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「……もう帰るのか?」
静寂の中、杏は僅かに体を動かした。その動きを目敏く見つけた忍が恐る恐ると声をかけると、小さく首が振られる。
「いや、調査が一通り終わってからかな。それに今日はもう遅いから。明日帰るよ」
「……寝る場所はあるのか?」
「うーん、野営でもするかな」
杏は上を向いて考え込んでいた。
「患者用の部屋でも良かったら泊まっていってくれ」
「いいのか?」
「ああ」
緊急の病人用のあまり使わない部屋だったが、簡易的な寝具がおそらくあったことを頭に浮かべる。どうせ部屋は空いていたし、この家に一人でいることも今の忍には少々心細かった。
杏を部屋に案内し扉を閉めたあと、忍は自室に戻らずに、婆様のいた部屋でぼんやりと思考をめぐらせた。
そこには婆様の生きた痕跡がいくつも残っていた。少し寄れた寝具も、残した筆記でさえも。婆様とすごした日常は、婆様が消えても当たり前ではあるがまるで消えることはない。であるのに、弔う体も存在しないほど虚しいことはない。せめて、形あるすがれるものがあれば忍も少しは悲しみに浸れたのかもしれない。
「やあ」
軽く肩に手が触れられる。急な事だったので忍が驚いて後ろを向くと、そこには先ほど部屋に送っていこった杏がいた。
「何かあったか?」
「少し外に出ようと思って」
急に振り向いた忍に、杏の方も少し驚いたらしい。目を大きく開いて、それから忍を見て微笑んだ。首を僅かに傾けると、忍に問いかける。
「……もし良ければ、一緒にいかないかい?」
忍は返事をする代わりに小さく頷いた。
炎がゆらゆらと揺れて、蝋燭の芯へと乗り移る。杏は灯をもち、忍の前を歩いている。もう片方の手には何かを持ち、それをじっと見つめていた。しばらくすると、杏は不思議そうに見つめていた忍の視線に気づいたようだった。
「これは羅針盤というものだ。この中に少し秘密があって、私の行く方向を示してくれる。……本来は方位を示すものらしいけれど」
杏が忍にそれをよく見えるように掲げると、円形の中で、針が位置を変えた。どうやら精密な機械の様だった。しかし、機械の細部に小さく呪文が彫られていて、どうやらただの機械という訳でもなさそうだった。
「呪具の類か?」
「わかるかい?単純な仕掛けではあるけれどね。この針が指す方に進めばいいんだ」
「とりあえず進もう」そう言って杏は歩き出した。
「忍はこの先に何があるかわかる?」
「……おそらく墓地跡だったと思う」
忍が来る頃にはもう使われていなかったし、何となく存在をしるのみだった。婆さまを含み村にいた年寄りたち以外は、特にそんな風に思って出入りすることもなかった。
実際に道には誰かが通った痕跡も無いほどに草が立ち茂っているが、杏は汚れを気にすることもなくそれを掻き分けながら進んでいく。忍ももたつきながらもそれに従った。




