2-11
案内された部屋の奥には、朱塗りの双扉があった。
「ここだと、よく見える」
杏は、龍を象った真鍮の環に手をかける。重い双扉が左右に開かれると、夜の風がひやりと流れ込んだ。
そこは外へ張り出した露台であった。白い石の床が、月明かりを淡く照らし、朱塗りの欄干の向こうには、まるで都中の灯が広がっているような気さえする。
風が、杏の長い髪を揺らした。そよそよと吹き抜ける涼風に、確かに、「きれいに景色が見える場所」なんていう杏の言葉も間違っているわけではなかった、と忍は目を細める。
都の灯籠は、まるで地上から夜空へと落ちていく、星のように輝いていた。
灯籠が揺れながら昇るのが良く見えた。
先程よりはずっと高い場所にいるはずなのに。それでも、遠くなるにつれて、暖かい光は小さくなって見えなくなるのが、どうしてか忍の胸に沁みる。
「忍、下を見てみろ」
杏は遠くの方を見据えて言った。
視線を追い、忍も欄干に身を乗り出し、斜め下を覗く。祭官か、宮廷の文官か。忍には、判別することができない。だか、白衣と緋衣が整然と並び立つその様子に、何やら厳格な儀式の最中であることははっきりとわかった。
香の煙がゆるやかにたち、周囲に祭官らの白衣が灯篭の灯りに照らされる。
太鼓が低く、一打。
大殿の双扉が祭官によって左右に開かれる。石の前段の上に、1人の男が姿を表した。深紅の龍紋を戴く袍。飾られた金糸が夜灯を受けて静かに光る。
群臣の列は一斉に静まり、先程まであったざわめきは、そっと消える。1人の白衣の祭官が男のもとへ進み出る。その手にあったのは、一際豪奢な灯籠だった。
次の瞬間、太鼓とともに朗々と祝詞が響き渡った。男がゆるやかに階段を下ると同時に、群臣は一斉に頭を垂れる。
「あれが、――天子」
この国の「頂点」にたつ男。思わず、忍の唇から言葉が溢れ落ちる。忍の言葉と同時に、ふと男は顔を上げた。びり、と背筋に緊張がはしり、どうしてか、胸が騒めく。目が合った、ような気がした。しかし、次の瞬間にはその視線はすぐに前に向けられる。
「……大丈夫か?」
杏にそう問われて、忍ははっと息を吐いた。どうやら、呼吸を忘れていたらしい。顔を覗き込む杏に、忍はこくりと頷く。
再び庭へ視線を落とすと、天子は灯籠を空に高く掲げていた。灯は、黄金の線を空に残しながら、夜風に揺れてゆるやかに昇っていく。
祝詞が太鼓ととも次第に高まる。灯籠の光が、消えてしまいそうなほど細くなり、次の瞬間強く輝き、空に天蓋のように広まった。




