨日の今日でどうしてこんなことになっているのかと。
その日緩士は遅刻ギリギリの時間で登校した。教室に入るなりクラスメイトにからまれると「連敗でございます」などとおどけてみせた。私は最初その言葉の意味が理解できなくて、皆から「敗因は?」「次は誰?」「クリスマスに間に合うの?」と矢継ぎ早に質問を投げられる緩士の様子を遠巻きに眺めているだけだった。
振られるものだと、勝手に思い込んでいるのだろう。
そんな風に思っていたのに、先に教室に入っていた高田さんも『連敗』という情報を否定しない。詳細を尋ねられて少し気まずそうな顔を見せることはあったが、告白される前のような空気感で、普通に緩士と話もしている。
チャイムが鳴り授業が始まればなおさら何もかもがいつも通りで。
夢を見ているのだろうかと思った。
いやむしろ、昨日のことの方が夢だったのかもしれない。だとすれば、どうして私はそんな夢を見てしまったのか。
混乱は尾を引き、一時間目の授業の内容はほとんど頭に入らなかった。
二時間目の終わりには少しは冷静になれたので、緩士か高田さんか、どちらかから事情を聞き出そうとした。
しかし二人とも他のクラスメイトに囲まれていて、そこから引っ張り出すのは変に注目を集めるだけだと考え控えた。
三時間目の終わりにようやくチャンスが来た。
緩士は相変わらず男子たちに囲まれている。一方で、高田さんには偶然にも一人の時間が生まれていた。
「高田さん」
私の顔を見つけると、彼女はすぐに申し訳なさそうな顔を見せた。声をかけられた理由を理解しているのだろう。
「ええと、」
と、まわりの反応を確かめている。そして誰も自分たちに気を向けていないとわかると「どうしようか?」と尋ねた。
「それじゃあ、ちょっと」
私はそう言って、彼女を教室の外に連れ出した。
そして今に至るわけだ。
化学室などの特別教室が並ぶエリアの廊下は、まったく人気がないというわけではなかったが、そこでたむろして話し込んでいるというような輩は見かけなかった。移動のために通りかかったという人ばかりで、そういう人たちは、私たちの存在に気がついたとしても深入りせずに通り過ぎていくだけだ。
「どうして?」
私が尋ねると、高田さんはハハハと照れ笑いのような取り繕うような笑いを浮かべた。
「私が大人げなかったんだ」
反省しているという面持ちで言った。
昨日の放課後、ちょっとした口論になったらしい。
「原因は?」
「ケーキのことで、ね」
歯切れが悪いのは、今さらながら争うようなことではなかったという気持ちが強いからだと言う。
「せっかく付き合うんだったら、頑張って恋人らしいことでもしようと思ったんだ。父に習ってケーキを作るとか。……クリスマスのね。それで暮木の好みを聞こうとしたらあいつ、そんなの作らなくていいって言うんだ。クリスマスに彼女と食べるケーキはもう予約してあるからって。百歩譲って『手作りはちょっと……』っていうんならわかるけど、他の店のケーキに決めてるって? うち、洋菓子店だよ? せめてうちのケーキを食べてほしいって思うものじゃない? だけど暮木はそれだけは譲れないって言うんだ」
それで軽い言い合いになったとき、高田さんはふと気がついたのだ。
「暮木はさ、私とクリスマスを過ごしたいんじゃなくて、クリスマスを過ごす誰かがほしいんだって。それがたまたま私だったってことかな。好きって言ってくれるのは嘘じゃないかもしれないけれど、でもそういうことなら別に私たちは付き合う必要はないんじゃないかなって思ってさ。だってどこかの店のケーキを一緒に食べるだけなら、友だちのままで十分でしょ?」
気持ちをうまく言葉に変換できているか不安になった高田さんは私の反応をうかがいながら「わかる?」と何度か繰り返す。私は「わかるよ」としっかり頷いた。
「まあ、なにより、やっぱりケーキのことが納得いかなかったんだけどね」
そう言って、むうっとふてくされた顔を見せる。
「まっさきにうちのケーキを選ぶようなやつじゃないと、私は付き合ったりできない」
どこまで本気なのか。真面目な顔で言って、自分の言葉に頷く高田さん。
「そういうわけで、植月さんにあんなこと言っておきながら大変申し訳ないんだけど、私、暮木とは付き合わない。本当に、ごめんなさい!」
直角よりも深く頭を下げる。
「いや、だから、私に謝ることじゃないから」
そもそも謝る必要もない。むしろ悪いのは緩士の方だと思っているし。
私はそう伝えてから、重苦しいため息を吐いた。我が幼馴染みながら情けないと、今回ばかりは本気でそう思った。




