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「助けてって?」

「……うん。お願い、忍。早く外に行きたいの!」


 そして、甘えるような目つきで忍の顔を見上げる。忍は自分が、香とよく似た顔から繰り出されるこの顔に弱いことをわかっていた。それは、明もわかっていることなので、きゅっと手を握らせて明の方に視線を向かされた。仕方なしに、忍は集団に話しかけた。


「おいおい、お前ら何をしているんだよ」


 忍が気安い態度で声をかけると、香がひらひらと手を振った。


「忍。怪しいやつを見つけたんだ」

「……怪しい奴?」


 香は、囲んでいた人物を顎で指す。忍の視線を受けて人が退くと、顎の先には、自身と同じ程度の年齢であると見受けられる少女がいた。少女は、香の声を聞き、忍の顔を見上げる。絹糸のような黒髪に、宝石のような青い目と端正な顔立ちをしている。生地のしっかりした暖かそうなローブを羽織っており、おそらく裕福な家の生まれであるのだろう。確かにここら一体では見慣れない種類の女性である。しかし、忍にしてみればどこまでもただのどこにでもいる少女であり、香の言うような怪しい奴、ましては村を侵害しようと図る危険分子には、到底見えなかった。忍は、明の困ったような視線や周囲の訝しげな視線に気づき、わざとらしく眉間を押さえてみせた。


「……なんだ、ただの女の子じゃないか」

「そうか?」

「お前ら、さすがに過敏になり過ぎだよ」

「……それもそうだな」


 香は少し考え込んだ後、納得したのか少女に謝った。


「ごめんよ。嬢ちゃん」


 それを皮切りとして、少々の謝罪が投げられた後少女の周りからは波が引くように人が去っていく。


「お兄ちゃん、いくよ。忍、じゃあ」

「ああ」


 最後に明に手を引かれた香が去り、二人きりになると、少女は困惑を滲ませながらようやく口を開いた。


「……ありがとう。あなたがいなければ、更に面倒なことになっていたかもしれない」

「別にたいしたことじゃない」


 少女が困ったように首に手を当てると、ローブの腕口がいくらかめくれて、肌は真白いが筋肉が程よくついたしなやかな二の腕が顕になる。忍は、少女の手首に赤く傷があることに気づいた。


「怪我しているじゃないか」

「こんなのたいした傷じゃない」

「いや、菌が入ったらよくない。手当てするよ」


 そういうと、忍はくいと少女の怪我してない方の手を掴んだ。強情であるが、これはもう性分である。それに、婆様の影響もあるかもしれない。村にきた頃、忍近所の子どもといがみ合い傷ばかり作っていた。婆様はそれを目ざとく見つけて、少し詰った後優しく手当てをするのだ。人の傷を見ると、忍はそのことを思い出す。人は傷付いたら、手当てをしなければいけないのだと婆様の姿を見て学んだ。ここいらにおいて医師という職業は元来そこまでの地位を持つ職業ではない。酷い場合は穢れに近いと蔑まれる場合もあるだろう。しかし、村で排斥されていないのは、婆様の優しい強情な性格とその確かな腕の良さが関係していた。意外にも、少女は抵抗することなく忍の行く方に従順についてきて、診療所の外にある椅子に座った。


「随分、手慣れているな」

「僕はこの村で診療所の手伝いをしているから」


 慣れた手つきで軟膏を塗り包帯を巻く忍の姿に、少女は感心したようで、忍が包帯の巻く様をじっと見つめている。不意に形良い丸い耳から髪が一房こぼれ落ち、それを耳にかける姿さえも様になる。独特の知的な雰囲気や言葉遣い、佇まいは村にいる女性のそれとは異なり、おそらく高度な教育を受けているのだろうと察することができる。そんな女性が、こんな田舎の村に来るなんて、という疑念さえ忍にはあった。少女を観察することをやめ、忍は少女に恐る恐る話しかけた。


「君こそ、何でこんな村にきたんだ」

「……少し探し物をしていてね。変わったことがないか、少し聞いただけだったのだが。ここは元々こうなのか」

「元々排他的な場所ではあるけど、もっとのどかな場所だ。しかし、ここのところ何かがおかしくて。みんな、きっともううんざりしているんだ。あいつらも悪気はなくて、ただ、少し、気がたっている。許してやってくれ」

「おかしいとは?」

「ああ、奇妙な病気が流行っている。この病気のせいでうちの診療所はもう忙しくって」


 そこまで話したところで、忍は自分が暇ではなく、薬草を採らなければいけないことを思い出した。こんなことをしている場合ではないと、包帯の尻尾を結ぶ。


「とにかく。しばらくは、この村にあまり近づかない方がいい。何かを頼むことができるような状況じゃないし余裕がない」

「待ってくれないか、もう少し話を」

「ごめん、急いでいるんだ」


 忍は、諭すように少女の目を見つめると、立ち上がる。随分と長い間話し込んでしまった。婆様は怒ると怖い。一度、いたずらで薬を台無しにしてしまった時、木っ端微塵になるくらいに怒号とゲンコツが飛んだことを思い出して忍は身震いした。それに、今はかなり切羽詰まった状況だ。無駄話をしているうちに待ちくたびれた婆様が怒って追っかけてくるかもしれない。忍は、森へと急いだ。



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