表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

1-4

 少女を連れて診療所に戻る。何となくわかっていたが、婆様は香と明のようにやはり存在しなかった。シーツがよれ、枕はくたびれて。まるでただ出て行ったかのように「そこにいた」という痕跡だけ残して、消えたのだろう。そう、わかっているものの、理解が追いつかない。


「……みんな、飲み込まれたんだ」


 唖然とする忍の背中に、少女の声が刺さった。忍は、その声にはっとする。診療所の端に片付けていた椅子に少女を座らせ、包帯や薬草を取り出した。


「飲みこまれたって」

「君が見た、あれにだ」


 成れの果て、という聞き覚えのない言葉に忍が眉を顰めるが、その表情を気にもせずに杏は続けるようにいった。


「君に初めて会った時、私は探し物をしていると言っただろう」

「じゃ、じゃあ。君の探し物っていうのは、あれだったのか?」

「ああ、君のいうとおり。私は、いや、私たちはあれを追っている」


 混乱する忍に、少女はゆっくりとした口調で告げる。


「……私は、杏という。宮廷の武官であり、あれの討伐隊に所属している」

「……あれって」

「端的にいうと、村を襲った災厄の原因はおそらくあれだ。あなたを急かしていた奇病に至るまでの全てが」


 奇病という言葉に、忍の肩がびくりと揺れる。既に何となしに気づいていた。黒い化け物に、黒い痰、そして次々に死んでいく村人たち。床に転がった明や飲み込まれた香、婆様のことが頭に過ぎり、水面に浮かぶ泡のように儚く消えて行く。全てもし、自分が何か行動を起こしていたらという仮定が頭にこびり付いて、忍は、思わず、ぼそりと呟いた。


「……僕が。僕が君に全てを話していたら、もっと話しを聞いていたら、対処していたらみんなは助かったのだろうか」

「それはない」


 杏は当たり前のようにそう言った。忍の頭には、自分が何もできなかったという後悔しかなかった。信じきることができず、本当にそうなのだろうかと俯く忍に、杏は続けた。


「そんなすべがあるなら、もうとっくにこの問題は解決している、だから、あなたが悩むことではないよ」


 その言葉は、忍にとって砂漠に垂らされた一筋の水滴のような慰めであり、無情な現実であった。悲しみに浸る暇もないほどの事実であるゆえ淡白な言葉だ。しかし、その言葉がたとえ慰めであったとしても、ただ杏は自身の信じる事実を話しているだけなのだろう。そのくらい、彼女の言葉は、真っ直ぐで、嘘の気配というものがまるでなかった。


「二度も助けてもらっているのに、あなたの名前を知らないな」


 助けてもらった恩を返してもいない忍には、名前を教えない選択肢など存在しない気がした。それに、忍はこの杏という少女についてどこか好感を覚えていた。


「何という名なの?」

「……忍。僕は忍だ」


 この好感は、何もかも消え去った今、この少女に縋りたいだけなのかもしれない。ただ、これ以上に何をいえる気分でもなくて忍は視線を落としたまま、杏の包帯を黙々と巻いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ