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1-6

 雑草をかき分けるのにも飽きた頃、突然目の前の杏が止まった。忍は進むことに必死だったもので、「どうしたのか?」と聞こうとして、目の前にある景色をみて言葉をとりやめた。地面には石がしかれていたため雑草はまばらであったが、手入れは本当にされていなかったようで薄汚れた墓石がいくつか佇んでいた。


「……こんなところだったのか」

「ここに来たことないの?」

「もう何十年も使われてないんだ、婆様や年寄りに聞いても行ったことがないと返されるだけだし、そもそも存在を知らない人だっているくらいだ」


 杏は羅針盤を傾けながら忍の話を聞いた。所々欠けた石畳からこつこつと二人分の足音がなる。不意に、杏は静かに呟いた。


「……みつけた」


 地面に向く杏の視線を追いかけて忍もそこを見つめる。


「これが何かわかるか?」

「……昨日僕がみた、あの化け物か」


 黒い泥のような塊の物体、それは昨日村の全てを飲み込んだあれを想起させた。忍の言葉はどうやら正しかったようで、杏は頷いた。

「正確には、あれの根元のような存在だ。……昨日大分消耗したようだけど」

「……これが」


 根元、根源。あの化け物の。こんな小さな物体が全てを奪ったのか。忍はただ何も言えずに黙っていた。そんな忍を見て、杏は唐突に声をかけた。


「……なあ、君はこの村に残るのか」

「……え」


 残るって、この村にだろうか。忍は働かない頭でぐるぐると考える。ここにはもう何もない。ない以上、ここに自分が留まっていたってしょうがないのかもしれない。だって、もうここには忍以外の何者さえ残っていない、一人でいたって、何になるのだ。忍が何も答えないのを見て、杏は口を開いた。


「まあ今はいい。もし残るならきっちり回収していかないとまたこいつは悪さをするし、放置するわけにはいかないんだ」


 杏は地面に膝をついて、羅針盤の裏の蓋を開ける。


「……鎮まりたまえ」


 小さく、祈るように言葉が紡がれる。これで終わるのか、と少し安堵した瞬間、小さな塊から黒い炎がぼっと燃え上がった。その炎は杏を過ぎて忍に襲いかかった。


「下がれ、忍!」


 襲いかかる炎はみるみるうちにあの化け物を思い出すような人型へと変わる。恐怖を模したような存在が忍の前に立ちはだかる。救えなかった明や香、そして婆様のように忍自身も命を奪われるというのか、こんなものに。奥歯を食いしばる。忍は竦んだ足に、ぐっと力を入れた。


「ふざけるな!」


 忍は胸元に潜めていた短刀を抜く。素早く胸元に潜り込み一振りすると、手のひらにぐにょりと気持ちの悪い感触がうまれて。怪物は二つにわれて粉々に消えていく。残った灰のような物体はそばにおちた羅針盤の中に吸い込まれていく。


「君は……」


 肩で息をつく忍の後ろ姿を見て、杏はつぶやいた。



 そして、翌日。診療所の前には杏と、彼女を見送るために忍が立っていた。


「……忍、このあと君はどうするんだ?」


 昨日も聞かれた質問ではあったが少しは忍の中でも整理がついたようで、昨日のように黙ってしまうわけでもなかった。


「ここに、いるわけにもいかないからな。少ししたら出ると思うよ」

「……そうか」

「……まあ、旅でもしようかな。元々ここで生まれたわけじゃないし。どちらにしろ、僕にはいくところがないから」


 そういうと、忍は寂しさを滲ませて笑った。婆様がいない、誰もいないここに居続けても、もう意味がないことはわかっていた。杏は忍の姿をしばらくの間ぼんやりと見続けた。帰ろうとしない杏の姿を疑問に思い忍は声をかける。


「行かないのか?」

「……いや」


 杏は悩ましげに視線を移動させた後、心に決めたように忍を見つめた。


「私と一緒に都に行かないか?」


 忍は、驚いて杏の瞳を見つめかえす。杏の瞳は、透き通った水面のような煌めきを放っている。忍は少し弱気になっていたので、見つめているとまるで吸い込まれそうで、こくりと唾を飲み込む。


「……いいのか? 」


 忍が声を震わせてそういうと、杏はこくりとうなづいた。


「ああ」

「僕は、ありがたいが。杏はいいのか?」

「もちろんだ。……まあ、返事をせずとも拘束してつれていくつもりだったけど」

「……え」


 とんでもない拉致計画をまるで空耳のようにして杏は語り出す。


「あれを見た人間というのはあまりいない。ましてや、君は、消耗したとはいえあの化け物に打ち勝った。君の持っている情報も、そして君という人間自身も私たちにとって、非常に価値のあるんだ」


 忍の前に手が差し出される。


「なあ忍、私についてきてくれないか」


 目の前に誘うようにある少女の白い手に少し考え込むように目を伏せてから、忍は確かめるように杏の瞳を見据え、その手を掴む。忍には、もう頼るものがない、いくところがない。差し出されたそれを取る選択肢しか、彼には存在しえなかった。


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